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道物語り
蛇の呪い
 西院島の口から語られた話に綱吉は衝撃を受けた。
 既に泣いてはおらず、淡々とした口調。まさに語り部と称されるに相応しいほど淡々としていた。
 まるで他人事。
 物語の中。

 彼女から語られたそれは、間違いなく彼女自身に起きた悲劇だ。直感から綱吉はそう信じられた。
 しかし、事実を語っているにしては余りにも不釣り合いだった。
 自分の愛した人が偽者…―――化け物になっていたのだ。衝撃は多大なものだったはずだ。西院島とは雲泥の差があったとはいえ、それは綱吉自身も『経験して』いる。泣き崩れたっておかしくない。我慢し続けていたとはいえ、綱吉のかけた言葉で緊張の糸は緩んだはずだ。あんなに泣いて、懺悔したのだから。
 それでも、彼女は欠けていた。

 悲しみ、という感情が。

 語る口調には、完全に欠落していた。
 それでも何より…―――西院島の『強さ』を痛切に知ることになった。
 この異界に入る前後に、彼女はディーノの疑問に答えていたのだから。
 既に亡き夫との出会い頭を。
 綱吉達は何も知らなかったとはいえ、彼女には聞いてはけない話だった。
 しかし、それがバレないように円満家庭の奥さんを西院島が演じていたため気づかなかった。
 彼女の気丈さに、綱吉はなんだか自分が情けなくなってきた。
 ディーノの質問に彼女はどれだけ悲しい気持ちを押し殺して語ったのだろう。その笑顔の裏で、どれほど泣きたかっただろう。
 綱吉は考えた。
 きっと、自分は耐えられない。思い浮かんだのは、何も片恋相手の笹川京子だけではなかった。綱吉の頭の中には友人の獄寺や山本、母親の奈々や、居候であるランボ達…―――『仲間』達の、顔が思い浮かんだ。
 みんな、ずっといてほしい大切な家族、仲間達。
 西院島は、綱吉を見上げて寂しそうに笑んだ。

「何が何だか分からなくなってしまったんです。哀しいのも苦しいのも辛いのも楽しいのも嬉しいのも何処かに飛んで行ってしまったんでしょうか…―――あの首と一緒に…」

 きっと、倒した偽者の首の事だ。それと一緒に吹き飛んだ。
 そんなグロテスクな発想は、どんなに頑張っても綱吉には出ないだろう。

「それとも、これが私への罰だったんでしょうか…―――だとしたら、仕方ないですね…当然の報いです…―――」
「罰…―――?」

 頷いた西院島は、目を伏せた。

「雲雀様には『知らぬが仏』、私には『身から出た錆び』…―――。紐でくくり付けた、人の辿りし『古』…―――綱吉君には、解かなくてはなりません…。雲雀様が、唯一、お傍に置くと決めた方ですから…」

 とても大事なポジションにいるようだが、そんなことを雲雀から微塵も聞かされたことなど綱吉にはない。
 独りを好む暴君からよく言われたのは、『群れるな』『咬み殺す』の拒絶ぐらい。
 文字通りでありながら、本来の意味とはかけ離れた『殺し文句』なら散々言われてきた。

「雲雀様には…呪縛がついているんです…」
「あの蛇みたいにのっぺり動いてる、あれの事ですか…?」

 西院島は、目を伏せた。長いまつげが目元を彩る。


「あれは、『私が』付けました…」





 白。





 ――――…え・・・・・?


 言葉が、出ない。

 目を伏せていた西院島は、そろりと視線をずらす。

「付けました、って…―――あの、呪い…を…?」
「はい…」

 西院島は潔く答えて、綱吉を真っ直ぐ射抜いた。

「『紐』で結んで繋ぎ……蛇で絡めて『呪った』の…」

 あ、れは。
 あれは…―――。

「偶々、怪我していた左腕の傷口から蛇の呪いが入りこんで来たって…―――!」

 そう聞いている。
 だって、あれは強力な呪いや呪詛をかけられると身体を締め付けるって。
 雲雀がそれに苦しんでるのを、苦しめられているのを見てきた。
 それを、雲雀は何でもないように話していたけど…―――。

「あれ、のせいで……雲雀さんは苦しんでるんですよ…?! この前だって、呪われてるのに気づかなくて無茶させてたんです! 神隠しで異界に行った時だって、そのせいで『しょうき』だとか言う奴のせいで雲雀さんは動けなくなって…!!」

