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道物語り
電話帳
 抉じ開けて入れた異界。
 もともと拒絶される体質の雲雀はまたも困難にぶち当たっていた。否、言葉でしか表せない物ではなく、物質的に言うと『壁』。
 見えない透明の壁に阻まれて、鳥居の『向こう』に行けないのだ。
 そこは獄寺が嗅覚で見つけ出した神社よりとても立派で綺麗だった。傾いておらず、古めかしさもなく、映えた朱色で威風堂々としている。鳥居としての本分を全うしているといいたげだった。更に雲雀の後ろには並盛神社よりも立派な社が佇んでいた。
 これが、かつての『並盛神社』の姿なのだろう。先程、獄寺が嗅ぎあてた社とは大違いだ。
 雲雀は忌々しそうに『向こう』を睨んだ。
 やはり、自分ではこの異界の向こうに行けないようだ。当たり前だ。元から帰る所などまともに有りはしない。だからと言って帰りたくないなど思うわけでもない。そもそも家や場所に帰るという行為を嫌うなど雲雀には無かった。所詮、そこにあるのは『帰るべき場所』という無意識なのだ。
 神谷の所に帰りたくないと思っても雲雀は異界に入ることは出来ない。神谷は文字にあらわさなくても口に出さなくても大嫌い。例えそれが育ての親という事実があっても、雲雀が完全に神谷の家を『我が家』だと無意識下において微塵も思っていないからだ。
 雲雀の意識には「帰るべき場所は無い」。だからこそ、何処に帰っても『同じ』なのだ。それに、そんな屁理屈でこの異界に出入り出来るわけではない。それこそ綱吉を除いて、帰りたくないと思えば入れるなどという単純な異界ではない。
 そもそも。異界に簡単に入れるわけが無いのだ。

「沢田綱吉…!」

 例外中の例外が、頭の中で浮かんでぱっと笑った。
 腹が立って目の前の壁を殴り付けるが、何も掠めずに空を切った。無機物は通すというのに。雲雀は腹が立って仕方なかった。転げ落ちている携帯電話は口を開けて待ち受け画面が消えた。
 その液晶画面の左斜め上。電波は黄色い文字で『圏外』と表示していた。それを見下ろした雲雀の頭に余計な血を上らせていた。

「何で異界でも携帯電話が通じるんだ…!!」

 何故か綱吉とは繋がった携帯電話。しかし、今は圏外だ。
実質、現つの世界と異界の狭間の箱庭に閉じ込められた状態となっているのだった。


∞∞∞


「雲雀さん見てませんか?!」
「雲雀さん?! ひ、雲雀さんなら奥に行ったけど…」
「ありがとうございます!」

これで三軒目。
雲雀はどんな広告塔よりも目につく存在だ。歩けば人が逃げる。嫌でも釘づけになる時代遅れの黒尽くめ。彼は何処までも孤高で独りが大好きな癖に誰よりも目立つのだ。
しかし、皆が皆同じことしか言わないのも事実だ。

「奥に…―――何で、奥に…―――」

綱吉は走りながら考える。
雲雀が何故奥に入っていったのか。奥に進めば、きっと雲雀の目的が…―――『異界』があるからだ。

「でも、奥のどこにあるんだろ…―――」

 綱吉は林と商店街の狭間で立ち止まった。
 何で雲雀は奥へ行ったのだろう? いや、異界に行けると『何故思った』のだろう。

「もしかして…本当は知ってたんじゃ…―――」

 雲雀なら知ってそうだ。いいや、『何でも』知ってるんじゃないだろうか。
 何か、いろいろとやたら詳しいし。図書館にある秘蔵文章みたいな古ぼけた本で調べ物もしてたし。それに神谷さんが詳しいだけあって…―――。

「あっ」

 そうだ。
 綱吉は黄色い携帯電話をポケットから取り出した。
 携帯電話の電波も三本しっかり立っている。電話帳の開き方だってちゃんと覚えてるぞ。獄寺君にメールするためにいっぱい頑張ったんだから。ボタン1つ押せばメニューを開かなくても電話帳に繋がるのだ。確か形は…―――電話帳だから、電話の受話器のボタンを押せば良いんだったな。
 綱吉はぴっとそれを押した。


∞∞∞


 携帯電話が、何かを受信した。
 草壁は図書館の個室で調べ物の最中で、判明した共通点を雲雀に報告するべく携帯電話を開こうとした瞬間だった。直ぐに取れる位置に置いてあった携帯電話を特に見もせず耳に当てた。携帯電話が五分の一秒震えた瞬間に通話を開始させた。これも気の短い雲雀に対応する為だったのだが。
 
「草壁哲也です」
『草壁、さん…』
「あ、え…? 沢田さん…?」
『草壁さん…―――!』

 受信者…―――草壁哲也は、まず驚いた。
 勿論、雲雀恭弥の呼び出しであると思っていたのと…―――何故か電話の奥で綱吉の声音が今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しく潤んでいたからだ。

「驚きました。沢田さんから来るとは。てっきり、委員長が何か調べ物に関する依頼の近況報告かと…」
『あっ。あぁ、ごめんなさい。でも、知りたいことがあって…―――あの、神谷さんの電話番号知らないですか? 教えてもらってないのに電話かけようとしてて…』
「神谷さんに…―――ですか?」

 綱吉ははい、と答えた。

『今、雲雀さんと一緒に商店街で起きる怪異の調査をしに行ってまして…』

 そんなのは初耳だ。
 いや、もともと雲雀は特に草壁に対して自分の動向をわざわざ告げるような人間ではない。ならば逆に、『当然』と言うべきか。
 『穴』を持っている彼でなくては、雲雀は商店街の『怪異』には逢えない。いや、そもそも雲雀は怪異と『無縁』なのだ。ただ力がある故に、抉じ開けて『関わろうとする』。それでも、彼は果てしなく最後まで『無縁』である。最後まで彼は怪異に逢っても『寸分も違わない』のだ。現在も、『これから』も。
 
