セッタン・テンポ学園
★
それは実に軽い音だった。
渾身の力を込めて、顔面へ放ったつもりだった。
しかしそれは、毛糸の手袋をはめた手にあっさりと受け止められてしまった。
「やめ…て…」
擦れた声で放ってきたのは、たった一言。
ドバッと、火に油を注がれた気がした。
「怪我してるし…見てるの、嫌だ…―――やめて、もう帰ろ…―――」
「黙れ」
たった一言。
沢田は体を震わせて見つめてきた。
それでも、その瞳はまっすぐ。
「ぼろぼろじゃん…!みんな倒したし、もう良いでしょう?!帰ろうよ…ぉ!」
「黙れって言ったんだ!」
怪我を心配される義理はない。
帰ろうなどと、人と馴れ馴れしくされる覚えはない。
それに、何より。
「ジョットと同じ面して、同じこと言ってんじゃねぇっ!!」
飛び上がって詰め寄る。
一瞬で間合いを詰めて、腹に一撃―――を叩きこめずに空を殴った。
掴まれていた拳は放されていて、後ろに大きく後退した後だった。
そして、その姿にリボーンは目を見張った。
額と、両手に灯る朝焼け色の炎。
じとり、と汗が伝う。
まんまだ。
そのままじゃねぇか。
握っていた銃口を目の前に居る沢田に向けて、睨みつけた。
「てめぇ!本当に何者だ!!」
怒りで震える体に、声だけがはっきりと響く。
しかし、沢田はじっとこちらを見たままだった。
大きな瞳が鋭くなって射抜いてくる。
じとりと、汗が伝う。
まるでただ吠えているだけの野良犬みたいだ。
「わかってる…」
「何がだ?!」
食いつくと、沢田としっかり視線が絡み合った気がした。
「そんなに暴れたいなら、『俺』が相手になってやる」
そう言って、沢田は構える。
「本気で来い」
その途端、しゅん、と姿が消えた。
背後に回る気配を感じて、ぐるりと体を回す。
すると炎を灯した拳が丁度殴りかかってくるところだった。
「くっ!」
銃でガードすると、がぁん、と派手な音がする。
そしてその一瞬で銃の方がひしゃげて駄目になった。
「なろぉっ!」
蹴りを放てば細い腕でガードしてきて、払い飛ばす。そのせいでバランスが崩れてつんのめった所に、容赦なく腹へと拳が入ってきた。
「がっ」
続けざまに横薙ぎに蹴りが入る。地面の摩擦は役に立たず叢に突っ込んでから止まった。
口内で鉄の味がじんわりと広がってくる。
それが可笑しくてたまらなかった。口元がまた自然とニヤけてくる。
さっきまで怪我を心配していた奴とは全く別人だ。
遠慮なく内蔵潰す気だったし、昏倒させようとして来やがった。
口から伝い落ちる液体を拭って、眼前の敵を睨みつけた。
強い敵を前に、自分の胸が今までにないほど踊っている。
無尽蔵の戦闘欲が猛り狂っている。
「面白ぇ!こい!レオン!!」
髪の毛に潜っていた形状記憶型カメレオンがにゅっと顔を出す。そして頭の上で跳ねると、空中で自動式の拳銃に変身しながら手元に降りてきた。
「死ぬんじゃねぇぞ!!」
目の前の、あの人にそっくりなガキに、本気を出すことに躊躇いはなく。
「こい…―――」
幼い表情の残る沢田も、こちらを睨みつけてきて放つ。
「お前の『狂気』、燃やし尽くしてやる…」
スタートの合図だったかもしれない。
それからレオンを握ったまま飛び起きて駈けだしていた。
死ぬ気の炎を銃弾に込めて、打ちまくっていた。
狙って打つが擦りもせず急接近してくる。体術で躱して銃をぶっ放す。
黄色とオレンジの炎が、花火のように空中を飛び交ってぶつかり合った。
その間、自分は殴られて殴られて殴られて。
吐いて吐いて吐いて。
視界が霞んで、意識が朦朧として。
体全体が痛くなってもその痛覚に喜びを感じていた。
この痛みこそ、生きている証。
フラフラになっても立ち上がってくる姿にさすがの沢田も驚いていたようだがどうだって良い。
ただただ楽しかった。
『本気が、出せる』。
その事実に。
「レオン、行くぞ!」
どういう原理だか知らないが、空中に浮かんでボロボロになっている沢田に向かって叫ぶ。
ありったけの死ぬ気の炎をレオンに込めていく、銃口前でぷくーっと風船のように膨れ上がった。
自分の中でもとっておきの技。
「いくぞ、沢田ぁああ!」
それに応えるように、沢田は掌をこちらに向けてきた。
「こい!リボーンっ!」
その台詞を、引き金に。
「カオス・ショット!!」
ぱぁん、と黄色い弾から蛇のようなものががうねりながら沢田へと伸びていった。きらきらと輝く自分の死ぬ気の炎は的を絞って狙っていく。
沢田もそれに対抗して空中から掌から大量の炎を放ってきた。
鮮やかなオレンジ色の炎。
こちらに向かって、降ってくる。
まるで太陽が降ってきているかのような。
口元が、また笑った。
蛇もどきと太陽じゃ、勝敗なんて決まり切ってるだろう。
目映い光に照らしつけられて、眩しいと目を閉じる。
いや、疲れたのだ。
どかぁん、と上空で爆音が聞こえて。
瞼を通すぐらい明るかった光は、しばしの時間を持って消え去った。
近くで、地面に着地する音が聞こえて重い瞼を上げる。
駆け寄ってきて、近くで跪いた。
「何だ?笑いに来たか…?喧嘩売っといて、負けて…」
「あぁ…笑いに来た…」
低い声。
静かな声が、心地よく耳に入ってくる。
「強いな…」
逸らしていた顔を、ゆっくりと向けた。
ぼこぼこにされたせいか、うまく動かない。
視界もかすんでいて、目の前の沢田はぼやけてしか見えなった。
それでも、なんとなく。
沢田は笑っているようだった。
優しく、ただ優しく。
人が動けないことを良いことに、頭を引き寄せて腕を回してきた。
暖かいモノが体を縛っている。それも心地良いと、簡単に思ってしまった。そして耳元でそっと囁く。
「お前の、狂気の『枷』になろう…」
一瞬だけ目が冴えたと思ったが、その低く響く声に余計瞼が重くなった。
似ている。あの人に。
オレを、血の海から救い出してくれたあの人に。
姿も、やることも、言うことも。
「ジョ……ト…―――」
その人の名前を、呟いた。
肌が感じる暖かさに身を委ねた。
鈍っていく痛みに気を抜いた。
柔らかい、人の香りがする。
久々、だ。
モノクロの世界に、色が付いたような気がしたのは。
『転校初日の夜』END
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