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青空に落ちる一雫の銀色
一握のさとうとスパイスを
 

「 男の子って何でできてる?
  ぼろきれやカタツムリ
  子犬の尻尾
  そんなものでできてるよ

  女の子って何でできてる?
  砂糖やスパイス
  すてきなことがら
  そんなものでできてるよ 」


「アミちゃん、それは何の詞なのかな?」
ベッドを隠しているカーテン越しに声をかけた。
「あ!増田先生?聞こえてたの?」と少し恥ずかしそうにする少女。
シャッ、とカーテンを引くとピンクのニット帽にウサギの柄のパジャマを身につけている彼女が本を手に笑っていた。


「アミちゃんは今日も素敵なコーディネートだね」
「ふふ、先生は相変わらずかっこいいね」

彼女とは毎日こんな会話をしている。彼女はまだ12歳、つまらない入院生活の楽しみは毎日違った動物の柄のパジャマを着てそれに合わせたニット帽を選ぶことだ。


そしてそのコーディネートを毎日批評している俺は、今年30歳になった。
仕事はというと、医者をしていたりする。

彼女達のように幼くして『癌』という病に立ち向かっている子供達のために存在する小児ガン専門医である。
彼女は抗ガン剤の副作用で長かった髪が抜けてしまった。オシャレを意識し始める年頃には酷である。そこで可愛いニット帽を選ばせてあげてはどうかと彼女の母親にアドバイスしてみたら、とても嬉しかったらしく今では何種類ものニット帽を代わる代わるかぶっている。この治療さえ終ればまた髪型を楽しめる。それまではしばらくこうやって楽しむのもいいだろう。


「さっきの詩は?女の子は砂糖やスパイスでできてるって?」
「そうそう、あれはマザーグースの中の短い歌だよ。お母さんがこの前本をくれたの」
「マザーグースか、そういえばアメリカで小さな子が読んでいた気もするな」
「なんか意味わかんないのが多いんだけど、この歌は好き。男の子って子どもっぽいよね。女の子は12歳でもこんなに複雑に生きてるのにさ」
「ははっ、確かにね。俺の12歳の頃は悩みなんて無かった気がするもんなぁ」
「ほんと単純。でもどうせ大人になるんだもん、悩むのは後からいくらでも出来るんだからさ、男の子みたいなのも羨ましいかも」


そうやって笑う彼女は俺よりずっと大人なのかもしれない。
抗ガン剤の吐き気に苦しみ、髪が抜けてもオシャレを楽しむ。親には大丈夫だから泣かないでと言って自分は泣くのを我慢しているのだ。

俺はまだ屋上のあの時から全然前に進めていないのに。12歳の女の子はずっとずっと先を見つめているのだ。


回診を終え書類に目を通しながら、何となく頭から離れないさっきの詩を反芻していた。

 男の子って何でできてる?
  ぼろきれやカタツムリ
  子犬の尻尾
  そんなものでできてるよ


俺はあれから8年たってもまだ子供に毛が生えたくらいのもんだ。医者っていったって研修が終わってすぐにアメリカに臨床留学したから、日本での経験は約三年。まだまだぺーぺーなのだ。

あいつがどこで何をやってるかなんて全然知らない。いつか再会できるのかさえ、もう分からない。

ただ、いつかその時が来ても恥ずかしくないように努力する毎日だ。8年経ってもまだ心は囚われたままだ。



俺がこうやっその場で足踏みして進めない8年という歳月は、短いようで、アミちゃんのような子供にとっては恐ろしく長いのだろう。
一日一日を大切に生きて、まだ見ぬ未来を夢見ている。そんな子供達を毎日たくさん見ていると、あいつの言葉を思い出すことがある。

Every cloud has a silver lining.

大人になってから知ったが、英語の諺で「苦あれば楽あり」ということらしい。アメリカにいるときに友人に聞いたら、雲の隙間から漏れる光が希望の光に例えられてるのか、希望を捨てるなって意味だと言われた。


希望持つことは大人にも子供にも平等に与えられた権利だ。子供達にもあいつにも頑張った分、幸せが待っているといいなと思う。



ドアがコンコン、と鳴る。

「はい」と言うと「入るよ」と顔を覗かせたのは麻生 雄二(あそう ゆうじ)である。今年33歳である彼はクールな外見とたまに見せる人懐っこい笑顔が人を惹き付けてやまない。高校と大学の先輩であり、今俺が働く「麻生総合病院」の次期院長である。

「どうしたんです?」
「いや、たまにはメシ行かないかなと思ってさ。今日は日勤だろ?」
「いいですよ、俺明日は休みだしたまには飲みましょうか」
「いいね!増田の付き合いがいいとこ好きだわー」と頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「先輩やめてくださいよ」
「へいへい。じゃあいつもの店でいいか?終わったら連絡する」
「了解っす」

麻生先生は桐林学園時代、俺の二代前の生徒会長だった。中学でも会長をしていた彼を知らない者は誰もおらず、高等部へ上がった時にはもはやカリスマ的な存在だった。
こんな人になりたいと思っていた。生徒会補佐に任命された時は飛び上がるほど嬉しかった。
そんな憧れの先輩は大学でも同じ医学をこころざしていたため、俺を弟のように可愛がってくれた。
だから彼の誘いを断るなるなんて事は今まであった試しがない。大概の事は彼より後回しになるのだから。
だからそんな日は、早めに仕事を終わらせる努力も怠らない。

久々に行きつけのスペインバルでサングリアでも飲もうか。

それから夕方までひたすら仕事に没頭した。



※詞は
男の子って What are little boys made of

Mother Goose Nursery Rhymesより引用


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あきゅろす。
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