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呪いモノ語り

「おはようございます! 十代目!」
「おはよう、獄寺君」

 九月も半ばに差し掛かり少し肌寒くなってきた。ブレザーになった制服はその冷感を防いでくれるが、木枯らしは少々身体に堪えた。
 沢田綱吉はいつものように待ってくれている獄寺隼人の元へ駆け寄って、家門を出た。
 木々が紅葉に染まり始め、少しだけ登校風景が変化を見せる。はらりと散る紅葉が足元を赤や黄色と道路を彩る。紅葉の色をした星が散りばめられているようだ。
 これで晴れていればもう少し風景を楽しめただろうか。
 目が覚めてから2日で退院できた綱吉はその翌日から学校に行くことにした。心配する母親、奈々には笑顔で「大丈夫」と言い張って。そんな母に負けず劣らず、獄寺も少々表情を曇らせた。

「十代目。ご無理なさらない方がいいっすよ?」
「大丈夫…オレは、大丈夫なんだ…」

 ――それよりも…。

「雲雀の方が、心配っすか…?」
「う、うん…」

 心の内をあっさり見透かされて、綱吉は俯いた。
 雲雀恭弥は今、並盛中央病院で入院中だ。最初は内出血などの怪我、及び異常な疲労で入院していたが状況は一変。連日四十度の高熱が続き、食事は喉を通らない。綱吉を追い出したあの日から衰弱を見せ始めた。
 病院側では手を尽くしているが原因不明。院内感染のおそれもあるのではないかと面会謝絶状態になってしまった。それは風紀副委員長、草壁哲也も例外ではないのだが。

「あいつなら、大丈夫っすよ」

 そう言って励ましてくれる獄寺に、綱吉は顔を上げて頷いた。
 出来るだけ笑みを浮かべたつもりだったが、獄寺も困った顔を見せたので失敗に終わったようだとぼんやり思った。
 朝から雲行きの怪しい空は、どんよりと暗い。天気予報で雨は降らないと言ってはいたものの、気分まで暗くなる。
 そんな馬鹿なことを考えていると、また草壁の見解が残響してきた。

『何者かに、呪詛をかけられているようです』。

 眉を寄せ、緊張を見せた草壁。その表情から緊急事態が見てとれた。それも、かなり重大だと。
 それは綱吉も承知だった。
 あの時、雲雀が何でも無いように語っていた自身を縛る呪詛。全て西院島直要が施したそれは弱いものであれば跳ね返せるが、強力だったり邪気といったモノには反応して身体が締め付けられるような痛みが起きる。
 恐らく雲雀に呪詛の犯人探しは開始されているだろう。一秒でも早く見つかってほしいが、一体どうやって見つけるのだろう。


 見えないけれど、確かにある他者からの悪意。
 それを発信しているであろう、その犯人を。

「十代目…? 大丈夫ですか…?」
「ごめん…。大丈夫だよ…」

 雲雀が呪いをかけられた事だけは教えてある。
 しかし雲雀が昔から呪いを身に受けている事だけは綱吉の胸の中にしまっておいた。
 きっと彼はそれを話すことを絶対に望まないと思ったから。

「十代目。やはり、学校はお休みになられた方が…」
「大丈夫! それは大丈夫だから!」

 行こ行こ、とごまかすように獄寺の背中を押す。沈黙の続く通学路に秋風が吹いてきて、一層寒く感じた。
 いつもの十字路で山本武と合流した矢先、やっぱり山本にも。

「ツナ、大丈夫か? 元気ないぜ? 学校休んだら?」

 獄寺同様に、心配されてしまった。
 また先程と同じように、笑ってごまかすしかなかった。
 並盛中学校はまばらに歩いている生徒を次々と吸い込んでいく。校舎前のグラウンドがいやに殺風景に見えた。
 玄関は灰色の扉つきの下駄箱で空間が三つに仕切られていて、その内、綱吉達の学年が使っているのは真ん中だ。
 綱吉は靴箱を開け、外靴を上下に分かれているその下段に入れた。

「んあ?」
「どうしたの、獄寺君」

 綱吉は床に放り投げた上履きを履きながら問いかける。
 獄寺が靴箱から上下を裏側に織り込まれている長方形の紙を取り出した。学校の卒業式などで生徒が祝辞や答辞を記した紙を包み方に似ている。

「ラブレターか?」
「にしちゃあ、古風だろうが。果たし状だろ」
「果たし状?!」

 驚愕する綱吉を横に、獄寺は平然と、そしてさらっと答えた。
その上下を上げて広げると、「面倒なこった」と呟きながら中身を取り出す。山折り、谷折りを繰り返されたコピー用紙の両端を引っ張った。


