呪いモノ語り
右目
「まぁ、僕が言いたいのは七不思議通りにいっているならば水神様の生贄に選ばれたんじゃないのか、と言うのが僕の予想なんだが。どうだろうか、生贄君」
「…――まぁ。大方その筋だろうな」
獄寺も自分の名前を呼ばれないことを気にしなくなったようだ。
綱吉はベッドに入り、それを獄寺と斑が挟んで座っていた。
先程同様に、カーテンを閉めて薄暗さに包まれた空間を作り上げている。
「で、さっきオレ達に聞いたことは本気か?」
「さっき…?」
獄寺が神妙な面持ちを作る。
「さっきというと?」
「確か、『四番目の並盛神社を』どうとか言ってただろう」
「あぁ、あれか!」
斑はキラキラと目を輝かせ、ベッドに手をつき身を乗り出した。
仏頂面が崩れて本当にイキイキしている。自分の興味にしか本当に興味がない人だと綱吉は苦笑いを浮かべる。
「あぁ、聞いた聞いた! そうだ、四番目の並盛神社については知らないか?! いや、迷い込んだと言うべきだな! 心当たりはないだろうか?! そうであれば、七不思議が起きているのではないかと確信出来るんだが…――」
「何で確信できんだ」
ぎろ、と獄寺が悪い目つきで睨みつける。
「テメェ。知識と同じ委員会だとか言ってるが…――本当は、雲雀と関係あんじゃねぇのか?」
「ヒバリ? 風紀委員長のか?」
「そうだ。奴と家族ぐるみで付き合いあるんじゃねぇのかって聞いてんだ」
すると斑は、成程、と笑って。
「無いぞ。あんな暴力的な奴と付き合い出来る奴なんて馬鹿ぐらいだろう」
「馬鹿っ…」
「そもそもあんな奴と一緒に居られる奴の気が知れない。狂信者じゃないか? それか頭が狂ってるとか」
「否定はしねぇ」
――獄寺君。あっさり認めすぎ…。
しかし獄寺が気にしていることは分かった。すっかり忘れていたが、まだ獄寺達には四家の話はしていなかったのだ。
獄寺の腕を引っ張って耳を貸してもらう。
「獄寺君、それに関しては大丈夫だと思う。この前、ちょっと話を聞いて来た」
「?! …――でも、まだオレには納得いきません」
「何だ? 心当たりがあるから徳川君は襲って来たんじゃないのか?」
「沢田様とお呼びしろって言ってんだろ!」
「落ち着いて、獄寺君!」
「いいえ! この野郎、いい加減しばく!!」
「じゃあ、僕が小さい頃にその並盛神社の迷ったことがあると言ったら信じてくれるかな?」
「?!」
斑の驚愕的な発言に綱吉は斑を見つめて固まった。
それは獄寺も同じく、口を小さく開けて固まっていた。
それを気にせず、斑はケロッとした顔で手を広げた。
「それぐらい察してくれても良いだろう? なんでこんなに七不思議に食いつくか。そもそも、それ以外に食いつく理由なんてないじゃないか」
確かに、斑はトコトン自分の興味以外には関心がないのを実感している。
「あぁ。もしかして、確信するには早急すぎると思っているのか? なら、七不思議の三番目、『池』の話はどうだ?」
「え…?」
「そうそう惚けなくても良い。だって、『いつひとさん』は明らかに『池』だろう」
「!!」
斑は興奮覚めやらぬ饒舌さで吐露する。
「寧ろ『いつひとさん』の件があったから七不思議が起きているのではないかと思ったのだ。まぁ、試しにやりに行ったが無反応だったから、悶々と残っていたわけだが」
「や、やりに行ったんですか!? 並盛神社へ!」
「あぁ。風紀委員会が全面禁止の放送をかける前にな。情報入手した日に行った」
素晴らしい野次馬根性、と言いたい所だ。雲雀がこの場にいれば直ぐ様殴り付けただろう。
「将来なんて興味ないから、見えなかったがな」
と、斑は口調が大人しくなった。
そう思った矢先、斑はこんな問い掛けを放つ。
「こんな事を暴露してなんだけど、僕をどう思う?」
「…どう思う、って…?」
兢々と綱吉は聞き返して、にやりと彼は笑った。
「『狂人』だとは思わないか?」
さらりと、あっさりと。
自虐的でもなく、皮肉ってるわけでもなく。
彼は笑って問いかけてきた。
「みんなからは『疫病神』なんて言われてるんだけどね。中には悪魔召喚したせいで右目は呪われたから隠してるなんて面白いことを言ってくれる奴もいるが…――黒執事じゃないんだから、そんなわけあるかって感じだけどね。今のご時世じゃ悪魔召喚なんて難しいんだぞ。
それで話を戻すと、並盛神社で迷って転んだ時に運悪く右目に石が突き刺さって失明してしまったんだ」
と彼は、隠している髪の毛を剥がす。
現れたのは目蓋と目の下にかけて紫色をした皺くちゃの醜い傷。病的に白い肌には不釣り合いなそれはしっかりと瞬き出来るようだった。中の眼球はゆで卵の白身みたいに真っ白。
すると、あれ、と斑は綱吉の左腕を指差した。
「その腕、何か変だな」
「?!」
「…どういうことだ、こら…――って、十代目に触ってんじゃねぇ!」
ちょいと失礼、とか言いながら包帯を巻かれている左腕を引き寄せると、包帯を手首側へズラしてしまった。綱吉もあまり気に留めずにされるがままにされ、べろりと腕の『穴』が覗いた。
近くの異界に繋がるという、『穴』。
怪異を起こす起因にもなり、巻き添えを食う原因にもなり、それに食われる因子ともなる。とてつもなく迷惑な『呪い』。
「穴があいてるな…」
「見える、んですか?」
「ん? あぁ。左目では見えない」
「え? でも、左目しか見えないんじゃ…――」
「左目は通常生活を見せてくれるが、右目は幽霊とかを見せてくれるんだ」
「!」
くすりと笑って、右目を撫でる斑。
「まぁ、クラスメイトが言っていることはあながち間違いではないのだ。この右目は『異常なモノ』を見せてくれる…――僕が『好きなもの』を見せてくれる」
つ、と愛おしげに撫でて。
「呪われてるんだろうなぁ」
斑はにっこりと笑って、そう言った。
続けて綱吉の腕を撫でる。やたら細くて白い手は見た目に反して暖かく、柔らかかった。『穴』を覆った手はそこでぴたりと止まった。愛撫して、薄く笑みを浮かべる。
視えるようになった笹川了平が気味悪がったそれを。
少ししか見えない山本が吐き気を催したそれを。
獄寺が異臭漂うと鼻を摘まんだそれを
まるで愛でるように、斑は重ねていた。
あ…――。
それを獄寺は掴んで剥がす。
「いつまで触ってんだ、このオカルト野郎!!」
「いやぁ。気のせいか懐かしい気がしたから、つい」
「懐かしいって何だ、コラぁ!」
「さぁな。分からない」
斑はぽつりと呟いて、また綱吉の腕を見つめる。
「しかし、行けることならもう一度、行きたいと思っている」
「は?」
「もう一度。並盛神社に…――いや…」
斑は、視線を腕から綱吉の顔へと移した。
「『あちらの世界』に、行きたいんだ」
そう言って、斑は初めて年相応の笑みを見せた。
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