セッタン・テンポ学園
朝
肌寒い、と思って目を覚ます。
自分はベッドに寄り掛って眠っていたらしく、少し腰が痛かった。
目を擦ってから数秒。自分のベッドに寝ている人物に目を見張った。
「え?あ、あれ…?」
うん、思い出せ。
確かに昨日は…―――あぁ、そうだ。昨日の所為だ。
思考をまさぐって思い出したのは、カードの話を聞いたり、ヴェルデにモルモットになれとか言われたり、リボーンと殴りあった事。そのリボーンはあの後気絶してしまったのだ。
そこまで考えて、綱吉は頭を抱えた。
「おい…!やりすぎだろうっ…!! 起きなかったらどうすんだよ、馬鹿ぁっ…!」
リボーンは規則正しい寝息をたてている。
怪我の手当てはしっかりしてある。奇麗な顔にも絆創膏やら何やらが貼られていて、痛々しい。ボロボロになっているリボーンの姿に胸がじくじくと燃える。
「ごめんっ…―――なさいっ…―――!」
ピーンポーン。
突然聞こえてきたコールに綱吉が顔を上げた。
「誰…だろ…―――」
呟いて綱吉は自室を出ると、やたらと広い居間を抜けて玄関へと赴く。
カギに手を伸ばして―――手を留めた。
「実験の資料は読みません。帰ってください」
≪何を言っている、沢田綱吉。お前は偉大な私の研究に力を貸せる優秀な人材だ≫
予感的中。
のぞき穴を見てみれば、緑の爆発頭が昨日とほぼ同じ格好。多分、服がきっちりとなっていて、新調した服を着ているようだった。
≪逃げられんぞ沢田綱吉。貴様が朝食を作るような奴には見えん。食堂行くのなら私が案内するぞ≫
図星は突かれたが、とくに頭に来ることは無い。それに食堂は各寮、学校共に一階にあると聞いている。
綱吉はドア越しに居るヴェルデにぶつける。
「大丈夫です。みんなと一緒に食堂行く約束はしてるので」
とりあえず、このままこの人は放って部屋に戻ろうと振りかえった瞬間だった。
ピピピ、とドアの解除キー音が耳を掠めた。
「よし開いた」
ドアを開けるなり、そう言ってヴェルデは寮室内に入り込んできた。
片手にはスキミング装置を握っている。さぁ、と血の気が引いて行く。
「おおおっ!お前!それ家宅侵入罪だっ!!変態!!」
「変態ではない、研究者だ。何度も言わせるな」
呆れたようにヴェルデは首を振る。
のぞき穴越しでは気付かなかったが、ちゃんと風呂にも入ったらしく、きちんと頭が整髪されていた。あの嫌な匂いもしない。
「ということで、研究資料だ。とっとと読め」
「読まないよ!っていうか、入って来るなっ!」
「うっせぇ…」
後ろから、不機嫌そうな声。
ヴェルデはその後ろの人物にただ静かに視線を送っていた。
「リボーン。お泊まり会とは仲が良いのだな」
「ふざけんじゃねぇ。使えねぇ頭かち割るぞ」
振りかえるとそこに、上半身包帯を巻かれ、絆創膏まみれの顔でヴェルデを睨みつけているリボーンが立っていた。
「リボーン?!大丈夫なの?!」
「全部、手前のせいだろうが」
そう言うなり、綱吉の頭をわし掴むと後ろに放り投げられた。
「いたっ!」
尻餅を付いてから頭を上げてみると…―――ヴェルデの腹に蹴りを喰らわせて向かいの壁に沈めた挙句、廊下の壁に張り付いているカードキー認証機器を裏拳で破壊した。
「ええぇ?!ちょっ!!」
裏拳により凹んだ認証機は放電すると、ぼふん、と音を立てて壊れた。そして、リボーンはドアを閉じると、鍵をかけた。
それはもう、何でも無いように。
ドアの向こうで、どんどんとドアを容赦なく叩きつけてくる音がする。
何か喚いているようだが、気にしないでおく。
とことこと何でも無いようにやって来たリボーンが、尻もちをついたままのツナを見下ろす。
「スキミング機で入られたんだろ。なら、あそこぶっ壊しときゃあ入ってこれねぇよ」
「あ、ありがとう…―――」
お礼を言っても良いものなのだろうか、と首を傾げながらも、目の前を横切って行くリボーンに一応言っておく。
寮長には後で詳しく言っておこう。自分は断じて悪くないと。
リボーンは騒がしい玄関前を完全に無視し、ぴたりと足を止めると辺りを一瞥した。
「此処、オレの部屋じゃねぇな…」
今更ぁあああ?!
