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日常編?
巡り合わせの奇跡
「相変わらず、お前は笛の事しか考えてねぇな」

 烏帽子を潰すように、Gに授業ノートで叩かれる。
 ぐしゃりと折れた烏帽子を直しながら、朝利雨月は苦笑した。

「拙者はまた笛の動きをしてたでござるか?」
「バリバリだ。お前は横笛だからな。結構目立つ」
「どうも抜けきらんでござる」

 再び烏帽子を被り直して、次の授業準備を始める利雨月は日本語学と日本文化の授業を請け負っている。ここには日本人が何人か来ているがその生徒には時折手伝って貰っていたりする。
 と言うのも、朝利雨月が教える文化は一昔前で古い。日本史にやたら詳しいのもあって文化と歴史が被ると日本史の勉強になるときも多々ある。
 それが結構人気だったりするのだが。

 その雨月の趣味が和笛だった。

 雨月は剣士でありながら、笛もたしなむ文化人。その腕前は日本の音楽界を一斉風靡し、和楽器が改めて見直される先駆けとなるほど。
 ジョットもその笛を聞きに来たこともあり、知り合う切っ掛けにもなった。
 それから数年した、マフィア抗争時。ピンチだと文を受け取った時、迷わず相棒だった和笛…──龍笛『朝霧』を売り払い、刀と交換したのだ。
 それは雨月の音楽界、電撃引退にも繋がった。
 勿論、マフィアの友人を助けに行く、と言う理由で引退は出来ず突然の失踪を選んだ。
 それもあって、彼は半ば伝説の和笛師として日本では語り継がれている。


「今日は日本史にズレるなよ」
「精進するでござる」
「そう言やぁ、あの暴れん坊はどうだ。手懐けられたか?」
「雲雀でござるか? いやはや。あの子はまだ難しいでござる。日本文化に詳しいから拙者の声に耳を貸してくれているようなモノでござる」

 苦笑しながら、入学してきた雲雀について語る。今年一番の暴れん坊。戦闘となれば、その狂っていると言っても過言ではない闘争心で敵(生徒)を鋼鉄のトンファーで薙ぎ倒す。強い敵が居るから、と言う理由で入学してくるくらいなのだから承知しているつもりだったが、入学したての授業オリエンテーションで生徒を一掃したのは教師を始めてから一大事件だった。

「あんま意地張ってないで、笛買ったらどうだ?」
「いや…朝霧でなくては、拙者が嫌なのでござる」

 『朝霧』は雨月が使っていた横笛の龍笛。
 それを、手放すことを決めたのは自分。
 後悔は、していない。
 それで友を救うことが出来たと思っている。
 そして、その時にも誓ったのだ。

 二度と、笛は吹かないと。

 それが『朝霧』を手放すと決めた時に、自分勝手な理由で決めた戒め。長年付き添ってくれた『朝霧』への償い。
 そう思って笛はおろか、楽器と言う楽器には触れていない。
 ジョットは様々な雅楽器を持ってきてくれるが、悪いと思いながらも断ってきていた。
 苦笑しか漏れない。

 これから、その問題児が居る学年の授業だ。
 さて、雲雀は静かに聞いてくれるだろうか。


。+゚゚+。*。+゚゚+。


 駄目だった。
 否、時既に遅し。
 ただ静かに聞いてくれる兆候あり。

「雲雀…拙者の授業が嫌いなわけではないと聞いているが…──」
「好きだから独りで聞きたいんだよ」

 雲雀は頬杖をついて答える。
 遅れたつもりはないが、生徒が死屍累々と倒れている。それを上機嫌そうに、雲雀は笑みを浮かべていた。

「群れで息があると気持ち悪いけど、屍なら別。寧ろ、コレだけ倒れてると爽快だね。気分が高揚する」

 嬉々とした様子で語る雲雀に、雨月も苦笑するしかない。
 この暴れん坊。
 横暴で我が儘なのである。

「しかし、これでは授業にらないでござる」
「しなよ。僕は学費払ってるんだよ? 授業放棄する気? 今日は和楽器について勉強するって言うから気合い入れて一掃したのに」
「しないで欲しかったでござるなぁ」
「良いからやりなよ」
「ではせめて、生徒の怪我の手当ての依頼だけはさせてもらうでござるよ?」

