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青空に落ちる一雫の銀色
ひとりぼっちのコマドリ
あれから一週間経って、あいつが学校に来たのはたったの一回だった。

昼休みに屋上に来ると、以前のようにパンを食べ、貯水タンクの影に寝そべった。

その日は晴天で真っ青に染まった空と、ほんの少しの雲。秋の空は透き通っている。

「今日は空が高いっすね」
「おぅ」
「雲、真っ白っすね」
「そうだな。太陽が雲に隠れてる時に雲は銀色になるんだろ?今日は気持ちいいくらいに晴れてるからなぁ」
「今日の空は絵の具ぶちまけたみたいに真っ青だ」
「おぅ」

肩を寄せ合って一枚のブランケットに包まる。秋の日陰はほんの少し寒い。
有安が視線を寄越すとどちらともなく唇を重ねる。頭を引き寄せると有安のサラサラの髪が指の隙間からこぼれ落ちた。
「ん...」
くすぐったそうに身をよじった所に、上から覆いかぶさる。見下ろした有安の顔は少し赤くなっていた。
ちゅ、と額に口付けをしてから、目尻、頬と下に降りていく。再び唇に辿り着くとくすぐったそうに有安は口を開いた。
「ん、ふぅ...」
舌を絡めると逆に吸われた。それにやり返そうと歯列をなぞるとキスが深くなった。


昼休みの終わりを告げる音に唇が離れた。


濡れた唇が「あ、もう行かないと」と動く。
余韻もないのが腹立たしくて、顎を引き寄せて勢いでもう一度軽いキスをした。
不意打ちで顔が赤くなる。赤くなるなんて今さらだと思うが、そんなところも可愛いと思ってしまう。
じゃあ行くから、と少し乱暴にブランケットを押し付けて来ると屋上の入口の方へ行ってしまった。
その背中に「有安っ」と無意識に呼び止めてしまう。
「.....ねぇ会長」背中を向けたまま呼ぶ。
「ん?」
「あのさ、」
「こっち向けよバカ」寂しいだろうが。
一瞬の間があってから振り向くと、表情は少し固い。


「...ずっと好きでした。...そして、これからも大好きです。」
「...っ、」
「俺の努力って自分の幸せを掴むためのものなんですよ。純粋な気持ちじゃなくって欲の塊なんです。だから、辛い時も雲は絶対銀色に輝いていて、雲が晴れたら思いっきり真っ青な空が見たいんです。会長は俺にとって青空に光る太陽みたいな人です。」

深呼吸を一度した。

「でも俺はまだ太陽の光に照らされるには小さすぎる。俺もうちょっと頑張らなきゃいけないんです。...だから、もう少しだけ時間を下さい」

「これ以上何を頑張っていうんだ?」
俺の疑問は小さいもので直ぐに風に消されてしまった。


「いつか、あなたに釣り合う人間になるから」


バタン、と扉が閉まる。
パタパタと走る音にはっとして立ち上がる。
開いたドアの先にはあいつの姿はなかった。



***********


結局あいつはあのままもう学校に来なかった。
俺の返事なんて聞かないまま。
それからずっと俺の中では好きだという思いが薄れることなく留まってたいる。


あの後、必死にあいつのことを探したが、何処かの学校に転校したということ以外は分からなかった。

なぜ退学という道を選んだのか分かったのは、あいつが去って一ヶ月後のことだった。

俺が目に見えて落ち込んでいたのか、心配した四宮が今の風紀委員に聞き出してくれたのだ。

うちの学校は裕福な者が大多数を占めているが、生徒会役員は実力が重視される。選挙があるので人気ももちろん関係はするが、家柄がどうのと言われることはない。
有安も例外ではなく、ごく普通の一般家庭であり、特待生として在籍していた。

問題はそこだった。特待生は授業料、寮費が免除など特典がある分、成績と出席日数にはとことん厳しいのだ。生徒会であろうとその条件の緩和はない。なぜならこの桐林で生徒会に在籍していたという肩書きは血を吐く努力も惜しくない程の価値があるからだ。

有安は一人で仕事をしていた間は寝る暇もなかった。すなわち授業に出ることすらままならない状況だったのだ。
さらには入院中に中間テストが行われたため、後から受けても点数の減点がある。満点を取ったとしても特待生として満たすべき点数にはならないのだった。

しかも、一般家庭と言っても母子家庭だったのだと四宮が言う。それは誰も知らない事だった。
一般生徒として在籍する事は可能であったはずだが、どうしても特待生でなければ桐林の授業料を払う事は無理だった。

そう聞かされて、また自分の無力さを痛感した。
相談されたとしても、俺の力ではどうにもならないことだったかもしれない。それでもあいつの支えになりたかった。
そんなのはただの我儘だろうか。


あいつは今どこでどうしてるんだろうか。
また、たった1人で誰にも頼らず頑張っているのだろうか。


.....俺はまだ好きだって事さえ伝えられていないのに。
俺の方がよっぽど弱虫で、努力が足りなくて、頼ってもらえる力さえ持っていない、お前には不釣り合いな人間だっていうのに。


そんな弱い俺をひとりだけ置いていってしまうだなんて。

なぁ有安、お前で埋め尽くされている俺の心だけでも連れていって欲しかったよ。


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