しかしリボーンは気にする風でも無く、自分の体を見回す。
そして、体に巻きついている包帯をまじまじと見つめてから窓の外を見た。
柔らかい朝の陽射しが、部屋を少しだけ明るくしている。窓から見える木に、鳥が留った。
「ま、良いか…―――手前のベッド、また借りるわ」
「えぇ?!え、でもこれから朝食じゃ…」
「ん…要らね―――――」
どかあああんっ!
リボーンの台詞を遮り、ドアがぶち破れた。
「え?―――だぁあっ!!」
しかも、破壊されたドアがこちらに飛んできてそれを綱吉は這って躱す。
あのままあの場に居たら、間違いなく顔面からクリーンヒットだった。無残に壊されたドアが、部屋に散らばった。
「おい!リボーン出てこい!コラ!」
ズカズカと、コロネロが青筋を浮かべて入って来た。
リボーンは眉間に皺を寄せて見やる。うるさい、と言いたげだった。
「綱吉を襲ったってのは…―――」
互いに視線が合うと、コロネロは目をぱちくりとさせて固まった。
言葉を詰まらせてリボーンの全身を見やってから自分を一瞥し、もう一度リボーンへと顔を向けた。
「何でボロボロなんだ?」
「あ〜…―――」
綱吉の顔が蒼くなる。
コロネロは気付かず首を傾げた。
「え…だって、ヴェルデが暇つぶしに綱吉と戦うために部屋に乗り込んでカードキーぶっ壊してまで閉じこもったって…聞いて…―――」
「それを聞いて、私達は止めに来たつもりなんですけどね…」
再び、壊されたドアから穏やかな声がする。
そこには風と、スカルがこちらにやって来ていた。
「緊急事態だと思って、ドアを蹴り破ったのですが…―――」
犯人は貴方ですか。
その後ろで、リボーンは平然とした顔で綱吉を指さしてきた。
「アレにやられた」
はぁ?!とコロネロがこっちを向いてきた。風も驚いたのかこちらを向いたが、あんまり驚いているようには見えない。いつもの表情だった。
綱吉は正座したまま顔を逸らす。その通りなので、言葉が見つからない。
でも、自分もここまでやるとは思っていなかったのだ。
リボーンはだるそうに頭をポリポリ掻いている。すると、そこからにゅっとレオンが顔を出す。
「お陰で銃もひしゃげたし、レオンも使いすぎた。つーわけで、今日サボる」
ふぁあ、と大きな欠伸をかいてさっきまで寝ていた部屋へと足を進めると、コロネロがその後ろから飛びついて来た。
「誰が休ませるか!コラ!!」
コロネロはリボーンの首に腕を回し、引っ張る。
しかもやたらニヤニヤと笑っていて楽しそうだ。
「触んじゃねぇ」
「こいつのボロボロの姿、見たらクラスの連中驚くぜ!コラ!」
「あ、あの…それって楽しんで言うことですか…?」
ケラケラと笑っているコロネロへと顔を向ける。すると、彼はこっくりと頷いてきた。
「あぁ!クラスの連中、喜ぶだろーぜ!コラ!」
「喜ぶぅう?!」
「コロネロ。それではクラスの人達にも、リボーンにも失礼ですよ。まるでリボーンには居なくなって欲しいみたいじゃありませんか」
「誰もそんなこと言ってねぇぞ!コラ!」
腕を首から肩へと回し、引き寄せる。
こう見ていると本当に二人は仲が良いと思えてくる。
「いつも余裕ぶってるところが気にくわねぇからな!コラ!これぐらいやられれば、こっちも気分がスッキリするぜ!コラ!」
「あぁ!コロネロさんと同意見だ!」
キラキラと目を輝かせて、スカルが割って入って来た。
「ざまぁ見ろってんだ、はっはぁー!普段から人を馬鹿にした態度とるからそんな目に会うんだ!!」
「格下は相手にするだけ無駄だからな」
「んだと、コラ!」「何だとぉ?!」
