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道物語り
帰りたくない
 帰りたくない。
 忘れたい。

 もう少しだけ。
 神様、もう少しだけ。

 時を伸ばしてください。


∞∞∞


「あれ…? ランボの奴…消えなかったか―――」
「行ってきます!」

 誰もが驚きを見せる中、綱吉だけは駆け出していた。

「待って、綱吉君!」
「すぐ戻りますので、先に帰って下さい!」

 西院島の制止を振り払い、綱吉はランボを追うように奥へ。そして、彼も。

「綱吉く…―――」

 すぅっと消えていった。

「大変!」
「西院島! これ連れて―――」

 人をモノとして扱う指示語は雲雀が差した先はディーノだった。
 我が弟子は本当に元気だ。

「ディーノさん! コレ持っててください!
「え? これ…?」

 西院島はディーノの胸にに何かを押し付けられた。受け取ってみれば、それはパステルブルーの小さなお守り袋だ。その証拠に赤い紐がついている身には『御守り』と金色の糸で刺繍されていた。手作りのようだ。
 呼び止める雲雀に「それでは!」と手を振って去る。

「直要さん。これって…―――」

 振り向いた先、古ぼけた道に彼女の姿はなかった。 そこで、漸くディーノは気味悪さを覚えた。
 先程から、ランボや綱吉が姿を突然、消した。もしかして、直要も…―――?

「ねぇ。何で、帰りたくないの」

 雲雀が腕を組んで睨んでいる。今にも殴りたそうなのに、鳥居の手前から動こうとしない。標的が居れば殴りに行く彼にしては、珍しい。

「お前、来ないのか?」
「君と違って『行けない』んだよ。全く、何を迷ってるんだか」

 憮然とした態度で言い放った雲雀。
 ザックリと心中に突き刺さる言葉は相変わらずだ。
 しかし、いつまでもこんな所で寄り道していてはいけないなと改めて痛感する。

 帰らなきゃならない。
 ファミリーの元へ。
 だが、しかし。

「恭弥。ツナ達どこに行ったか知って…――」
「君は自分が帰ることだけ考えれば良い。他人の事なんか放っておけ」
「あのな。流石に兄貴分なのにそれは不味いだろ…――」
「君が心配しなくたって彼らは帰れる。帰るべき所ぐらい、しっかり認知してる」
「相変わらず難しい言い回しだなぁ…。でもよ、あんな消え方『尋常』じゃねぇだろ」

 ディーノは鳥居の奥で忌々しそうに睨んでいる雲雀へと歩み寄っていく。

「おい、恭弥。ここは一体『何処で』『何なんだ』?」
「答えてやる義理がない」

 予想通りの返答に、ディーノは肩をすくめた。
 そうだ。雲雀恭弥という人間はこうだ。
 鞭を取り出して、びぃいんと引っ張る。

「そんじゃ、俺が勝ったら話してもらおうか」
「君、戦えるの」

 痛いところをつかれて、顔がひきつった。確かに仲間は側に居ない。側近のロマーリオは…――イタリアに置いて来日中だ。

「一応、な」
「僕に聞くよりも、左胸に手を当てて聞いてみれば良いんじゃない?」
「それで分かるわけ…」
「なら、此処で迷って惑えばいい…――」

 雲雀は、笑った。

「君みたいなの、助けてやる義理なんてないからね。寧ろ、多ければ多いほど、こっちには都合がいい」
「……何、言ってるんだ…?」
「おい、ボス! こんな所に居たのか!」

 聞きなれた声が突然して、身体が跳ねた。
 確かに、イタリアへ置いてきたはずだ。所謂、無断外出だ。

 ――そのはずなのに…。

「ロマ…」
「置いてくなんてひでぇじゃねぇか。ボス」

 コンビニ袋を下げて、にっと笑う男の姿は間違いなく、ロマーリオだった。

「なんで此処に…!」
「ボスのやることなんかお見通しだぜ」
「うっ…」

 にやりと笑うロマーリオは、冷や汗を垂らすディーノの肩を掴んだ。

「ボスのしたいようにしろよ。オレはそれに付いていくだけなんだからな…無理言って、悪かった」
「え…?」

 ロマーリオは手を差し出して、小さく笑う…――笑ってくれた。


∞∞∞


 ランボは走って走って、足がもつれて転んで、暫く倒れたままでいた。
 むく、と頭を上げた先には、やはり寂れた風景があるだけだ。

 もう少しだけ。
 もう少しだけ。

 ランボはそういい聞かせてゴロンと仰向けになった。
 こんなことしていたら、また綱吉に「こんな所で何やってるんだ」と笑われてしまう。
 いつも同じ場所にいるわけでもないのに、必ず見つけられてそう声をかけられるのだ。

 ――あぁ。そうだった…。

 ランボは片目だけを細く開いた。その世界は滲む。

 ――もう…。

 フラッシュバックする、あの人の優しい笑顔。閉じた瞼の裏で砂嵐のフィルターに阻まれて――…。

「ランボ!」
「?!」

 ランボは顔を上げた。
 はっと息を呑む。

 良かった、と安堵した声音は潤んでいる。

 ┌─────────┐
 │心配したんだ。  │
 │早く帰ろう。   │
 │みんな待ってるよ。│
 │大丈夫か、ランボ?│
 │ランボー?    │
 └─────────┘

 言葉は紙の上の文章で。
 音は一枚隔たれた壁越しで。
 優しさのベクトルは反対方向。


「帰りたくありません…」
「ランボ…?」

 ぽろりと出た言葉は、本音だった。
 首を傾げる綱吉に、ランボは言った。



「帰りたくない! 帰りたくないんです! 放っておいて下さい!!」

 綱吉を振り払って走り出してすぐに転んだ。
 情けないにもほどがある。
 逃げ出そうとして逃げることも出来ないなんて。

 声をかけてくる綱吉は表情を歪めている。

「どうしたんだよ、ランボ…? 何か、お前らしくないよ?」

 心配してくれる貴方は、身体を起こしてくれた。

「何があったんだよ? 何か、悩んでるんじゃないのか? オレで良ければ聞くからさ!」


 ──貴方に、貴方に言えというんですか?

┌──────────┐
│オレを庇って    │
│ 白き敵の刃に、  │
│  胸を貫かれた事を│
└──────────┘
 息が詰まる。
 胸が苦しい。
 衝動的に手が握り拳を作る。

「未来のことだし、オレ、馬鹿だから! どうせ忘れちゃうから大丈夫だよ」

 そうやって覗き込んでくる優しい表情は全く『同じ』。

┌──────────┐
│口から血を流しながら│
│ 笑ってくれました │
└──────────┘


『大丈夫だよ』



『行って…』




 響く、響く。
 あの人の…――貴方の声。

 ランボは、その言葉に流されるまま走った。赤く染まっていく綱吉を、置いて。

 みんなと過ごした日々が、がやがやと騒音を残して過ぎ去った。


 ――オレは逃げたんだ。
 ――自分の命、欲しさに。
 ――『ボンゴレ』を見捨てて。

 悔しさが涙となって溢れ出る。顔を覆って、啜り泣く。

 そうして、自分は今。



「死にたいんです…」



 ようやく、ようやく。


 絶望からの逃避。
 少しの間、夢を見られると思った。
 5才のオレが、バズーカを使ってくれたから。



「オレは、死にたいんです。若きボンゴレ…」



 ランボは俯いたまま。







┌──────────┐
│ いつも信じてくれた │
│   貴方の所に   │
│オレは逝きたいんです│
└──────────┘










 真実を黙して。
 願いを語った。

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