 教室に取り付けられている電話機で、保険医と手の空いている教師に生徒の搬送を頼む。

「来たわよ、朝利ちゃーん!」
「いやぁ…いつもすまないでござる」

 ご機嫌のルッスーリアに呆れ顔のシャマルと、今日はセコーンドも手が空いていたようで駆けつけてくれた。本当に感謝するばかり。
 手早く生徒達は運び出されて、ガランとなった教室に雲雀がポツリ。

「それじゃ、あとは任せて」
「ありがとうございます」
 深々と礼をすると、ルッスーリアはヒラヒラと手を振って教室を出ていった。
 相変わらず、頼りになる先生ばかり。

「それで和楽器…興味があるとは言っていたが、たしなんでるのでござるか?」
「いや。ばあ様がとある和笛師の大ファンでね。20年前に失踪したって言うけど。そのまま趣味になって和楽器を集めるようになって、僕も触らせて貰っていたんだ」
「!」
「貴方も年いってるし、日本人だから知ってるでしょ? 結構、有名人だったらしいけど」

 雨月はそろりと顔を反らして。

「せ、拙者…日本から発ったのは彼此20年前で詳しくは…」

 限りなく努力した嘘。

「その和笛師が失踪したのと同じ年じゃない。和笛師が有名だったのは失踪するより数年も前だ。貴方が知らないとは思わないんだけど。金髪爆発頭の先生が貴方が和楽器に詳しいって言ってたよ。和笛も吹いていたってね」
「ジョット…」

 まるで無意味。
 いやはや。参った。
 一時間も経たないうちにまた苦笑することになろうとは思いもしなかった。

「吹いてよ」
「いや…──もう長らく吹いていないし、拙者、持っていないのでござる」

 すまないでござる、と頭を下げると、雲雀は笑みを浮かべて机の中を漁り始めた。

「そう言うと思って、ばあ様がくれたのを持ってきたんだ。吹いて」

 そう言って取り出したのは黒い漆塗りの和笛。いや、この大きさは龍笛だ。横に持つタイプの…──。


「『朝霧』…?!」


 まさか、と思いながら教壇から飛び降りる。
 駆け寄ると、雲雀は凄いね、と嬉しそうに笑んだ。

「ちょっと、見せて貰っても良いでござるか!?」
「良いよ」

 雲雀の要望など耳に入ることなく、『朝霧』とおぼしき横笛を丁寧に受け取る。
 黒の漆塗り。
 横笛は一つ一つ手作りで、同じものはない。だけれど長年使っていた相棒。穴の位置も、寸分違わず同じ。

「にしても、見ただけでよく分かったね。此が『朝霧』だって」
「あ、あぁ…此を…何処で…?」
「ばあ様が、吹いていた笛師から買い取ったって言ってたけど」
「買い取った…!?」
「『持ち主は貴方じゃない』ってね」

 「凄いよね」と雲雀は小さく笑った。

「演奏を聞いた途端に『朝霧』の音色だって分かったらしいよ。その演奏が終わって笛師の楽屋に乗り込んだんだって。今の決め台詞を言うと、笛師が高額で売ってくれた。ばあ様はもう結構いい歳なんだけどね…」

 地獄耳なんだ、と雲雀は呆れたように呟いた。

「でも…買い取ってまで手に入れた『朝霧』を、雲雀のおばあ様は何で孫のお主に…?」
「イタリアに留学するって言ったら持たせてくれたんだ。持ち主の所に『帰りたがってる』って。探しておくれって言ってたけど、面倒だから今まで持ってた」

 雲雀は雨月をじぃっと見上げて。

「吹いてよ。何か吹けるんでしょ」

 しばし沈黙して、雨月は雲雀へと返す。

「いや…──拙者に、笛を吹く資格はないでござる」
「はぁ?」

 雲雀は露骨に不機嫌そうな顔をした。

「何。『資格』なんて大層なこと言ってるけど、僕の前で言い訳になると思ってるの」
「すまないでござる。拙者、笛は…──」

 再び、会いまみえたこの龍笛。
 懐かしい、愛笛。
 しかし…──。

「吹けないのでござる…」


 友のためとは言え、捨てたも、同じだ。


 また、すまないでござる、と苦笑しながら侘びを入れる。
 今更だ。後悔は、していないと思っていたのに。
 こんなにも、目の前にある『朝霧』に名残惜しさを感じている。
 何時までも目の前にあると、吹きたくなってしまう。