声を揃えたコロネロとスカルにリボーンは、はんっ、と鼻で笑う。
「何だ、自覚あるんじゃねぇか」
「このっ!」「舐めんなぁ!!」
コロネロは肩に回していた腕を首へと移動させる。
しかし動きを呼んでいたのか、リボーンはすぐにコロネロの肩を引っ掴んで自分の体をコロネロの上に乗せて床へと叩き落とした。追撃でやって来たスカルには、下半身の反動だけで起きる蹴りで対応した。
ぶべっ、と醜い声を上げてスカルは床へ仰向けに倒れる。
むせながら起き上るコロネロに、銃へと変化したレオンを頭に押し付けた。
「ばぁん」
銃声を、自分で呟いて。
睨みあげてくるコロネロをまた鼻で笑う―――と、床に倒れたスカルの耳元に、本当に銃をぶち込んだ。
ひぃい!と悲鳴を上げたスカルを完全に無視して、風へニタリと笑いかける。
「風。お前もやるか?」
風はただその光景を見つめて、くすりと笑った。
「いいえ。私はあまりそう言うの好きじゃありませんから」
首を振って、にっこりと笑う。
そして、目を細めた。
「良い顔に…―――なりましたね」
はぁ?とリボーンがまた嘲るように笑った。
「オレ様は昔からイケ面だ」
「それは知っています」
さらっと返して、風は綱吉を見下ろしてきた。
「嬉しいですねぇ…」
それだけ呟いて、綱吉に笑いかけた。
意味が分からず、はい?と首を傾げる。
「私も大喜びだ。沢田綱吉」
「いっ?!」
頭上から聞こえてきた声に、カタカタと首が動く。
「さぁ、私の研究に付きあってもらおうか!」
「うぇええ?!」
腕を引っ張って体を起こされるその横で、風は後ろではおや?と首を傾げた。
「ヴェルデが…人と話をしてる…」
ぶるぶると震えながらも、そう呟く。
コロネロも顔をポカンとさせて、こっちを見ていた。
「嫌です!付き合いません!!資料も読みませんから、放して下さいっ!」
「そう言うな。風にはわざわざドアを蹴破らせたのだから、その努力を無駄にするつもりは無い」
「お前が…―――って!そうか!さっきリボーンにコロネロが突っかかって行ったのは、リボーンがオレを襲ってるって言って騙してたんだったな!」
その通りだ、とヴェルデは悪びれも無く答える。
「リボーンが認証機をぶっ壊したのには少々困ったが、力馬鹿に任せればドアは蹴破れると思ってな。利用させてもらった」
「放せっ!研究なんか手伝うもんか!!」
振りほどこうともがくが、やはり昨日のように解けることは無く、引きずられるようにヴェルデの後を追ってしまう。
風はその二人の後姿に、目を瞬かせた。
「ヴェルデが…人と話していますね」
ぽつり、と風も呟いた。
ヴェルデは気にする風でも無く人の腕をぐいぐい引っ張る。
こっちは抵抗して後ろに身体を引っ張る。しかし、今一効果は得られず強制的に自分の寮から出てしまった。
「放せって!嫌だってばぁっ!」
「嫌なものか。私の研究を嫌がる理由がわからん」
「嫌なモノは嫌なんだって!嫌だ嫌だ嫌だ!」
「駄々をこねるな」
「お前が言うなぁっ!」
「おい」
後ろから、リボーンの声がする。
そう思うと肩を引かれて、掴まれていた腕に衝撃が走った。
途端、体が後ろに傾いて何かに支えられる。
「おい…何の真似だ…?」
ヴェルデが赤くなった腕を抑えながら、こちらを―――否、自分の後ろにいる人物を睨みつけた。
綱吉もヴェルデの視線の先へ静かに見上げてみる。
すぐ近くで、リボーンがヴェルデを睨み返していた。
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