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ウミとリク
4 恋する男だってかわいいって言って
「よ、」
「おう」

理久がうちのクラスに顔を出すなんて、織姫並みに珍しい。

あ、この場合彦星はもちろん俺ね。


「理久がこっちくるなんて珍しいな」

「いや、忘れ物してさ」

「ジャージなら貸さないぞ!」

「借りねえよ。他にもっと体格似たやついくらでもいるだろうが」

大は小を兼ねるが、残念ながら小は大を兼ねられないらしい。昔の人が言っていた。
「あっそ。理久でも忘れ物とかすることあるんだな」

「そりゃするだろ。たいがい近いクラスのやつに借りるけどな。今日うち古典があるんだけど、周りのクラスじゃないらしくてさ。持ってる?」

「あるよー」
机に戻ってゴソゴソと漁る。
視線を感じたので隣を見るとさっきマシンガントークをかましていた女子だった。
とりあえずへにゃりと笑うと笑い返してくれた。

「羽実んとこ古典は何限目?」
教科書を受け取った理久が言う。
「五限だよ」

「ん、なら昼休みに返してもいいか?ついでに昼メシ一緒に食わねえ?」

「食う!あ、でもうち今日弁当ないから食堂だわ」
いつも二人とも弁当なのでめったに教室以外で食べることはない。

「あー、じゃあ俺もカレーでも食おうかな。弁当は...今日はうちもないから」

「まじで?やった!」

「じゃあ昼休みに教科書もってまた来るわ」

「わかった、じゃあまた後でな」

「教科書サンキュな」
手をヒラヒラと振って小走りで帰って行った。


昼メシまで一緒なんてラッキー!
なになに、頑張ってる俺に神様からのご褒美?いやーまじでテンション上がっちゃうんですけど。



あと二時間授業を受けたら理久に会える。
それだけでこんだけ幸せだなんて、安上がりにもほどがある。
これが恋ってやつなのか...すげぇな恋。



そういえば数ヶ月前まで、理久も恋をしていた。正しく言えば、俺が魔法に掛かったあの春の日までしていた。


それはそれは長い片思いだった。

同じ中学の女の子で、清楚で可愛らしくて頭が良くて...誰が見ても綺麗な子で。
まぁモテるわな、確実に。

その子が気になると初めて聞いたのは確か中2の夏だった。それから丸二年、告白するでもなくただ遠目に見るだけの、見ているこっちがイライラするほどのもどかしい恋をしていた。
結局最後はその子に彼氏ができたのを知って、ただ静かに自分の気持ちに蓋をしたのだという。
寂しい寂しい片思い。
その終わりを告げる理久の背中が、夕暮れでオレンジに染まった時、今度は俺がきっと永遠に叶うことのない恋に落ちてしまった。

この気持ちにもいつか静かに蓋をする時が来るんだろうな。


「羽実って百面相だな」
ナベが授業中にコッソリ話しかけて来る。席がちょうど俺の前だから背もたれに寄りかかってくる。

「うっせぇ」
なんで前の席の癖に顔見てるんだバカナベ。
「お前は本当に鈴木以外にはとことん興味がないんだな」
呆れ顔でナベが言う。

「え、は?な...ななな...」
「顔が真っ赤だぞ」


スッパーン!!

「「ぐはっ」」

頭の上を稲妻...もとい先生の丸めた参考書が駆け抜けた。

「渡辺、俺の授業中に後ろ向いて話すとはいい度胸だな、余裕かましてんなら次の問題前で解け。田中も考え事ばっかりしてるんじゃないぞ。さっきから青くなったり赤くなったり...ちゃんと授業聞けよ」
インテリ系の数学教師が完全にイラついている顔で仁王立ちしていた。怒るとメガネが光って見える...。

「「すいません...」」
完全に授業中ってことを失念してた。あと一時間半がものすごく長いな。

隣の女子がクスクス笑っていて、思わず顔を向けると目が合った。するとまたふわっと笑う。

...よく見ると結構かわいいかも。

こちらも一応スマイル返しをしておいた。なんなのこのやり取り。
この子さっき友達の話に相づち打ってた方だよな。この子もまたどこかの誰かに恋してるんだろうか。

恋する女の子は綺麗になるっていうけど、それって結構ズルいと思う。
恋する男は可愛くはならないもんな。恰好良くなったとしても、相手が男ならマイナスじゃん。どうしろっての?

こんな風に可愛く笑える子が理久を好きになったら敵うわけがない。ただでさえハイリスクローリターンな男同士なのに、可愛い女の子と天秤にかけたら0.1パーセントのささやかな希望すら持てない。




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