 『朝霧』を置いた、あの時の誓いを、破ってしまいたくなる。

 もう一度、雲雀に『朝霧』を差し出した。

「いや、吹きたくないのでござ…──」
「そんな奴は『資格がない』なんて大袈裟な言い方しないよ」

 ずん、と教室を支配する怒気。
 雲雀は露にした不機嫌を絶頂にまで上げ、 雨月を睨み上げる。
 雨月は、目を見開いた。

「思い入れがないと、そんな言い方はしない。僕は日本人だ。日本語の伝わらない相手なら意味が分からなくて引き下がるだろうけど、そんな言い方されると尚更腕前が気になる」
「な、何でそんなに拙者に笛を吹けと…」
「ばあ様が探して欲しいって言ってるからに決まってるじゃない…!」
「し、しかし…先程、探し出すのは面倒だと…」
「近くに和笛が吹ける奴が居るから吹かせようとして何が悪いの! それで運良く見つかれば楽じゃない! 僕が吹けって言ってるんだから吹きなよ。訴訟起こすよ!」
「は、話が飛びすぎでござる!」

 訴訟なんて起こしたら、雲雀の一家がどうなるか。学校なんて仮の姿。やらかせば、ボンゴレファミリーが黙っていな…──。

「僕は君の下らないプライドや思い入れなんかより、ばあ様が『持ち主』の所に帰りたがってるって言ってた『笛』の方が大事だ!」

 がつん、と雲雀は机を叩きつけて。

「君の言い分も言い訳も誤魔化しも、逃避も僕の知ったこっちゃない! 君の我儘なんて聞く気はないよ!」

 雲雀が立ち上がって、ぐいっと雨月の胸倉を掴み上げる。


「聞くなら、帰りたいと願う笛の方を聞く!!」


 雲雀の一喝が教室に響き渡った。
 手の中に収まったままの『朝霧』を見下ろす。

 再び、20年の時を経て舞い戻ってきた龍笛。
 もし、雲雀の祖母の言う通りなら。
 『朝霧』が望んでいるというのなら。

 再び、拙者はそなたを手にしても良いのだろうか…──?

「吹け」

 雲雀は、ただ一言。
 偉そうに腕を組み、足を組みそう言った。
 雨月は一息吐いて、『朝霧』を持ち上げる。
 吹きこみ穴に口を添えて、懐かしい感触と握り心地にそっと瞳を閉じた。

 この日、学園に龍笛が木霊する。
 まるで空を舞う龍が、鳴いているような音をたてて。
 再び主の元へ帰った笛は、喜ぶように高い高い音色を響かせた。


〇解説〇


 チャオっす。
 朝利雨月の解説はオレ、リボーンが担当するぞ。
 心して聞け。

 まぁ、知っての通り、朝利雨月はジョットの仲間でボンゴレファミリー雨の守護者。タイプが守備寄りの攻撃タイプ。奴が一番最後にジョットの元に駆け付けた仲間だったんだぞ。意外だろ?
 そんで、ジョットより頑固だったりするんだぜ?
 今回は、頑固な雨月が珍しく根負けした数少ない話の一つだ。
 まぁ、やっぱり龍笛には名残惜しさがあったんだろうな。
 この後、雲雀に礼として雲雀専用の和室を作ることになったんだ。
 雲雀にしてみれば礼を言う相手が祖母さんだと主張したが、雨月が礼をしたいというから仕方なく聞いてやったそうだ。
 しかし、雲雀の我儘、自分勝手さ、何より物を大事にしたいという熱心さに負けた雨月には感謝しかなかっただろうな。奴の頑固さなら『朝霧』を手離した時の誓い通り、二度とあの笛を吹かないことも出来たからな。
 因みに、雲雀が度々問題を起こしてもこの学園から追い出されないのは雨月の熱心なフォローにある。
 何度も人を半殺しにしているが、義理人情に篤い雨月はこの出来事の感謝を忘れて無いんだぞ。
 まぁ、大半は雲雀を危険人物だとしりながらちょっかいだす連中が悪いんだけどな。例外はあのハリネズミの件ぐらいだ。因みに、その件が一番雲雀を怒らせて雨月も庇うのが大変だったそうだ。

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あきゅろす。
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