∞∞∞

勝ってうれしい花いちもんめ
負けて悔しい花いちもんめ

隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼が怖くて行かれない

お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団ぼろぼろ行かれない

お釜かぶってちょっと来ておくれ
お釜底抜け行かれない

あの子が欲しい
あの子じゃわからん

この子が欲しいこの子じゃわからん

相談しよう、そうしよう

獄寺隼人君がほしい

勝ってうれしい花いちもんめ
負けて悔しい花いちもんめ


∞∞∞


「んだこりゃ?」

 縦に書かれた童歌に首を傾げた獄寺。それに山本は目をパチクリさせた。

「獄寺知らねぇの? はないちもんめだよ。童歌」
「そこは分かるんじゃ…――」
「し、知ってらぁ!」

 ――知らなかったんだ。

 顔を真っ赤にして山本を睨む獄寺に、綱吉は苦笑いを浮かべる。
 綱吉は懐かしいなぁ、と思いだす。小学生低学年の時に遊んだ。
 何人かで手を掴んで二つに分かれ、取り入れたい人を歌で互いのチームが指名する。その人同士でじゃんけんをし、勝った方に負けた者が加わる。
 いつだって混ぜて貰った時は一番最後まで残ってたっけ、と痛い過去を思い出した。

「でも、何でそんなモン一々入れてよこすんだ…――って、なんだテメェ」

 獄寺は何かに気づいて背後に立っていた人物を睨んだ。
 玄関口、見たことのない生徒がこちらを見ていたのだ。
 獄寺よりも黒くて長い髪はぼさぼさだ。寝起きで手入れをしてこなかったことが伺える。その髪で、顔の右半分を隠していた。風紀委員なら長い髪の毛にチェックを入れそうなものだが。眠そうな目付きに見えたが元から垂れ目のようだ。
 ブレザーに学年を記しているピンが「3−A」と書かれている。笹川京子の兄、笹川了平と同じ学年だ。
 彼は無言で、じっとこちらを見ていた。

 ――…違う。

 綱吉はついっと、獄寺が握っている紙を見下ろした。

 ――コレを見てるんだ…。

 肩にかけた鞄をかけ直して男子生徒は歩み寄ってきた。彼は獄寺の睨みを別段、気にする風でもなく手を出して来た。

「ちょっと貸してくれ」
「あん? 何だ、テメェ?」
「その文に興味があるんです。見せてくれませんか」

 馴れ馴れしく言ったかと思うと、次には棒読みで丁寧語を使ってきた。
 変わった人だ、と思いながら綱吉は「良いですよ」と獄寺からその紙を奪い取り、生徒に差し出す。「十代目?!」と驚いている獄寺を余所に「ありがとう」と受け取った。

「これについて、何か知ってるんですか?」

 彼は黙々と読む。上下に動くその目は早く、あっという間に読み終えて紙を丁寧に折り畳んだ。綱吉の疑問には返答せず、ふぅん、と獄寺に手紙を返した。

「おい! テメェ何モンだ!」
「あ、あの! オレ、沢田綱吉って言います!」

 獄寺を抑えるのは山本に任せて、綱吉は自ら名乗りを上げる。

「こっちが獄寺隼人で、こっちが…――」
「山本武っす」
「あぁ。君達は知ってる。野球部のエースで」

 山本を指差した次、ついっと獄寺へとその指先を移した。
 獄寺は驚いているが当本人自覚なく並盛中学校では有名だ。
 才色兼備の不良。
 何処でも、誰相手だろうとも、何人いようとも、喧嘩しているのを目撃され、全て返り討ちにしている。山本に並んで三学年の女子から好かれているのだ…――話しかけにくいだけで。
 仏頂面の彼は平然とした顔でこう言った。

「Cクラスの赤居佐曽利(あかいさそり)だろ。停学終わったんだな」
「誰だ、よそいつは!」
「あれ?! オレ今、獄寺隼人って紹介しましたよね?!」
「ん? そうだったか?」

 獄寺に並んで綱吉も即座に突っ込みを入れると、彼はほとんど無表情で顎に手を沿え、視線を斜め上に動かした。

「顔がそっくりだから間違えた。ごめん」
「いや、それなら良いんですけど…――」
「人の顔って殆ど同じに見えるから、名前と顔一致しないのだ。芸能人とか同じ顔い過ぎてビックリする。あと、数秒前ってあんまり覚えてない。ていうか、聞いてなかった気がする。君、名前なんだっけ?」

 ――この人、何か変わった人だっ!!

 改めて綱吉は自己紹介すると「そう言えば聞いた気がする」と彼は呑気に答えた。仏頂面は崩れていないが。

「それで、あの…お名前は…?」
「さっき教えなかったか? 九斑(いちじくまだら)だ」

 ――この人、本当に記憶力悪いんだな…。

 綱吉から緊張感が抜けた。
 上級生とあって気を張っていたが、記憶力の悪さに、失礼だとは思うが同類視してしまった。
 遠くから複数の生徒達がこちらに視線をくれていることに気付いたが、綱吉は目に止まるだけだった。

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