 西院島は口を開くことなく目を伏せた。

「弱い呪いなら平気だって言ってだけど…でも、邪気とか呪詛に当てられると左腕から痛みが始まって、締めつけられるみたいに痛みが起きるって!」

 あの日、何でもないように語った雲雀が目に浮かぶ。
 西院島はただ口を引き結んで綱吉を見据えていた。

「…―――何で、雲雀さんを呪ったりしたんですか…! 西院島さん!」

 西院島は黙ったまま。


「西院島さん!」


 思い出すのは興奮ぎみで雲雀との思い出を語っていた西院島。身ぶり手振りで、とても嬉しそうに。
 あの頃には戻れないと、寂しそうに語った。

 笑顔の暖かい、大和撫子だった。


∞∞∞


 先を歩く雲雀は次第に商店街の奥へと入っていた。商店街の入り口とは違って人気が少なく、少し先には木々が生い茂っている。
 雲雀がいなくなった背後の商店街は活気を取り戻して騒がしくなっていた。

「あくまで推測の域を出ないけど…―――怪異の対象者であれば勝手に引き摺りこまれる。だけれど『部外者』は異界へ入る時、ある程度手順を踏まないと異界には入れない。怪異が対象者として認めているわけではないからね。
しかし、沢田はそれを『スルーパス』出来る…―――『呪い』の効力で『こちら』と『あちら』に『穴』を空けて『自由に』出入り出来る…」
人形探しの時に笹川の異界に弾かれることもなく居合わせられたのも…―――学校裏に作られた異界にあっさりと入れたのも、その所為だと思っているよ…―――」

 ざく、と土が固まっただけの道を歩き続け、漸く目の前に広がった林。そこへ来て、獄寺は雲雀の異臭に混じって『異なる異臭』を嗅ぎ取った。
それはハッキリとした、枯れ草の臭い。そして、微かな腐臭を獄寺は何度も鼻から空気を吸い込んだ。

「ねぇ、本当にないの? ここから先は林しか…―――」
「こっちです!」

真っ直ぐ続く土の道を逸れ、草が足元を覆い尽くしている木々の間を突き進む。後ろでばきん、と木の破壊音が聞こえたが気にするものか。
森林の爽やかな空気に混じりこむ『異臭』は清澄な空気を汚している。まるで臭いに誘われた蝶のように、誘われるまま奥へ走れば走るほど強くなった。鼻を摘まみたくなるそれに、獄寺は綱吉を救出したらアッサムの紅茶を飲もうと誓った。香りを楽しんでから飲んでやる。一日の終わりを計画しながら獄寺はがさがさと草を踏みつけ、木々をすり抜けて、臭いの強いい場所へ向かって…―――。

「あの先…広がってるな」
「あそこです! あそこが『強い』…―――」

 林を飛び出すと、辺りは開けた土地に出た。そして、真っ先に目に入ったのは、朱色をしていたであろう鳥居。所々塗料が剥げ落ちて傾いている。その奥は、石畳が続く小さな社。手入れがされているのか余り雑草が生えていない。

「ここだ…!」
「邪魔!」
「のわっ!!」

 後ろからやって来た雲雀が獄寺を突き飛ばして、その社へと突進していく。
 突き飛ばされた瞬間のリボーンは雲雀の行動を推測してさっさと地面に着地していた。

「このやろっ…!!」
「待て、雲雀。どうするつも…―――」

 鳥居を前に立ち止まった雲雀は、懐から小太刀を取り出すと、『手慣れた様子で』腕を『切り裂いた』。
 筋肉を完全に分断するように切り付けたわけではないが、切り裂かれた白い肌から、真っ赤な液がダラダラと流れ出る。その液で手を洗うかのように擦り合わせると、雲雀はさらっとこう言った。

「もう帰れ」
「馬鹿か…―――」

 傍若無人な一言を放った雲雀は鳥居に向かって鮮血染めの腕を伸ばす。そして、その瞬間、少し目の悪い獄寺が、文字通り『瞬く間』を目の当たりにした。

「消えた…」

 ぱっと一瞬。
 何の前触れもなく、何も無く。
 雲雀はただその場から『消え去った』。
 瞬間移動でも消える際に『間』というものがある筈だ。それか、段々身体が透明になっていくというサイエンスフィクションのようなものがあっても良い筈だが、雲雀はその場から『消えた』。煙でもこれほどあっさりとは消えない。砂が強風に煽られようとも一瞬で吹き飛ばされることはない。
 しかし雲雀は何もなく、『忽然と』姿を消した。
 今まで共に、この社を探していたのが嘘かと思えるほどに。
 『社の前に佇む雲雀恭弥』という獄寺の視界から雲雀弥の存在を『刳り抜いた』ように。

「消えたな…」
「き、消えましたよね…? さっきまで…あいつ…―――」
「居た。雲雀は居た…―――が、一瞬でも『残像が残らねぇほど』姿なんか消せねぇぞ。 『普通』…―――」

 雲雀が居たとハッキリ証明できるのは、彼が切り裂いた腕からわざと滴らせた、赤い体液だけ。
 点々と大小飛び散って。地面に吸い込まれている、赤だけだった。

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あきゅろす。
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