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道物語り
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「西院島さんが、理由もなくそんな事をするはずがない! いや、西院島さんに限って、雲雀さんにそんなことするわけがないじゃないですか!」

 西院島は、ただ口を引き結んでいた。
 問い詰められることに臆することもなく、偽ろうとする素振りを見せない。

「雲雀さんの事、おとぅ…―――妹みたいに思ってたんですよね? 親しくしてたのに…―――あんなにっ…あんなに! 楽しそうに話してくれたじゃないですか!」

 綱吉の酷く一方的な了見で、漠然とした勘で、そうであってほしいという願いだった。

「オレは、昔の話をしてくれた西院島さんの楽しそうな表情覚えてます! あの頃に戻れないって言った悲しそうな顔だって!
 あんな顔できる人が、大事な人に呪いをかけるなんて思えない!」

 長い、沈黙が続き。
 真っ直ぐ綱吉を見つめていた視線がゆっくり逸れた。 
 そして西院島は、目を細めて笑んだ。

「やっぱり、貴方は違うのね…」

 その言葉に、疑問が浮かぶ。
 そして、その表情にも。
 彼女の笑みはどこか遠くを見ていて、それでも嬉しそうだ。
 西院は続けた。

「綱吉君。どうして雲雀様が…―――『恭弥』が、貴方を側におくのか、漸く分かりました」
「え…?」
「貴方は違う…上辺ではなく『内側』や『根底』を解こうとするのは、とても重要なこと…―――でもね、事実なの」

 立ち上がった西院島。疑問だらけの問題用紙は未だどこもかしこも白紙。

「私が呪ったことに、偽りはないの。事実としてしか存在していないの」
「オレは、西院島さんが雲雀さんを呪った事実を改めて知りたいんじゃない。理由を聞きたいんです」

 西院島は首を振って苦笑した。

「私が無知で愚かだったのよ…―――雲雀様のように、強くなれなかったの…」
「違います! オレが聞きたいのはそんなことじゃなくて…―――!」

 西院島は「駄目ねぇ」と綱吉の訴えを制し、背を向けた。

「『帰りたくない』のは『私』の方…」
「帰りたく、ない…?」
「綱吉君はそこにいてね」

 何故か綱吉はその場に留められた。わかりました、とアッサリ頷く始末。しかし、彼女は綱吉を置いて歩き始めた。

「私は帰りたくなかった…―――いいえ、生きてさえいたくなかったの。だから、此方に『来てしまった』…―――私(わたくし)、初めから腐っていようと、責任転嫁して逃げても『所詮』結解の人間ですのに…馬鹿ですわ。本当に馬鹿。逃げることなんて、出来ないのに」

 西院島は、数メートル先をいって立ち止まった。

「ディーノさんとランボ君は私が責任を持って出口へ案内しますわ」
「西院島さん! 誤魔化さないで、本当のこと言ってください! オレは、西院島さんが雲雀さんを呪うなんて思えません!」
「綱吉君に結んだ紐がランボ君にも結んであるの。綱吉君と同じ色の紐を。それが『導(しるべ)』…―――でも、貴方にはお節介の何物でもなくて、私がそれに頼るしかないの」

 手首に蝶々結びで巻かれた紐。その紐はなんの変鉄もない、ただの紐。

「『紐』は縁の象徴。古くから縁結びなどの効果があると人は人と紐を結んできました。
 この異界で綱吉君を見つけられたのも、その腕に結んだ紐に巡り合わせと引き寄せの祈りを込めたから。
 他にも、紐にはとても重要な役割があるの」

 すると、西院島の背後。綱吉には前方に、どろどろと粘土のような肉塊が溢れて突起物を作り出す。
 立ち憚った3メートルを越える肉の塊。西院島は「お出ましね」と小さく笑う。
 その顔が、雰囲気が…―――雲雀と似ていた。
 猟奇的で、恍惚とした光を携えた瞳。敵を前に不適に邪気まみれの笑み。
 明るく元気なお嬢様でもなく、悲劇の未亡人でもなく。西院島はそれ以外の人物となって、綱吉と距離を取った。あえていうならば、『結解の人間』か。


「此処は『帰りたくない』と『望む者』が迷う世界」


 西院島は、言い切る。


「帰還を拒む者を、引きずり込むの」

 作り上げられていく肉の人形を前に、西院島は続ける。

「そして、『これ』は帰還を望む者の前に現れて足止めするの…―――綱吉君の前にも『現れた』わよね?」

 人の顔を身体中に張り付けた肉の塊。先程は肉団子だったが、今回はでいだらぼっちだ。
 鉄のさびれた臭いを含んだ風が、微かに髪と服を揺らした。

「ごめんなさい、綱吉君。今まで怖い思いさせましたね…―――でも、もう大丈夫ですから。『彼方』で、待っていてくださいな」

 彼女は、そう言い放ってまた微笑んだ。そして、クルリと綱吉に背を向けて、西院島直要は―――結解直要は糸を舞わせて踏み出した。


 途端だった。


「おい、兄ちゃん。そこ、どけてくれねぇかい?」
「え?」

 背後から聞こえてきた声に振り替えると、スポットライトを当てれば輝きそうな頭を持った魚屋さんのおじさんがいた。ねじり鉢巻、水捌けのよいゴムのエプロンを着用して、発泡スチロールの箱を抱えていた。

「店脇でどうした? 何か、落としたのかい?」
「え? あれ?」

 首を傾げるおじさん。
 綱吉は目を擦ってもう一度確認した。そのおじさんは幻でも何でもなく、そこに居た。
 今まで、人の全く居ない異界に居た、はずなのに。


 ―――もしかして!


