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ウミとリク
たった一つの特等席
帰り道、自転車の後ろは特等席だ。
普段一緒にいても縮まらない距離が少しだけ近付く気がする。

「だいぶ日が長くなってきたなぁ」

「そうだな、この頃は7時でもまだ明るいもんな」
俺のぽつりと呟いた独り言にも当たり前に応えてくれる。
頬を撫でる風は潮の香りを乗せて、俺と理久を包み込む。このままこの時間が永遠に続いたらいいのに、なんて毎日思うけど未だに叶うことはない。

こうやって一緒にこの道を通るのも、あと一年と半年だ。永遠どころかタイムリミットは近づくばかりだ。


「羽実ー」
風が強くなって少しだけ大きな声で理久が名前を呼んだ。

「なに?」
聞こえにくくて後ろで立ち上がると理久の耳元に顔を寄せる。

「ちょっとそこでジュース飲もう」
公園の前の自販機を指差すと自転車を止めた。ちょうどその公園からは海が見えて波の音が聴こえるのだ。

「ほら」
理久が手渡してくれたのは粒の入ったグレープフルーツジュース。最近俺がこれにハマっていると、この間話していたのを覚えていてくれたらしい。こういうちょっとした事がかなり嬉しかったりする。
理久はいつもと同じ砂糖の入っていないアイスカフェオレだ。普段家ではブラックだけどら缶コーヒーは美味しくないのでミルク入りしか飲まない。

波の音を聞くと、同じ気温でも涼しく感じるのは俺だけなんだろうか。潮風が心地良くてベンチに座ると思いっきり息を吸い込んだ。

「やっぱウミ...好きだわ」
理久の口から零れた言葉にビクッとなった。

「潮風気持ちいいな。この街全部好きだな」

あ、海ね。そっちの方のウミね。びっくりさせないでよ。

「本当だな。俺もこの街好きだよ」
理久と一緒に育った街だから、想い出が山ほどあるこの街が好きだよ。

「うちの親父さぁ、」
理久が持っていたカフェオレをベンチに置くと、海の方を見ながら口を開いた。

「会社の健康診断の結果がよくなかったんだよね...」

「え...?」
聞き間違いかと思って隣を見るが、理久は海を見たまま視線を動かさない。

「なんか心臓の動脈が狭くなる病気なんだって。手術とリハビリで良くはなるらしいんだけど時間がかかるみたい。それでさ、親父は今本社でめちゃくちゃ忙しいポジションにいるから、いい病院が近くにある他の支店に転勤することになったんだ」
理久のお父さんは大手銀行の本社で働いているのだが、支店といっても全国いたるところにあってそこが近いのか遠いのかさえ分からない。

「おじさん大丈夫なの?」
なんとか出た言葉はこれだけだった。

「うん、心筋梗塞になる前に発見されたから、すぐによくなると思う。転勤自体は三、四年くらいだと思う」

「着いて行くんだよね...?」

「...俺も高2だし、受験が近いから悩んだんだけど、母さんがどうしても家族で着いて行くって言うからさ」

「そうだよな。うちの父さんがもしその状況なら、うちも絶対家族で着いて行くもん」

「うん...俺がいなきゃ羽実が生きていけないんじゃないかって心配なんだけどね」
冗談めかして言う。
理久にしたらただの冗談だろうけど、本当に息すらできないんじゃないかって俺は思う。

生まれた時にはもう隣にいたんだから。一緒にいなかったことなんて一度もないんだから。

「理久がいなかったら俺、生きていけるかな?」
そう零すと理久は一瞬目を見開いたけど、直ぐに優しく笑った。

「俺がいないとダメなように羽実を甘やかしてきたからなぁ。心配で仕方ないよ。でもたったの数年だからさ、そしたら戻って来るから」

「...本当に?」

「うん。だって羽実も、この街も大好きだから」

「絶対戻ってくる?」

「うん。大学はどこに行くかまだ分からないけど、家は羽実の家の隣のままだからね」

「俺の幼馴染は理久しかいないんだからね」

「わかってる」

「理久がいないとダメなんだからね」

「うん、わかってるよ」
くしゃくしゃに頭をかき回されたかと思うと、きつく抱き寄せられた。

心臓がうるさいくらいにバクバクしていたけど、構わず強く抱きしめ返した。

理久の心臓の音はトクトクと穏やかで、不思議と不安は消えた。


大丈夫、ずっとずっと幼馴染でいられる。
唯一無二の大切な存在、この場所は俺だけのものなんだから。


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