道物語り
鳥居の向こう
雲雀が消えた社。自分達も入れないものか鳥居を潜ってみたり、社の扉を開けてみたが特に何かがある訳でもなかった。
ボロいだけの神社の名残。
そして、放置されているそれに沸く疑問。
確かに、人が出入りされている様子がないはずなのに雑草が取り除かれている「綺麗なこの辺り」。
恐いものしらずとは呪われる前に何度も言われたが…―――直感が告げている。
『逃げろ』。
殺しの場において、それは致命的な直感だ。死を予測したも同然。プロフェッショナルとしては何もせずに逃げるようなものだ。
しかし、それとは次元が違う。
相手をしてはいけない人間など己の前には皆無だが、気象現象や災害などの類いを前に表れる危機感とは全く別。
リボーンの本能がすべてにおいてこの場所を『否定』しているのだ。
此処に居るな。
こんな物があってはいけない。
今すぐ逃げろ。
そして何よりも。
おしゃぶりが『疼いて』いる。
世界の柱の証となるおしゃぶりは力を秘めている。それは盛者必衰、輪廻転生、不老不死を無視した因果を越えるほどに。
食われたら、
『持っていかれる』。
訴える直感を信じて、リボーンは社の裏へと回って戻ってきた獄寺に声をかこた。
「おい、獄寺。別ルートで探し…――――」
「十代目の臭い?!」
「は?」
鼻を動かすと、獄寺は「やっぱり!」と目を輝かせた。
「十代目が『戻って』こられました!」
「何処に…」
「この臭いの強さからして商店街だと…」
「そこまでわかんのか。いっそ気持ち悪ぃな」
「十代目の臭いですからね! 分かって当然です!」
その発言が端から聞けばどれだけ気持ち悪いか、彼は分からないのだろう。
敢えて彼をたてるなら、綱吉の腕にあるという『穴』の臭気が強い。それを嗅ぎあてている獄寺の嗅覚は素晴らしいのだ。
誉めている間に獄寺は「こっちです!」とリボーンを抱き上げて走り出してしまった。
「でも…何か、他の臭いがまじってますね…―――」
ずんずんと木々を掻き分けたその間に、獄寺は嗅覚を使った実況をしてくれた。
動き出しただとか、走ってこっちに来ているだとか。『オレが此処にいるのに気づかれたんですね!』と超直感を誉めた称える獄寺の頬は興奮して赤い。
「林の前まで来てます!」
そんなことを呟くと、獄寺はポケットにしまっていた伸具を首にかけて改めてはしりだした。林から出る直前に声を張り上げた。
「十代目ー!」
ばさりと林を抜け、商店街へ続く道へ飛び出すと、携帯電話を両手で握っている綱吉が仰天した。
「獄寺君?!」
「見つけられて良かったです!」
獄寺は綱吉に駆け寄るとてを包むように持ち上げた。
「大事ないですか、十代目?!」
「う、うん…ないけど……」
「でも、さっきから十代目の『穴』とは別の香りが強くしてますが…?」
「え…? あ…もしかしたら…」
綱吉は自分の尻を見て「やっぱり」と呟いた。なんの変鉄もない、敢えていうなら洗濯が必要なくらい汚れているズボンを摘まんで眉をしかめた。
「あいつらの血が付いちゃったんだ」
「血?! 十代目、お怪我を?!」
「いや、違うんだけど…話が少し長くなるから、ランボ達を連れ戻してから。急いであっちに行かなきゃいけないんだ」
「十代目…」
一瞬、悲しそうに獄寺は眉根を寄せた。綱吉はごめん、と謝って肩を掴む。
「あのさ、ここら辺で神社みたいなの見たことないかな…―――って獄寺君が知ってるわけないか…」
「さっきまで、ボロい神社の前にいました…」
「それ本当?!」
綱吉は「何処に?!」と詰め寄る獄寺の顔は渋かった。火には油を注げ、事件は最大限まで引き上げろ。窮地にこそ追い込め。そんなスパルタ方針のリボーンでも、彼処に行かせるのは躊躇われる。
「ですが、雲雀のヤローがが先に行きましたし…」
「やっぱり雲雀さん知ってたんだ?! 案内して! 早くいかないと帰れなくなっちゃう!」
「帰れなくなる?」
移動しながら説明する、と獄寺の背中を押して綱吉は焦りを見せる。
「今回の怪異は『帰りたい人は帰れるけど、帰りたくない人は帰れない』んだ! よくわかんないけど、ランボとディーノさんが帰りたくないみたいで……えーっと…取り敢えず、帰りたいと思うようにしなきゃいけないんだ! だから…」
「だ、駄目です、やっぱり!」
獄寺は首をぶんぶんと横に振った。
「『臭い』で分かるんです…あそこは『危険』です! 徐々に臭気が『強まって』ます! そんな所に行かせるわけには…」
「それでも、連れて帰らないと駄目だ! 雲雀さんや西院島さんを信じて待ってたら後悔する気がする! だから、連れてって!」
じっと獄寺を見据える瞳は力強い。
「帰らせるアテでもあんのか」
