日常編?
ハートの籠もった舞台裏
講堂から自室へ戻ったバイパーは自室でコーヒーを啜っていた。酸味より苦みの強い方が好みだ。
いつもは数回啜っていれば落ち着くはずなのだが…―――そわそわする。
未だドキドキして火照って、落ち着かない。
「はぁ〜…―――どうしよう…」
行き場の無い靄は先程より濃くなって、マーモンから平静を奪った。
並んでいる2台の携帯電話を見やって、口をきゅっと引き結ぶ。
どちらも電源が入っている。
そうふと考えて、もしデイモンから掛ってきたらどうしようかと考えた。それはただの誤魔化しでしかないと言う事に気づかぬまま、マーモンは二つの携帯電話を引き寄せる。
仕事用の藍色の携帯電話と、紅色をした私用の携帯電話。それらの電源を落とした。更に、電池パケットも抜いて、テーブルの上にぶちまける。
「よし、これでかかってこないだろう…」
電池パケットまで抜いておいてかってくればそれはホラー以外の何物でもないが、今の彼女にはそんな思考は一切よぎらない。
彼女は今『恋する乙女』という部類に当たるからだ。
「全部、デイモンの所為だ…デイモンがジャッポーネのバレンタインの話をするから…!」
かの有名な『恋する乙女』になっているからだ。
「だ、大丈夫! ツナ達ならあんな渡し方をすれば気付くわけない! で、でも…ボンゴレ直系だから超直感があるけど……大丈夫…」
そして、恋とは恐ろしい物で。
「気付くわけな…―――」
トントン。
「!!!!」
ドアをノックする音だけでもビクつくのだ。
『マーモン、居る? あのさ、チョコレートの話なんだけど…』
そして、そんな言葉だけでその本人にも理解しがたいようなこともさせてしまうのだ。
―――なっ! 気付いた?! 彼は超鈍い筈なのに!
―――…しまった! 超直感?! こんな時に発動させるな! ばかっ! ツナのお馬鹿!
移り変わる思考の中、ふと彼女は思い出した。
部屋にテレポーテーションしたが、果たして鍵をかけていただろうか。
―――このまま開けられたらっ…鍵閉めなきゃ!
―――いやいや鍵を締めたりなんかしたら中に居るのがバレる!
―――どうしよう、隠れなきゃ!
マーモンは自らの超能力を駆使し、やってきた綱吉達から逃走を図った。
―――あそこなら絶対バレないだろう! デイモンの悪趣味部屋!
しゅん、とテレポーテーションでマーモンが消えてから、ゆっくりとドアノブが捻られた。
〇〇〇
Gは職員室の扉を開け放つと、その中に居るであろう男の姿を探して睨めつけた。
常にイベントは監視担当。職員室に特別設けられた大量のモニターと、教師達の位置表示しているレーダーとにらめっこしているであろうパイナップル頭を発見し、胸倉を掴み上げた。
「テメェ! アルコバレーノの特待生も教室待機だって言っただろ! 何で講堂に行くよう言った!?」
「楽しそうだからですが、何か」
パイナップル頭―――デイモンはけらりと笑ってGにそう伝えた。
「でも彼等なら大丈夫だったでしょう? ちゃんと武器も携帯させましたし」
「そう言う問題じゃねぇ! ルールはルールだ! それに余計な事すればあいつが黙ってるわけねぇだろ!」
「それが狙いですが何か?」
デイモンはさらりと言ってパソコンに向き直る。
「それにですね。私が毎度監視係を選ぶのは『傍観』するのが『趣味』だからです。ルールもへったくれも無い『こんなイベント』。
強者が生き残るサバイバルなんて観戦するのは実に楽しいですからね」
ヌフフ、と楽しそうに画面へと食い入ったデイモンに続けようとした矢先、どんどんと職員室のドアを叩きつける音がする。
『デイモン! 取り敢えず一発殴らせろ! コラ!』
早速報復にきたコロネロに、デイモンは面白そうに怖いですねと笑った。
「こうすればアラウディも彼と『再戦』出来ますから」
「別に、僕は再戦なんて望んでないよ」
情報処理担当のアラウディはパソコンからデイモンへと視線を移した。
普段から無表情のアラウディも、腹が合わないデイモンと会話する時は表情が変わるが、今日は「でも」と切り返す。
「デイモンが持ってきた『最新プログラム』がどれほどやれるか興味がある。
随分性能が良い…」
アラウディはプログラムを褒めてから、目を細めた。
「何処で入手したか、とても気になる所だ」
「秘密です」
ヌフフ、と笑って、デスクの上に転がっているチョコレートを手に取った。
「良いですねぇ。ジャッポーネの『バレンタインデー』は…」
チョコレートカラーのストライプ包装紙に包まれた箱を見せるように持ち上げて、デイモンは呟いた。
Gも自分のデスクに乗っているチョコレートを見やる。デイモンとは違って細長く、茶色のアーガイルに真っ赤なレースリボンが結び付けられている、それを。
今は寝込んでいる、ジョットの顔を思い浮べながら。
いまだ、コロネロが忙しなくドアを叩きつけている。それか職員室内にやたら響く。
デイモンは気にせず近くのマイクを手に取った。
「連絡です。エリア6のF−9にて集団リンチです…―――」
そして、デイモンは小さく冷笑した。
「ダニエラ。急行願います」
〇〇〇
「了解」
ダニエラはデイモンへ返事をすると、マイクの電源を落とした。
黒いスーツに身を包みの顔の左側には花と蔓の刺青を施している。髪は後ろで一本に括り、目付きは鋭い。
「消え果てろ、パイナップル」
そうデイモンへと毒づきながら、指示された場所へと急行する。
デイモンは女であるダニエラに対して役に立たないと不遜な態度をとっていた。
このセッタン・テンポ学園設立当時から居る古株なのだが、それは今日も、そしてこれからも続くだろうとダニエラは確信している。
「…ジョットも、何であんな奴を仲間になんかしてるんだか……」
駆けながらダニエラは只今寝込んでいるジョットを思い浮べる。
突拍子もない発想で先生だけではなく生徒まで振り回す厄介な人だが、人間として尊敬出来る人だ。
ダニエラも、ジョットという人間に惹かれて、ここへ転がり込んだ人間の1人だった。
しかし6人の中でもデイモンは突飛して異質だ。上辺だけ仲間という皮を被って、やりたい放題。思い出すだけで腹が立った。
やりたい放題。
やりたい放題…―――!