「委員長と行かれたということは…―――委員長は『どうしました』か?」

 その問いかけに、電話の奥の綱吉ははっと息を呑んだ。

「諸連絡事項ならば委員長が大体知っているでしょう。しかし神谷さんに電話で聞きたいことがあるとなると…―――少し事情が変わってくるでしょう」
『そうなんです…。実は、ついさっきまで怪異から帰って来たんですけど…』
「?!」

 どうしてこうも。彼は人が想像し得ないことをいとも簡単にやって、あっさりと通り越しているんだか。

「そうですか…―――遭って『還って』来た。そうですか…ということは、雲雀とはぐれて連絡がつかないんですね」
『そうなんです! 異界に居る時は連絡がついたのに!』
「はい…? 異界で連絡がついた…?」

 何故だ。異界は『異世界』だ。そんな所に電波塔がある筈もない。
 逆に、異界に関する常識…―――常識など存在しないが―――何も知らない綱吉は逆に『それがどうかしましたか?』と首を傾げる始末だった。
 この子の周りの方がおかしい事だらけだ。人の予想を遥かに上回っているだけではない。常に斜め上を駆け上がっている。

「本来ならば、電話は繋がらない筈なんですけどね…異界には電波がないですから…」
『え? でも、ちゃんとメールを送受信できましたよ?』
「…―――送受信を…?」
『はい…西院島さんも不思議がってました…―――』

 苦笑いが浮かぶ。
 しかも、西院島―――つまり、結解の元娘である直要とも会っているという事か。

「不思議がっていた、ということは…―――直要さんも異界に?」
『はい。今回、オレ巻き込まれちゃっただけみたいなんですけど…―――でも、どうしても異界に戻りたいんです。だから、神谷さんなら知ってるかなと思って…』
「戻りたい?」

 はい、と綱吉はハッキリ答えた。

『西院島さんだけじゃなくて、ランボとディーノさんも行っちゃったままなんです。だから、連れ戻さないと…―――』
「ですが、直要さんがそちらに居るなら、沢田さんはこちらで待っていて下さい。もうすぐ逢魔ヶ時…―――もしかしたら帰って来れなくなってしまうかもしれません」
『い、行かないと駄目なんです! オレが行かないと…』

 電話の奥で綱吉は声を張り上げた。その声音からも、強い意思を感じられる。

『確かに、西院島さんなら簡単に連れ戻してくれるかもしれません…―――でも、あの怪異って連れ戻せても『帰りたくない』って思ったら、また迷っちゃうんですよね? それじゃあ、駄目なんです!』

 ―――そこまで、気づいてるのか。
 草壁は眉を顰めて「その通りです」と答えた。

「あの異界に迷わせたくないなら…その帰りたくない原因を後腐れなく抹消するのが一番です…―――ですが、説得するには時間がかかりますよ? 『異界に迷うほど』彼等は深刻に思い悩んでいるのですから」

 そうですよね、と綱吉は呟いた。

『でも、どうしても異界に行きたいんです。雲雀さんは商店街の奥に行ったって、店の人が言ってるんですけど…―――商店街の奥って、あと林だけですよね? 何かあるか知ってますか?』
「商店街の奥…林…―――私からは何とも言えませんが…もしかしたら…―――」
『何かあるんですか?!』
「いえ。推測でしかありませんが…―――昔、並盛神社は並盛商店街にあったんですよ」

 すると、綱吉は『あ!』と驚愕した声を張り上げた。

『知ってます、それ! 神様の力に肖ろうと商店を立ち上げたのが並盛商店街の始まりだって! そうだ…―――聞いてたじゃんか!』

 綱吉はそれじゃあ、とブツブツ何かを呟き始めた。最終的に、綱吉は『ありがとうございます』と勢いよく草壁にお礼を言った。

『きっとそれです! 奥に進んでみます! 草壁さん、ありがとうございました!』

 直ぐに携帯電話は通話が切れたと背面ディスプレイが告げた。
 ポケットに携帯を突っ込んで、走り出している彼の姿が目に浮かぶ。
 そうして彼はここまで異界と接点を持てるのだろう。確かに鳥居は『出口』だ。
 今まで散々集めてきた事件資料を見回した。
警察から借りている事件資料は一般人に見られないようにと厳重注意を受けていた。その為、学校ではなく図書館の一室を借りて調べていたのだ。
 雲雀に調べておけと告げられ、何か分かったことがあれば報告しろと言われた多発失踪事件。失踪からの帰還者の言い分に『帰りたかった』という言い分と、他にも共通点があったとその後の調べで分かったばかりだ。それぞれ言い回しが違うものの、纏めるとこう言うことだ。

 『化け物に襲われて、神社を見つけたから逃げ込んだ』。

 草壁の推測だけでなく、雲雀も間違いなく、其処が『出口』だと言うだろう。

「…―――本当に…沢田さんには『運命』が『付いていっている』みたいですね…」

 何度も何度も。痛いくらいに。
 いつかの雲雀の声が残響する。

‐君では駄目だよ。いくら怪異が『視える』目があっても、所詮『探す』んじゃ駄目なんだ‐

 さらっといつものように、何でも無い顔で自分を拒絶した雲雀。


‐伍の『あう』に適応している人間じゃないと…―――‐


 草壁は資料を置いて、部屋を出て行った。しっかり鍵を閉めて、暗い階段を上っていく。天井を押して開くと、職員室の一角に出た。草壁は無言で足早に向かった。町の歴史を記している棚へと。

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