道物語り
依怙贔屓
雲雀はメールを送られてきたと告げる携帯を見下ろした。一字一句違わず、今は『異界』にいるはずの沢田綱吉からメールが届いている。
「十代目からメールだと?! おい、さっさと…―――」
「待て、獄寺」
リボーンは垂れた眉をしかめて雲雀へ放つ。
「『異界』から、メールなんか送れるのか?」
今にも返事を見たそうだった獄寺も、その指摘に目を見張った。雲雀は大した反応も出来ず、ただ、メール画面を見下ろす。
「出来ないことは…―――『ない』…」
眉間に、シワが寄る。
「ねぇ。『メリーさんの電話』を知ってる…?」
「その怪談が何だ。それぐらい知ってらぁ!」
「おい。『そんなノリ』で繋がるなんて言うんじゃねぇだろうな」
「『繋がる』」
雲雀はそう言いきって、未だ綱吉からのメールを開かずに、決定ボタンの上に親指を乗せた。
「携帯電話でもね…『幽霊に繋がる』んだよ…―――死者の電話番号と呼ばれるモノや、場合によれば『メール版』メリーさんもあるぐらいだ…。電波の周波数が幽霊の波長と限りなく近かったり、同調すると起きる場合がある…」
「だったら! やっぱ十代目と話が出来んじゃねぇか!」
目を輝かせた獄寺に、雲雀はただそれを見下ろした。
「でも、今回は状況が違う」
「はぁ?! 何言って…―――」
「よく分からねぇな。しっかり説明しろ」
促すリボーンに、雲雀はじっとボタンの上に乗っているだけの親指を見つめる。
「今のは、携帯電話と『幽霊』の話だ…―――でも、これは携帯電話と『携帯電話』…―――『普通の電波』がないと『届くわけない』んだよ。異界に『電波』が『あるわけない』んだから。
携帯電話同士の『周波数』が合うこともない…―――」
「出来たら大混乱だな。盗聴し放題だ」
「じゃあ何で、十代目のメールが届いてんだ!」
「僕が知る訳ないでしょ…」
怪異の知識の一部として『異界と繋がる』とはいえ、異界にいる人間の所持物である携帯電話からかかってくるなど有り得るのか。先程も言ったが、電波があるはずない。それに一度繋がれば…―――雲雀の場合は『執拗に』繋がって来る。
それはもう、煩いほどに。
傍迷惑に。
「何なの、あの草食動物」
「草食動物じゃねぇ! 十代目だ! つーか、何時まで開かねぇつもりだ! さっさと内容見せろ!」
「だから言ってるでしょ。異界からメールが来るはずない。これが本人だとは限らな…―――」
「間違いなく十代目だ!」
獄寺が雲雀の手から携帯電話を奪い取る。
「こんな状況だからこそ十代目が何かを警戒されてメールしたに決まってんだろ! そうだ、きっと『メリーさんの電話』を知っておられる十代目はそこまでお考えになったんだ!
まだ携帯持ったばかりで両手でボタンを押されているに違いない! 更に、文字を一切変換せずに簡潔な文章をお送りだ!」
「意味分かんない。っていうか、勝手に…!」
獄寺は問答無用で決定ボタンを押して開くと、にやりと笑って画面を雲雀へと見せつけてきた。
さいじまって、だいじょうぶですか?
メール画面は一切変換されずに平仮名だけの文章。
西院島の何かを心配したのか『大丈夫』かという問いかけ。
いや、もし獄寺の言葉を信じるなら何かを警戒しての問いかけか。
どれにしても、獄寺の推測が何ヶ所か当たっているという事実だ。
いや、その事実は実に気味悪いと表現して過言ではないだろう。『平仮名で簡潔な文』を送ってくるなど、何故想像することができた?
