セッタン・テンポ学園
食堂
ヴェルデとコロネロに挟まれ、リボーンは沢田の向かいに座っていた。沢田はというと、風とスカルに挟まれている。
随分、気にいられたもんだ。
沢田はイタリアの食堂に和食が出てきたことには本当に驚いたようだった。凄い目をキラキラとさせて、味噌汁を啜ってほっ、息をこぼしていた。
「各寮のに各分野専門の料理人がいるんですよ。高等部の食堂総括は和食専門の方で…―――」
風の説明にも気合が入っている。それに対し、沢田は風の話を聞きながら相槌を打っていた。
いきなり泣き出したと思ったら笑って、と先刻までの沢田を思い出す。
昨日は、本当に楽しめた。
体がズキズキするが、別に大したことは無い。
寧ろこの痛みが心地良いくらいだ。
「あの…」
風の説明が終わると、沢田はまた辺りを見回して食事の手を休めた。キョロキョロと落ち着かない様子だ。
コロネロとスカル、風が首を傾げる。
「何か…見られてる気がするんですけど…―――」
そう言って、また辺りをちらちらと伺った。
それについては、自分も気づいていた。しかし殺気のようなものではないので気にすることなく完全に無視していた。しかし、改めて考えるとそんなに不思議なことだろうか。
「仕方ないですよ。本当に珍しい光景ですから」
風はにっこりと笑って、そう返した。
「まずヴェルデが此処にいる時点で七不思議みたいなものです」
「七不思議とは何だ、そんな非科学的な現象ではない―――私は研究者と言う存在だ」
和食にスプーンというミスマッチな組み合わせで味噌汁をすくう。奴が食べているものは何でもイタリア食に見えるから不思議だ。スプーンとフォークのせいだろうか。
「それに、いつもはリボーンもヴェルデも一緒に食べないですからね。特待生クラスの方々とは仲良くしたいんですけど、みんな一人で食べる方が多いですから…―――揃っているのが珍しいのでしょう」
そう言って、箸でご飯をすくった。
「大勢で食べる方が、楽しいですよね?」
笑顔を向ける風に沢田も小さく笑って頷いた。
「そういやぁ、これでマーモンが来れば、生き残りは揃うな〜」
呟いたスカルに、沢田が首を傾げた。
「マーモン?えっと…確か、アルコバレーノクラスにずっといる人…だよね?」
「そうだぜ!コラ!」
コロネロはご飯粒を飛ばして肯定した。
汚いからやめろと言ってやろうかと思ったが、掛ったのがスカルだったから気にしなくても良いか。
「あいつはとにかく金にうるさい奴だぞ!コラ!あいつ、金に困ってる奴に貸すのは良いけど、三倍返しが基本なんだ、コラ!」
「コロネロはマーモンに騙されましてね。渋々お金を返した事があるんですよ。用意周到で、契約書にサインさせてましたね」
「言うな!コラ!」
爽やかな笑顔で言った風に、コロネロが突っ込む。
「何時でも貸せるから何時でも言いにおいで、とか抜かしやがって!コラ!」
「文面読まずに借りるからさ」
「詐欺だろ、詐欺!あの状況で金貸すって言ったら…―――」
いつの間にかあった気配に、目がカッと開いた。
コロネロ、風。スカル、綱吉、自分でさえ突然現れた気配に目を剥いた。
「マーモン…───」
突然やってきた来訪者に驚いている中、ヴェルデだけが唯一、何でも無いように食事を進めていた。
今度はフォークで豆腐を突き刺す。
「やぁ」
自分の後ろにいる人物―――マーモンは、ただそう笑った。
「あ、貴方が…―――マーモンさん…?」
声を震わせて、沢田がマーモンに声をかけた。
マーモンはくすりと笑って、そうだよ、と認めた。
「珍しいですね。マーモンがこちらに足を運んでいるなんて」
「今朝は寝坊してね。自分で作る時間が無かったんだ」
風との会話を簡単に済ませて、リボーンを見下ろした。
「リボーン。そこ邪魔だね。どけてくれないかい?」
「はぁ?」
振り向いて見上げる。
藍のフードを目深に被り、口元だけしか見えない。
微かに黒い髪がフードからはみ出て垂れている。
「オレが邪魔か。つーか、そんなにオレが座ってる席が好きか?」
「それか沢田綱吉が此処から離れてくれればいいかな」
「はぁ?」
そう言って、マーモンはくすりと笑った。
多分沢田をじっと見ているのだろう。
「興味があるんだよ。転入生として入って来て、何だかんだ言って次の日にはアルコバレーノ居座り組と仲良く朝ご飯なんて―――そんな変わった子に興味があるんだ。出来れば二人っきりで、話してみたいかなぁ―――なんて」
マーモンはまたくすりと笑った。
こいつは金にうるさいだけでなく、独自の情報網で表から裏、東西南北まで、情報という情報を掌握していると噂されている。何でも凄腕の情報屋と知り合いらしく、その恩恵を受けて自分も情報通らしい。
