日常編?
巷で噂の
「何かあったらってなぁ…いったい何があるんだろう」
山本は翌日の朝、昨日より顔色の悪くなったフランがよろよろとベッドから出てきてそう忠告してきたのだ。
フランいわく「何かあったらコロ先輩に押し付ければ良いですから」。
山本はそんなフランを寝かしつけて部屋を出てきたわけだが、今日は壁にドアが吸い込まれることも無く、フランが見送ってくれた。
寮のドアノブを捻って開けると、見覚えのある知り合いが二人。山本は目を瞬かせた。
「あれ? スカル先輩に、綱吉先輩か? おはようっす」
「おはよう、山本」
「おは」
スカルは開けたドアに手をかけると、そのまま中に入っていってしまった。
「スカル先輩?」
「フラン君の様子が気になるんだって」
「あぁ、そうか」
なんだか嬉しくなって、顔がにやけた。
「何か良いことでもあったの? 山本」
「んー? いや、フランってばあんまり友達いねぇもんだと思ってたんで、なんかほっとしたって言うか?」
「優しいんだね」
「そんなことないっすよ。でもまぁ、ほっとけない、っていうか、目を離したら何処までもスタスタ先に行っちまうっていうか…」
何だか、転入してからすぐのことを思い出す。
多分、イジメられていた時の記憶が強すぎて目を放せないのだ。
血を吐くまで嬲られて、それでいて当本人は自分を寄って集って暴力振るってきた奴など視界に入っていないように何処か遠いところを見ている。
翡翠色のあの目が、いつまでも忘れられない。
何処かの本か歌かの題名であった気がする。「君の瞳に恋してる」みたいな。
ただ、恋しているわけでも、好きなのではない。
どこまでも深く、果てしなく奥を見つめている、あんな顔をさせたくないだけなのだ。
何されても当然、と、何でもないように言った、その顔を。
だからあの時は本気で引き抜いた真剣。
友ではなく、あんまり知りもしないクラスメイトを助けるために。
あまりにも遠くて儚く見えた、あの小柄な少年を。
「山本ー?」
「ん? あー。ちょっと考え事してました」
そういうと、綱吉は山本を覗き込む。
「やっぱり、フラン君のこと心配?」
「んー…そうなんっすよ。やっぱ今日もサボっちまおうかな…」
「遅くなったぜ、コラ!」
ばたばたと階段を駆け上がってきたコロネロがそう叫んだ。
「あ、おはようっす。コロネロ先輩」
「おはようだぜ、コラ!」
「そういえば、どうしたんすか? 迎えに来てくれたみたいっすけど」
「あぁ。えっと…――」
「最近、スクアーロさんが山本を探してるみたいだから気になって」
「スクアーロ…――あぁ、銀髪の長い先輩」
「あいつが来ても対応できるように警護だぜ、コラ」
精神が入れ替わった次の日に「見つけたぁ!」と鼓膜が破れるような大音声で山本を探していたらしい先輩。しまいには「決闘しろ」と大声で言ってっきたので断ったが。
あれ以来、全く見ていない。
「でも、あの先輩に会ったのは一回っきりっすよ?」
すると、コロネロがそわそわと視線をあっちこっちに移す。そこで丁度、スカルが部屋から戻ってきて「それはなー」と続ける。
「あいつが四六時中お前のこと探してるのは間違いないから、心配して来たんだ。あいつ毎日何て言ってお前探しに行ってるか知らねぇだろ? 『今日こそは叩ききってやるぜぇ』だぜ? こっちは毎日鼓膜破れんじゃないのかって耳の心配だよ。あいつ声デケぇし」
「ん? 何でお前までいるんだ、コラ?」
「ん〜と、やっぱ気になって様子見に来ただけ」
「だったら昨日来ればよかっただろーが」
「それよりコロネロ。フランにオレの携帯電話教えた?」
「んー? 教えてないぞ、コラ」
「携帯電話は見せてたけどね」
続いた綱吉に、スカルは「そっか」と呟いた。
ともあれ、フラン以外の人間と登校することになり、エレベーターで降りていくと、すぐ近くに和室の雲雀恭弥のためだけに設けられた和室の入り口が見える。そこが開いて雲雀が学ランを着用して出てきた。その頭にはハリネズミが乗っている。
そして雲雀は自分達を見つけるなり、冷めきった視線を送ってくる。
「僕の前で何群れてるの」
「あー。すぐ行くって。大丈夫、大丈夫」
「それより、あの銀髪男いい加減黙らせたら?」
「銀髪男?」
「君が連れてる連中と同じクラスの…――」
「さーて行くか山本! 遅れるぞ、コラ!」
「へ?」
コロネロがぐいぐいと背中を押して、寮を押し出された。
その横で綱吉が苦笑いを浮かべている。
「無視する気?」と後ろで雲雀が殺気を放つと、コロネロはスカルを応援した。事実上差し出した結果になる。
寮の内部から破壊音とスカルの悲鳴が聞こえてくる。
外気を満たしている朝の空気はさわやかで、頭上に広がる空は真っ青だった。
○○○
山本を見送ってから教室に戻ってきた綱吉達。閑静な教室では風とリボーン、雲雀という壁から逃げきったスカルが待っていた。
風は「おはようございます」とにこやかに迎えてくれたがリボーンの最優先事項はスカルが収集してきた書類に目を通すことで挨拶をしてくることはなかった。
「何見てんだ、リボーン。コラ」
「フランの基本データ」
「はぁ? 何でんなもん見てんだ? コラ?」
昨日の作戦会議で一番の問題だった、とは特に言わず、スカルと「さぁな」としらばっくれて、風はにっこりと笑みを浮かべて首を傾げるだけだった。
