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ウミとリク
あたりまえと言う名の特別
理久の家族が引っ越すのは8月中旬だって、母さんがそう言っていた。

おじさんの転勤は直ぐらしく、先におじさんだけが行くそうだ。準備をして終業式の後、理久とおばさんは引っ越すらしい。
行き先は関西のどこだったかな、あんまりちゃんと聞いてなかった。


自転車で毎日一緒に通ってたのに、
永遠に続きますようにって祈っていたのに、
あと何回理久の後ろに乗れるのだろう。

不思議なもので、期限があると知ると急に当たり前だったモノの大切さが身に沁みたり、焦りが生まれたりするものだと思う。


季節はもう夏だ、もうすぐ夏休みが来て、そしてすぐ8月になる。そしたら理久はいなくなるのに、

それでも秋は来て冬が来て、クリスマスが来て、あっという間に正月が来るのだろう。

今まで当たり前に一緒に過ごしてきたから、そこに理久はいないのが想像できない。



「羽実、夏休み一緒にどこか行かないか?」

梅雨明けだと今朝テレビで言っていた。夏休みまであと少し、こんなに待ち遠しくない夏休みは初めてだ。

夏の茹るような熱気を吹き飛ばすように、二人乗りの自転車は長く緩やかな下り坂を走る。

「どこかって?」
「どこか、羽実の行きたいとことか」
「理久は行きたいとこないの?」
「そうだなぁ、羽実とならどこでも楽しいけどな。でも二人で出掛けるのも最後かもしれないし少し遠くにでも行こうか」
「.....ん」


最後。

きっと大人になったら、幼馴染でどこかへ出掛けるなんてことは、もうないのかもしれない。

今みたいに毎日一緒なんて、無理なんだよなぁ。

「羽実?」
「...っ、」
「どうした?」
「...なんでもない」

涙が込み上げるのを我慢したけれど、坂を下り終えたところで一粒零れた。

キィ、と自転車を停めると理久は振り返って「泣いてるの?」と言った。

涙を零すまいと唇を噛んでいたから、返事は首を横に振ることしか出来なかった。

「泣いてるじゃないか」
よしよしと頭を撫でられると、途端に我慢していたものが次から次へと溢れ出す。
「さみしいの?」
なんて、当たり前のことを聞いてくる。答えなんて聞かなくても分かっているくせに。

自転車を道の脇に停めると、理久はぎゅうっと抱きしめてくれた。
顔は涙でぐしゃぐしゃなのに、力いっぱい抱きしめる。

「最後...なのかなぁ?」
シャツにしがみついたたまま、誰に問うわけでもない言葉が口をついて出た。

「高校生活では最後かもしれないな」

「大人になったら、幼馴染なんて思い出した時にたまに誘うくらいのもんだろ?」

「羽実の中では幼馴染ってそれ位のものなの?」

「違う...」

「俺にとっての幼馴染っていうのは、代わりのきかない特別な存在なんだけどな」

「理久にとっての俺は特別?」

「超特別に決まってるだろ。羽実にとっては違うの?」

「特別に決まってる!」

好きだよ。
他に代わりなんてきかないよ。
でもそれを打ち明けるなんて、弱虫な俺にはやっぱりできない。


「夏休み...遠くなんて行かなくていい...」
「...そうか」
そう答えた理久の声は少し寂しそうで、違うって分かっていても少し期待してしまう。


「特別な思い出なんていらないから、毎日いつもみたいに一緒にいたい」

せめて、残りの時間を少しでも多く俺に下さい。
贅沢なんて言わないから、あと少しだけ理久の隣は俺の場所だと思いたいんだ。

「羽実は安上がりだなぁ」
「いいの、その代わりできるだけ毎日がいい」
「もともと羽実といる以外に予定なんてないんだけどね」


「帰ろうか」
「...うん、かえろ」

泣いて少しすっきりした俺は、理久の背中越しにオレンジに染まる空を見た。

ゆっくりと流れる景色はいつもと同じで、それだけでひどく安心した。

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