教師間でも、こいつの情報なら金を払う奴もいると専らの噂だ。
「ねぇ、沢田綱吉君。ボンゴレは好きかい?」
「はぁ?」
コロネロが敵意をむき出しにして、睨みつけている。
風も、表情が少し硬い。
問いかけられた沢田は、ただじっとマーモンを見ていた。
しかしいきなりパスタの話をするなんて…―――どんだけ腹が減ってんだこいつは。
「街にね、僕のお勧めのパスタ専門店があるんだよ。十代も続く老舗なんだけど、僕はそこのボンゴレが好きなんだ。君はどうかなと思って」
くすっと笑ったマーモン。
こいつが店を薦めるなんて珍しい。これも情報なのだから、と思って嫌な予感が一瞬だけよぎった。
まさか、美味しい店教えてあげたんだから情報提供料とか言ってきたりするのでは―――有りうるがわざわざ払ってやる義理は無いか。
ちらりと再び沢田を見やると、少しだけ瞳に力がこもっているように見えた。
「美味しいんですか…?」
ポツリ、と呟いた台詞。
それに、マーモンはまたクスクスと笑った。
「美味しいよ。他にもメニューがあるし―――興味があるなら、お金持っておいで」
がたん、と打ちつけられた手にテーブルが揺れた。リボーンの横に居るコロネロが、立ち上がると同時に手を叩きつけたのだ。マーモンに指を差し、青筋を浮かべて睨みつける。
「やっぱり金取るんじゃねぇか!コラ!」
「当たり前だろ?店の詳細はさすがに情報料金いただくよ。なんたって、情報だからね」
睨みつけているがマーモンはそのコロネロの様子を笑うようにクスクスと笑った。
「コロネロも、お金貸して欲しかったら何時でも言いなよ。何時でも貸してあげるから」
「誰が二度と借りるかっ!!コラ!」
ぴきぴきとこめかみが引き攣っている。それよりも、耳元で馬鹿みたいに怒鳴られる方がうるさいと思いつつ、味噌汁を啜った。
「今日は久々に学校に来ようと思ってね。仕事も一段落ついたから遊びに行くよ―――沢田綱吉?」
沢田はしばし沈黙の後、こくり、と頷いた。
「うん。仲良くしてください」
にっこりと笑う沢田。
そしてマーモンもくすりとまた笑った。
「じゃあスカル。どけなよ」
「はぁ?!何でオレ様が…―――のわぁあああ?!」
マーモンは抗議の声を上げたスカルに手を伸ばして払うと、スカルが突然、横へとぶっ飛んでいった。
後ろにいたマーモンは驚いている綱吉の横へと瞬時にやって来る。そして、スカルの席を奪いとるように着席した。ご丁寧に朝食も横に避けて。
スカルとマ突然横にやって来たマーモンを交互に見やる。
マーモンはサイキッカーだ。日本語で言うと、超能力者とかいう。
念力や超能力の類が全て使いこなせるという化け物じみたエスパーの中でも突出した超能力者だ。普通は一人に二、三個付けば良い方だが、それを『大体こんな感じ』で使えるらしい。
今のもわざわざテレポーテーションしてきたのだ。俗に言う瞬間移動。スカルをふっ飛ばしたのはサイコキネシスとかいう攻撃寄りの能力だ。
「スカル?!大丈夫?!」
吹っ飛んだスカルは、大丈夫だ、と情けない声を上げる。
しかしそれで納得するわけも無く、沢田はわざわざスカルを迎えに行くのだった。
ぶっ飛ばした当本人は気にする風でも無く、奪いとった席で朝食を取り始めた。
スカルはぶつぶつ文句を言いながら移された席に渋々座り、沢田は戻る。
「マーモンは、超能力が扱えるんですよ」
「あぁ、だからさっきも今も突然現れたり、スカルをふっ飛ばしたり出来たんですね…?」
再びマーモンに視線を送る沢田。マーモンはご飯茶わんを片手に、箸でゆっくりと食べ進める。
「サイキッカーは怖いかい?」
聞いておきながら着々と箸を薦めるマーモンに、沢田は躊躇いがちに首を縦に振った。
「心の声とか聞こえたら、嫌だなぁと思って」
「…好き好んで読まないよ。人の考えてることなんて、つまらない事ばかりだからね」
「そうなんですか?オレはそう思いませんよ?」
首を傾げる沢田に、マーモンはシニカルな笑みを口元に浮かべる。
「君が馬鹿だからじゃない?」
「そうかな…オレは、みんなと居ると楽しいよ」
そう呟いて、瞼を閉じた。
その表情がやけに暖かく見える。
「…まぁ、何と言おうと君の思い過ごしだろうけどね。直接訴えることもできるよ」
マーモンはそう言い放つなり、こちらに顔を向けてきた。
“昨日は散々だったね、戦闘狂”
頭にじーん、とその声が響いてきた。
対象はオレか。
そこはコロネロだろう。
能無し馬鹿野郎とか言って金を貸した経緯を笑ってしてろ。
睨みつけていると、マーモンはぱくぱくと箸を進めながらまたクスクス笑った。
“良いじゃない。どうせあんまり聞かれたくない事なんだから。あぁ、僕の声は沢田綱吉にも聞こえているよ。まぁ君の心の叫びはアクセスしないようにしているから安心するといい”