問いかけたリボーンに、綱吉は「分からない!」と潔く答えた。
「でも、獄寺君の、時とは違うんだ…信じて待てた獄寺君の時とは…―――あそこにいるのは、ランボなんだよ…」
綱吉はぽつりと放つ。
「大人でも、頼りになっても、あそこにいるのは『ランボ』なんだ…今は年上だけど、きっと、何年経ってもオレの『弟』なんだ…―――」
綱吉は苦笑した。
「兄ちゃんなんて柄じゃないけど…お兄さんみたいなお兄ちゃんでもないけど…助けにいきたいんだ」
浮かぶは笹川了平。
唯一、兄と言う立場である彼は非常に妹に弱い。それは生まれながらにして兄であるからもしれない。過去に、恐い思いをさせてしまったのもあるだろう。
彼はそれ自覚して兄らしく、兄であろうと何時だって必死だ。
「それに、オレには『穴』がある」
綱吉は包帯の巻かれている腕を撫でた。
「獄寺君。必ず、ランボ達を連れて帰ってくる。だから、待ってて」
強い意思を秘めた瞳に揺るぎはない。
う、と獄寺は言葉を詰まらせた。
自分の優しすぎる馬鹿な教え子は覚えているだろうか。
それは…―――その表情は、かつて六道骸を助けにいくときも、助け出す人間は違えど、全く同じ内容で、全く同じ表情で言っていることに。
獄寺はしばし沈黙の後、静かに頷いた。
「分かりました…」
と。
低く、低く。
獄寺は頷いた。
綱吉の暗く浮かべた笑みは「ごめんね」と言いたげだった。目をひと度伏せて開けば、その色も消え失せた。
「連れてって」
再び、願うような口調で獄寺に申し入れた。
∞∞∞
抉じ開けることもできず、何時間がたっただろう。携帯電話の時計は役に立たず、出鱈目な時を表示する。これも、逢魔ヶ時が近い証拠だ。更に『着信を得て鳴り響いてくる』。
プルルルル。
プルルルル。
着信音の並盛校歌ではなく、単調なリズムを刻んで。
「うるさい!」
今の今までまた綱吉から連絡がくるのではないかと待っていたが、とうとう雲雀は宙に放り上げた。降ってきた所を遠慮なくトンファーで叩けば無惨な姿になった。携帯は内部の線がはみ出て、胴は砕けて散らばる。しかし、転がったそれの待ち受け画面は『着信中である』とcallingの文字を画面で遊ばせながら。
プルルルル。
プルルルル。
ばきん、と嘲笑う携帯電話を踏みつけて留目をさすと、微かに笑う声を残して漸く機能を停止した。
「沢田綱吉…!」
ぐっとトンファーを握る拳に力が入る。
「絶対ぶん殴って…―――」
やる、という言葉が、視界の僅かな空間に入ったモノに止められた。
タンタン、と軽い足音。
茶髪の爆発頭。
「沢田綱吉…―――!」
お馬鹿な彼は、あれ、と驚いたように『鳥居の向こう』で振り向いてきた。
「雲雀さん?!」
自分の行けない先に、綱吉は居た。
「沢田! 何で『あっち』から来てるの!」
「気づいてたら『あっち』に帰ってまして! それじゃ!」
「待ちなよ、連れてけ!」
「危ないんで、また明日!」
「ふざけてるの?! 来ないと咬み殺すよ!」
綱吉は軽い調子で「それじゃ!」と手を降ると走り去った。先にある十字路を右に曲がって、すぐに姿が消えてしまった。
「あの馬鹿…―――」
が、と怒りを吐き出した途端、綱吉は尻餅をついて戻ってきた。
「大丈夫か?」とあの気にくわない金髪男の声。続々と綱吉を囲うように、テンパの青年と…―――。
「綱吉君…?!」
西院島が、心配して綱吉へ駆け寄った。
彼女は大丈夫だと言い張る綱吉に安堵の笑みを浮かべるとこちらに顔を向けて…―――驚いた。
「雲雀様…?!」
雲雀は小さく舌打ちして、阻まれている壁に手を預けた。西院島が帰って来たなら話は別だ。
「西院島! 早くこっちへ!」
「あ、恭弥…―――」
「咬み殺すからさっさと来い!」
「お、オレと西院島さんの対応違くねぇか…?」
ぎり、と指先に力が入る。
「殺すから来いって言ってるの」
「ストレートだなぁ、おい…」
頭をボリボリ掻いたディーノ。
「しゃあねぇなぁ」
目を輝かせて「はい!」と頷いた綱吉は更に、ランボへ手を差し出す。
「帰ろう、ランボ」
伸ばされた手に、ランボは重ねるように伸ばした。
「何をモタモタしてるの…!」
手を取り合おうとする仲睦まじいその光景。触れそうになって…―――離れた。
「ランボ…?」
ランボは微笑して。
「オレ、もうちょっと見て回ってきます」
くるりと背を向けた。
「ランボ?!」
ランボは瞬く間にその場から離れた。いや、雲雀の目には『逃走』しているように見えた。
『逃げる』ことで迷う世界。それが、この場では帰還からの逃避。
ランボは、異界の奥へ『ふっと姿を消した』。
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