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道物語り
助け
 西院島から語られた過去は、とてつもなく興味深いものばかりだった。
 幼い頃から強さに対する執着心はあったものの、今よりよく笑い、人見知りもしていたという。今でこそ仏頂面で群れがあれば突っ込んで行く人間嫌いな面ばかりを見てきた綱吉はただただ驚くしかなかった。

「身長がこれぐらいで、黒髪があんまりにも綺麗だったから日本人形みたいだったの! 雲雀様ったら何でも似合うもんだから、女の子みたいでね! 赤い着物が特に似合っていたのよ! それこそ、ロリコン趣味のある人が雲雀様を見ていたら取って食べようとしたでしょうね!」

 色んな意味で想像したくない。
 そんなことがあった暁には雲雀に滅多打ちにされている哀れな変態達が目に浮かぶ。
 西院島は更に昔の話へ浸り始めた。

「全てお母様の響子様譲りで、笑ってると本当に響子様にそっくりなの。雲雀様とは…弟よりも妹みたいに遊んでたわねぇ…」

 妹みたい、と表現する辺り、本当に男の子というよりは女の子のように見ていたのだろう。少し気になるが敢えて口は噤んでおいた。
 西院島はうっとりと眼を細めて「懐かしい」と呟いた。


「もう…―――あの頃には、戻れないのよね…」


 その声が、今にも掻き消えそうな儚い声音で。
 ぎゅっと胸が締め付けられる気がした。
 西院島はにっこりと笑みを浮かべて綱吉に振り向いた。しかし、その笑顔は心の底から浮かべているようには見えなかった。愛想笑いというには軽い。強いて言うなら、笑みを頑張って貼りつけている。そんな気がした。
 そこで綱吉はふと思いたった。
 彼女は終始笑みを絶やさないが、どうしてなのだろう。
 確かに、笑顔で居るのは大事だ。しかし、いくら何でも笑顔のまますぎやしないか。まるで心の奥底の真意を知られないように、悟られないように。笑顔というヴェールですっぽり覆い隠そうとしているように見えた。

「あ、あの頃には戻れないけど…―――」

 更に幼いことの思い出を語ろうとしていた西院島はきょとんとした。

「今から、また新しく作っていけば良いんじゃないですか…?」

 驚いたように、彼女は綱吉を凝視した。
 西院島さん、と呼んで。
 ぼんやりと脳内で花開いた予感を口に出す。

「辛いことがあった時は泣いて良いんです。笑顔で誤魔化さなくたって、楽しい過去で塗りつぶそうとしなくて良いんです。助けて欲しいことがあったら、助けを求めて良いんですよ…?」

 ぼろっ、と。

 一滴。

 白い肌から伝い落ちると、風が彼女の髪を揺らした。
 綱吉は、確信した。

「本当は…―――雲雀さんを頼って並盛に来たんじゃないんですか…?」

 重い、沈黙。
 固くなる、空気。
 西院島は、ぽろぽろと涙を零した。

「あら…あらっ…いやっ…―――私っ、たら…!」

 否定するように涙を拭いて、俯いた。
 何でも無いと言いたいのが、ひしひしと伝わってくる。

「何でもっ…―――ない、のにっ…」

 押し殺している嗚咽。肩を震わせていた。

「………何でも無いのに泣かない人はいないですよ、西院島さん。欠伸をしたってそんなに涙は出ないです」

 笑顔は仮面だ。
 何でも誤魔化せる。
 騙せてしまう。
 強い人ほど、そうやって笑顔を作るんだ。

「オレじゃ、何も出来ないけど…―――」
「ごめっ、んなさ、い…」

 西院島は、ぽつりと呟いた。
 それからも、何度も西院島は唱えた。念仏を唱えるように。
 そして、一単語が追加される。

「雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい雲雀様ごめんなさい…―――」

 雲雀へ、懺悔の念仏を。


∞∞∞


 何の因果だろう、と夫が告げた転勤先を聞いた時は本気で思った。
 場所は『並盛』。
 逃げるように並盛から離れた筈なのに、並盛にまた舞い戻る形になってしまったのだ。
 神はどうも西院島を並盛から放したくなかったようだ。
 夫は京都に残っても良いと言っていたが、転勤で西院島は一緒についていった。
 そして、京都から並盛の近くに移って七カ月経ったある日。それは唐突に現れた。

「おかえりなさ…―――」

 西院島は言葉を詰まらせた。
 残業の多い夫は、家を忘れたように会社に止まり込、翌日仕事をして帰ってくることがしばしばあった。
 何時も通りの、夫の帰宅。
 何時も通りの、妻の迎え。
 しかし、たった今帰って来た夫の姿は…―――否、夫の『顔』は顔のパーツが全て『おかしな所』に付いていた。
 口が額に、両目は離ればなれ。唯一、定位置にある鼻は、残念ながら逆さまだった。

「どうかしたかい?」

 彼と全く同じ口調で。
 彼と全く同じ声音で。

 額にある口からそう問いかけられた。

 絶望という崖っぷちに、追いやられた。
 すうっと、脳内から思考が消え去った。

 その後は、よく覚えていない。
 間違いなく、本能的に、事務的に、西院島は目の前の『化け物』を退治したのだろう。
 武器として扱っている糸が、手にグルグルに巻き付けてあって。
 自分は化け物の帰り血を浴びて床に座り込んでいた。
 赤いシミを前に。
 ずっとずっと。座りこんでいた。
 自分の頬に、一筋の滴が零れていることにも気づくことなく。

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