 綱吉は脇目も振らずに路地を飛び出した。
 明るい日射し。
 人が歩いて買い物を楽しんでいる。たった今、小さい子供が追いかけっこをしながら綱吉の前を通りすぎた。
 人が行き交う、活気に溢れたいつもの並盛商店街の姿が、其処にはあった。

「帰って、来た…―――?」

 口から溢れた疑問。
 それは、がやがやと騒がしい人々の声にかき消される。

 どうして。
 何で。

 困惑と驚きがない交ぜの脳内。周りの雑音が遠ざかる。そんな中でも、綱吉の超直感は無数にある記憶の糸のうち一本をチョイスした。



『帰ろうと思えば帰れる』、怪異なのだ。



             あ。

 知らずうち、気づかずうち。
 綱吉は自身で答えを導いていることに気がついた。
 雲雀みたいに特別な力が無い一般人でも、この『異界』から帰れるのだと。
 だから、兎に角みんなで出口を探そうと考えていたのだ。

 しかし、真意は『違う』。

 帰りたいと『望めば』、この異界から『出られる』。
 何らかの脱出方法で、この世界から『出られる』のだ。

 だから、帰還者はこぞって泣いて、こう言った。


 『帰りたかった』と。


 綱吉は呆然と立ち尽くした。疑問に対する答えも、動く視線によって導かれていく。

 自らの、腕へと。

 西院島から説明された、綱吉の持つ呪い…―――『穴』の特性。

 『近くの異界と繋がる』。

 そして、もう一つ。
 西院島は綱吉の疑問にこう唸っていた。

『今回は、綱吉君のせいではないはずよ』

 ―――今回って、もしかして。

 綱吉の超直感が告げる。

 今回の怪異は西院島が言った通りだとすると『帰還を拒む者』を異界に引きずり込むものだ。
 しかし、綱吉は帰還…―――この場合、『帰宅』を拒んではいなかった。寧ろ異界だと分かり、早く帰りたいと思っていた。
 しかし、先程まで一緒にいた西院島は帰りたくなかったと言い切った。それにランボやディーノも何だかんだ言って帰りたくない様子だった。特にランボは…―――十年バズーカが直らなくても良いような口ぶりだった。間違いなく『帰還を拒む』状況だ。

 つまり。


「『連座』…―――?」


 今までに、経験したことのない怪異の分類。
 誰かが起こした怪異に巻き込まれる『連座』。

 ランボとディーノと西院島の『帰還を拒む』心情に、本来、引き込まれることのなかった綱吉は『穴』の特性故に異界へ一緒に引き込まれてしまった。
 綱吉を含めた4人中3人が怪異発動条件者だった。
 スペシャリストとはよく言ったものだ。誉め言葉でも世辞でも何でもない。寧ろ皮肉だ。
 近くに見える時計は4時。辺りは夕焼け色に染められてオレンジ色の膜が商店街を彩っていた。 
 雲雀に言わせればもうすぐ『逢魔ヶ時』という時間帯のはずだ。
 綱吉の中ではお化けが活発に動き始める時刻と認識している。例えその危険度の認識に雲泥の違いがあったとしても、やはり異界に居させるのは危険だ。
 早く、ランボ達を連れ戻さなければ。
 日暮れの早い秋の空を綱吉は見上げた。烏が鳴く声が、耳の中で何時までも谺する。

「もど、らないと…」

 綱吉は、呟く。

「戻らないと…!」

 ケーキを食べて泣き出したランボが目に浮かぶ。
 嫌な予感がする。
 このまま西院島がランボ達を連れて帰ってきてくれると『信じて』待っていてはダメな気がする。
 結解の人間だから?
 迷ったのがランボ達自身のせいだから?
 いいや、そんなんじゃない。多分そんなのじゃない勘だけど。

 でも、オレの勘なんだ。

 助けにいかなきゃ、絶対に後悔する。
 『ランボだけ』は、『オレが』助けに行かなくちゃ。


「―――…何故にランボだけ…? ううん。まぁいいや。行こう」

 ランボが待っている気がする。
 白い世界に、背中を向けたランボが。大人だけど、子供のように泣いている。
 そんな姿が見える。
 
 綱吉はそれだけを理由に駆け出した。

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あきゅろす。
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