ウミとリク
3 乙女心と夏の空
袖を捲ったカッターシャツが半袖になって、強い日差しがジリジリと肌を焼く。
季節はいつの間にか夏になっていた。
恋に落ちた田中といつも通りの鈴木は、相変わらず親友のまんまで、
いつまでたっても、鈴木にとって特別な田中にはなれていない。
クラスは俺が1組、別館の端っこの7組に理久がいる。
二年から進路別にクラス分けがされるから、俺は文系、理久は理系だ。
本館と別館を繋ぐ渡り廊下を、休み時間ごとに行き来するほど用事があるわけでもなく、お互いに友達はいるから会うのは朝と放課後だけだ。
たった数メートルの渡り廊下が、あれ?もしかして万里の長城でしたっけ、ってくらいに遠い。
先っちょの方が霧で覆われて、永遠に向こう側に辿り着けなさそうだ。
まったく、何が田中と鈴木だよ。
まるで阿部と渡辺くらい遠いじゃないか。
「教科書忘れた、貸してくれない?」
多分、今学期始まって週3ペースでやった。なんならブカブカのジャージすら借りた。
クラスの奴に、
「羽実、お前小さいくせにわざわざ鈴木に借りなくてもいいんじゃないの?そんなに友達いないの?」とかなりかわいそうな奴扱いされたけどいいんだ。
ブカブカで走りにくくてもいいんだ。たまにちょっとスンスン嗅いだけど許して。
「羽実おっちょこちょいだからな、おばさんからジャージ預かってきたよ」
あえて忘れてたのに、母さんは体育のある日は理久に託すことを決めたらしかった。
ちっ、
そして週3ペースで借りにいくのも限界かと思ってここ一週間は自粛している。
だから渡り廊下についに霧まで見え出したのだ。
「...俺ってば重症かも」
はぁ、机に突っ伏して休み時間を潰す。
メールでも送ってみるか。
『ねえねえ、今日は一緒に帰る?』
...毎日一緒に帰ってるっつーの。
『今日の晩ご飯なにかな』
...知るわけないわな。
『昨日の野球見た?』
...朝話しましたよね。
『なぁ、俺のことどう思う?』
...や、ないない。それはない。
あ、疑問系だからダメなのかな?
えっと、じゃあじゃあ、
『一緒に帰ろう』
...だーかーらー、いつも一緒だっつの。
『晩ご飯一緒に食うぞ』
...俺が決めれることじゃねえか。母さんに抹殺される。前日までに言えと。
『俺を甲子園に連れていけ』
...高校球児じゃねぇし。野球から離れろ俺。
『なあ、好きなんだけど』
...え?いきなり?いや告白はいきなりするもんか?いやいや、そうじゃなくて根本的にだな...。
「もー、昨日さ好きな人に送るメール考えてたら眠れなくてさぁ」
唐突に隣の女子の話が耳に入ってくる。
「わかるー!もうさ、打っちゃー消し、打っちゃー消しってね」
「そうそう。もしかして変な意味で取られちゃうかも、とかさー!」
「わかるー!」
「めっちゃ頑張って作った文章なのに送信しようと思ったら、直前にまた悩むのね」
「そうそう、それで悩んでる間に消えちゃったりするんだよね」
わーかーるー!!
ほんとそうだよね!
もうさ、なんて打っていいか悩んでるうちに時は流れ行くよね。でさでさ、たわいもない内容なんだけどやっぱ返事来なかったらヘコむしさぁ、そんなこと考えてたら送信ボタンがなかなか押せないんだよね!わかるぅ。
全力で会話に入りたくてウズウズする。
入っちゃう?
いや、やめとくか?
いやいや、入っちゃえ!
「俺もわか...「うーみー!!」」
誰だこら!なんだこら!
「うっせーぞアベ!」
「俺は渡辺だ!しかも親切心で呼んでんだろウミのハゲ」
「剥げてねぇ!」
「愛しの鈴木くんだけどいいわけ?」
「はぁ!?先に言えよナベ」
「あだ名まで知ってるじゃねぇか」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!