前方に座り込んでいる生徒の集りを発見して、武器を構えた。
「死ね、デイモンっ!」
「は?」
その台詞に、一斉に生徒から疑問符が飛ぶのは当たり前だった。
その人集りの中から黒い影が飛び出した。
教師は得意の武器のほか、生徒を下手に傷付けないように警棒を常備している。それを振るえば武器同士がぶつかりあう。そこで、漸くぶつかりあっている生徒を視認した。
「…君は……!」
「あ、先生?! タンマタンマ!」
きぃんと武器を弾きあって、距離を取る。
相手は刀を握ったまま両手を高らかに上げると、降参の意を示した。
「えーっと、オレらサボり組?」
「そうですよー」
と、やる気のない声も聞こえてきた。
「ヘビーな喧嘩イベント、面倒ですー」
「だから、バレンタインデーだって言ってるじゃんか、フラン?」
「でもー。そのジャッポーネのバレンタインデーでも、『チョコレート強奪☆ てへっ☆」みたいなことしないですよねー? タケシぃー」
人混みの中から、喋り方に特徴のあるパステルグリーンの少年が姿を現した。
確かにそうだけど、とタケシぃーと呼ばれた刀の少年は呟いた。
「君達、何やってる」
「何って…」
とフランは持っている『トランプカード』を見せた。
「ポーカーでーす」
こくりと刀を…―――否、竹刀を肩に担いだ山本武がそう笑った。
朝利雨月が連れてきた、ジャッポーネの野球少年。時雨蒼燕流という流儀を受け継ぎし剣士でもある。
あの雨月が太鼓判を押すほどなのだが、その実力を今まで見たことはなかった。
しかし、たった今の太刀筋を見ただけでは甲乙付けがたい。
ですよねぇ、と間延びした口調でフランも答えた。
「よっしゃ! フルハウス!」
後ろで生徒が1人そう叫んだ。
するとフランはやったー、と特に感情も込めず喜びを示した。
「ミーはストレートですー」
「またフランの勝ちかよ!」
学生らしい和気藹々とした和やかな雰囲気が漂っている。戸惑うしかない状況に、フランはダニエラへ問い掛けた。
「先生、見回り中ですかー?」
「そ、そうだ。ここで集団リンチがあると通達が…」
「え? ここで?」
「おかしいですねー。見ての通りカードゲームで遊んでいるんですけどねー」
「そう、だよな…」
そう言って、フランは不思議でもないように首を傾げた。
「集団リンチなんて悪趣味な考え方するのはパイナップル先生ぐらいですねー」
《ダニエラ。今すぐその緑のガキを職員室に連れてきなさい…》
「断る―――。 ? こちらの会話も聞こえるのか?」
えぇ、とデイモンは声を低くして認めた。
《貴方の「死ね」と言う台詞もバッチリ聞こえましたよ》
「そうか。ならば改めて言ってやろう、死ねデイモン」
フランがいう『悪趣味野郎』という言葉には心底同意できたが、口から出そうな所を押し止めた。
すると、デイモンは深々と溜め息を吐いてダニエラを呼んだ。
《その子に通信機とマイクを貸してください。話したいことがあります》
「私から伝える。要件を言え」
《じゃじゃ馬が…でしゃばるな。指示に従いなさい》
「監視となんら関係あるまい。それ以外で貴様の言うことなど…―――」
「先生ー。通信機とマイク貸してくださぁーい」
デイモンのクスクス笑う声が耳朶を打った。苛立ちながら、ピンマイクを渡すと、フランはそれを耳に当てて、手に持っているカードを森へ向けた。
〇〇〇
デイモンは目を細めて監視カメラに向けられたカードを見やった。
ストレートと言うだけあって2、3、4、5、6と並んでいる。
《このカードのマークと数字を正確に答えてくださーい。老眼テストですよー》
「2、3、4、5、6です。社会下げておきます」
《ありがとうございますー》
「では私からも…―――って、お待ちなさい! 返さないで話を―――」
《ミーの用件終わりましたのでお返ししますー。どうやらデイモン先生は老眼ではないみたいなのでー》
《そう…》
《センセー。ミー達、この手の喧嘩イベント苦手なんですよー。だからひっそりと賭事やって時間潰ししようとしてたんですが、バレちゃったんで先生公認で守ってくださーい》
《これは実戦を兼ねた学校行事だ。賭事のサボりを公認する訳にはいかない》
そんな頑ななダニエラへ、でもさ、と山本が声をかけた。
雨月を思わせるような、人懐っこい笑顔を浮かべて。
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