「なんか言いたげな、おい」
「気持ち悪い…」
「何がだ!」
「そりゃ、平仮名だけで簡潔な文章を送ってくると断言して当たったことだぞ、獄寺。
まぁ、オレ達にしてみれば気持ち悪くとも何ともねぇけどな。『よく見てる』し」
「よく見てる…?」
獄寺はキリリと眉をつり上げて、どうでも良いことを誇らしげに言い放つ。
「十代目は『機械音痴』だ」
「…………………………あっそ」
呆れる雲雀に、リボーンも呆れながら続けた。
「メール送れるようになっただけマシだ。何度打ったメールを削除したか」
「サ行を押そうとして電源ボタン連打なんか日常茶飯事でしたからね!」
一方、獄寺は嬉しそうに頬を赤らめて握り拳をふるわせた。
「初めて十代目から送られてきたメールは宝物です。マイクロカード五つに保存してあります」
「まぁ、ツナのメール苦戦記は良いとしてな。その『さいじま』ってのは誰だ?」
「そうだ。そのヤローが大丈夫って何なんだ。説明しろ」
「西院島は男じゃないよ」
雲雀はぶすりと顔をしかめた。
「西院島はただの妊婦だよ」
「妊婦…―――」
リボーンが、ぼそりと呟いた。
「確かに、沢田なら彼女の身体に障るんじゃ心配になるかもね…だからってそんなことメールで送って来なくたって……」
「ちげぇ」
獄寺は普段から刻みっぱなしのシワを更に深く刻んで眉を寄せる。
「何が違うの。心配することなんて、それぐらいでしょ」
「…―――何か、違う。もう一回見せろ」
獄寺はもう一度画面を睨み付けて沈黙する。しばし、がやがやと商店街の音が耳を掠めて…―――あ、と獄寺は目を開いた。
「テメェ。西院島とは知り合いみてぇだな。『何の』知り合いだ」
「何のって。知り合いに種類が必要なの」
「テメェが一々、人の事情なんか『知ってるわけねぇだろ』、『独り大好き』っ子が」
ぴくり、と一瞬だけ眉がひきつった。
「それに、十代目は他人を簡単には『呼び捨て』にはしねぇ。西院島が女で妊婦なら当然、『もっと丁寧に呼んでる』はずだ。十代目はメール中でもオレを呼ぶ時は『くん』付けにしてらっしゃる。
この場合、西院島を警戒してのメールじゃねぇか?」
「考え過ぎじゃない? そもそも、西院島は危険物じゃ…―――」
「富永の件がある」
―――この、犬…。
雲雀は獄寺を睨み付ける。
「テメェの知り合いで、怪異関係者は『どいつもこいつも』胡散臭ぇ。富永しかり、神谷しかり。その西院島とかいう奴も信用出来ねぇよ」
睨み返してきた獄寺に、にやりと口端がつり上がる。
「富永を胡散臭いと言うのは分かるけれど、まさか『神谷さえ』胡散臭いなんてね……君の方が余程良い勘してるよ」
獄寺の目付きが悪さを増した。そんな彼に、堂々と雲雀は言い渡す。
「だが、彼女は『例外中の例外』だ。神谷、富永、そして僕が『同族』と言うならば、彼女だけは『異教徒』だ。彼女だけは違う」
「雲雀が肩入れする人間なんて珍しいな」
「確かに…」
リボーンに同意した獄寺。雲雀はその二人に「当たり前だ」と嘲笑った。
「この先何があろうとも、僕は彼女にだけ『差別する』。他の連中みたいに『平等』になんか『扱わない』よ。
贔屓、贔屓目、依怙贔屓。
肩持ち、肩入れ、肩助け。
僕はこれまでにないほど彼女を『特別扱いをする』と決めているからね」
押し黙った獄寺に、リボーンは「理由は何だ」と聞いてきた。
当然、そんな答えは決まりきっている。
「僕がそうすると決めたから、そうするんだよ」
「それの何処が理由だ!」
怒鳴った獄寺には耳を貸してやることもなく、雲雀は「それ以外にない」と答えてやった。
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