「それよりコロネロ。最近、巷で面白れぇ事件起きてるの知ってるか?」
リボーンはコロネロを見るでもなくそう問いかけた。
「は?」と首を傾ぐコロネロに、リボーンは続ける。
「怪盗が出るんだとよ」
「…それって、事件が起きてるって言うのか? コラ?」
「怪盗の癖に服装が黒じゃなくてオレンジとか朱色なんだと」
「目立つなー、そいつ。コラ」
「しかも東洋系の衣装らしいぜ。なんつったっけなぁ…――ジャッポーネの服装」
「え? オレの国の?」
着物とか、袴だろうか。
そうそう、とスカルは思い出したように楽しげに笑う。
「ほら、ジャッポーネ版スパイ! あの格好してんだって! ほら、こうやって指組んでさ、『分身の術!』とか使う奴…――あ、思い出した! NARUTO!」
「あぁ、忍者?」
「それだよ、それ! 頭巾被って! 口と鼻をマスクで覆ってて!」
スカルは喜々として語る。
分身の術辺りで分かったが、NARUTOはワンピースに並んで世界に進出している有名な漫画だ。
スカルはその後、目をキラキラさせてこんな事を言って来た。
「今でもジャッポーネにいるんだろ? 忍者?」
「居ないよ! そんなに時代は古くないって!」
「えー? でも、忍者って自分が忍者だってバレないように生活してるんだろ?」
「い、いないってば!」
そう言われてしまうと疑問に思ってしまう。
ただ自分が知らないだけでいるのではないだろうか。まぁ、コスプレとかでそう言う格好する人間はいるだろうが…――と、綱吉は考えて頭をぶんぶん振った。
そこまで、時代は古くない。そう信じる。そして、そんな恰好するのはコスプレだけで充分だと言い聞かせる。
‐どうして外人って一昔前の日本の頭でいるんだろうな‐
「(そうだよね。まるで日本がまだ鎖国してるみたいな印象だよね)」
「厳重な警備とか機械とか、あんま意味ねぇんだと。全部ぶち壊して行くから。厚さ七十センチもある鉄の板も特殊な技でぶち抜くとか」
ぺら、と紙を捲ってリボーンが続ける。
「強行突破で盗みに入って出て行くんだってよ! それがすごくてさぁ。最新設備の機器でも敵わないんだって! 今度の休み泊まり込みで見に行かねぇ? 犯行予告出たんだってさ!」
「面白そうだな、コラ!」
「コロネロ、スカル。楽しむ物ではありませんよ? 犯罪は犯罪なんですから」
でもさぁ、とブー垂れるスカルが唇を尖らせると、「それまでにしましょう」と手をぱんぱん叩いてお開きにしてしまった。
ちょうど見終わったらしいリボーンが紙を風へと手渡す。待ちわびたように受け取って、風も同様に目を通した。
風の注意が書類に向かったことを良いことに、コロネロとスカルがまたその忍者姿の怪盗について語り出す。
綱吉はリボーンの傍に椅子をつけて、どんなものだったか訊ねると首を振った。
「幻術が使えること以外に特記事項はねぇな。孤児院出身。中学から普通入学で、体力が無いが幻術が使えるだけでデイモンが進級させてるくらいだな」
「どうしてフラン君、そんなに警戒してるんだろうね」
「デイモンが嫌いとは書いてあったけどな」
「そういえば、スカル。よく雲雀さんから逃げて来れたね」
すると、スカルは激しく身体を上下に動かしてから顔を引き攣らせた。
一瞬、書面を注視している風を一瞬見やったが「まぁな」と声を引き攣らせて答えた。
「…………俺様。天才だから」
「あんま理由になってねぇぞ。双子の王子張りに」
「あいつ等よか理由になってるっつーの!」
スカルは喚いたが、リボーンに軽くあしらわれてチャイムが鳴り響いた。
その後、風に渡されて見てみたけれど、リボーンの言う通り特記はない。
至って普通の経歴。
特にスポーツが出来るわけでも、頭が良いというわけでもない。
やはり、目立つのは幻術が使えるということ。そこに括弧で括って「要注意」とは書きこまれていたが。
特に、普通だと綱吉も考えてスカルに返す。
「これ、ありがとう」
「あぁ、うん…」
スカルはそれを受け取って、折り畳む。個人情報の取り扱いなので、自分の所で処分するように心がけているそうだ。
いつもなら、明るい声で「どういたしまして」と返すのに。
「スカル? どうかし…――」
‐スカル。隠し事あるみたいだな‐
「? 隠し事?」
‐多分、勘だけど‐
「ななっ! 何でも無いぞ! 何でも無い!」
‐怪しすぎる‐
スカルは顔をぶんぶん左右に振って「一限目の準備あるから〜!」とスカルは逃げるように教室を飛び出して行ってしまった。
そう言われると、確かに怪しい。
‐まずは一限目の準備だな。あと、時間があったらこっそりスカルを呼びだして聞きだそう‐
「(みんなには教えなくても良いの?)」
‐教えて良いことだったら、スカルはさっさと喋ってるだろう?‐
「(そっか)」
秀忠の一言に一理あると頷いて、ロッカーへと向う。
‐それと、マーモンに連絡してくれ‐
「マーモンに?」
あぁ、と相槌をうつ秀忠は「聞きたいことがあるんだ」と言う。
綱吉は了承してにっこりと笑う。なんだか秀忠から頼られているみたいで嬉しくなってきた。ロッカーの中にある授業道具を取り出して、綱吉は上機嫌でぱたんと閉めた。
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