「何の話がしてぇんだ。さっさと話せ」
ヴェルデを除いた三人がこちらを見てきた。話しかけてきてんだ、空気読めっていうかさっきの会話から想像しろ。
風はなんとなく分かったらしく数回小さく頷いて食事を始めた。
“昨日森の中で、凄く奇麗な花火が上がってたんだよ。まぁ、黄色とオレンジ色だけだったけど。中には空中に浮かんでる人影も見えたかな”
びくり、と沢田の体が震える。
自分はさして気にすることでもないので食事を再開することにした。
くだらねぇ。
つーか、バレても気にしないし、アルコバレーノから落ちようがどうだって良い。
クラスに興味なんてない。
あるとすれば…―――。
昨日とは打って変って、纏う雰囲気が弱々しい目の前に居る人間だけだ。
“そんな怖がらないでよ。別に告げ口しようってわけじゃないんだから。まぁ、バレたらクラス替えられるかもしれないけど―――僕がそれを望んでないから大丈夫だよ。告げ口はしたりしない”
沢田は横にいるマーモンをちらりと見やると、見つめたまま動かなくなってしまった。でもその表情に強張っている様子は無くちゃんと笑っている。
しかし、力を使いながら随分早々と食事をしている。すでに、半分食べきっていた。
“…―――そうだね。よく分かってるじゃない。二人っきりで話してみたいんだ、昼休みに外でも行かないかい?”
「何だ密会か?」
するとマーモンはこちらを見て、わざとらしく口に手を当てた。
“スケベな発想だね。そんなに沢田とイチャイチャされるのが嫌なんだろうか”
もの凄く不機嫌そうな声が脳みそに訴えてきた。
「誰がスケベだ、この変人」
「…人の心読むなんて最低だ。デリカシーは無いのかい?」
「手前が勝手に送ってきてんだろうが。つーか手前がいうな。昨日の件を餌に沢田引っ張りこもうとして何がしてぇんだ」
「何の話?」
笑いながら首を傾げる姿が苛立ちを募らせる。
こいつの眉間にぶち込んでやりたい。そう思っていると、『わお、野蛮』と面白そうに返された。
マジぶっ殺してやろうかと思う。
「何が何の話なんだ?コラ」
「秘密だよ。欲しかったら五百万ユーロで手を打つよ」
「払えるか、バーカ!」
「じゃあ、諦めなよ」
マーモンは素気なく答えて言い募ってきたコロネロを黙らせた。
「マ、マーモン…あの…―――」
「ん?何だい?」
クスクスと笑い始めたマーモンに、沢田はにっこりと笑いかける。
「昼休みはイタリア語の勉強がしたいんだ。ごめんね」
「そうか…それじゃあ仕方ないね」
マーモンは箸を置くと、空にしたお盆を持ちあげた。
つーか、食うの早すぎるだろう。
黙々と食べてるヴェルデでさえ、あと三分の一残ってるぞ。
「でも、放課後なら空いてるからマーモンの所に行くよ―――部屋は何処?」
「…4020室だよ。四階の一番端」
「四階…?」
そう呟いて、スカルが首を傾げた。訝しげな表情を浮かべている。
しかし、こいつの部屋なんて初めて知った。
と言っても、自分自身は自室以外誰の部屋にも行くことがないので当たり前と言えば当たり前だ。
「食べ物、何が良いかな?どうせ行くならお菓子でも買っていくよ?」
「お金持ってくれば良いよ。お金は正直だからね」
「食べ物だって正直だよ。美味しいものは美味しいでしょ?」
クスクスと笑う沢田に、マーモンは小さくため息を吐く。
「レモネードとお昼限定で販売される百個限定のショートケーキ」
「分かった」
そう言って、沢田はまたマーモンににっこりと笑いかけた。
「持っていくね?」
そう、一言。
それだけ聞くと、マーモンはふっと姿を消した。
多分、もう返却口にいるだろう。
沢田はわざわざ確認していた。つられて見てみると、先に並んでいた人間の隙間という隙間から食器を念力で戻していた。
つーか、それぐらい手で戻せ、手で。
さて、と呟いて沢田は箸を握りなおした。
「朝ご飯…食べよっか」
明るい声が食事を促す。
マーモンが居なくなったので、おいでよと招き寄せると、スカルは嬉しそうな表情を浮かべて元の位置に戻った。
さっきと同じ配置に戻った。
自分もいつの間にか止めていた箸を動かして朝食を食べることを再開した。
今更思いついたが、人とこうして食べるのは、何年振りだろう。
いつもは一人でずっと食べていたから。
ざわざわと人の声が聞こえてくる。
雑音が耳を通り抜けて、情報としてなんら変換されることなく耳の中に入って消えていく。
改めて、口の中に食べ物を放り込んだ。
うめぇな…。
頭の中で、そう思った。
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