青空に落ちる一雫の銀色
絡まる、解ける、
あれから精密検査の結果も問題ないと聞き、今の役員の三人は揃って頭を下げに病院に行った。
壱川、仁志、三井はそれに付き添って一緒に見舞ったらしい。なんだかんだ自分の後任は可愛いものなのだろう。
そして退院も間近の今日、俺は初めて見舞いに来ている。.....正確にはまだ部屋のドアの前にいるのだが。
深呼吸を一度してからノックした。
「はーい」と中から声がした。
ドアを開けると見慣れた顔がそこにあった。
「今度は寝てないんだな」と前の生徒会室を思い出して冗談を言った。
「最近は寝すぎて消灯後もなかなか眠れないくらいですよ」と笑う有安は顔色も良く少しふっくらしたようだ。元気そうで何より、と俺はベッドの横の椅子に腰掛けた。
「会長、なんでドアの前で五分も悩んでたんですか?」
「...ばれてたのか」ちょっと恥ずかしい。
「ガラス越しに見える影が完全に会長でしたもん」
「なんか二週間ぶりだから、どういう顔で入って行けばいいのか悩んでた」
「なにそれ。考えた結果がその顔?」笑顔が不自然だ、とまた笑われる。
「うるさい。色々シュミレーションしてたんだよ」
「ほんとバカだなぁ」とついに声をあげて笑った。
「久しぶりにお前にバカって言われた」
「なに喜んでるんすか、Mですか」
「ほんと可愛くねぇ」
久しぶりにする会話は呆れるほどいつも通りで、五分間のシュミレーションの意味はなかったようだ。
「皆もう一度頑張るって言ってくれました。」
「そうか」
「会長が頭を下げてくれたって聞きました」
「俺にはそれくらいしかできねぇからな」
「十分過ぎます」
「だから安心しても戻ってこいよ」
「そうですね」
「屋上が寂しがってるぞ」
「はあ?会長が、の間違いでしょう」
「そうとも言うな」
「そうしか言わないから」
「屋上から青空が見えるかもよ?」
「そうですねぇ。青い空と銀色の雲が見えるといいな」
「そうだな。屋上も俺も待ってるよ」と言うと屋上って人的な扱いなんすか?と呆れられる。
「いつでも待ってるから」
「うん」
たわいもない話をしていると、日が傾いてきた。
夕日に照らされた横顔が作り物のように綺麗すぎて、こんなに近くにいるのになんだか離れて行きそうな感覚に襲われる。
そう思うと急に怖くなった。
ベッドの上の有安の左手に、俺の右手を重ねる。
どこにもいかないで、と重ねた手に力が籠る。
下にあった手の甲が手のひらになる。
重ねた手はほどけて、どちらともなく指が絡まる。
優しい暖かさがじんわりと伝わって、氷が溶ける様に緩やかに心が満たされていく。
なぁ、お前は今何を思ってる?
俺の心の中は今、こんなにもお前で占められているよ。
「なぁ、」と視線を上げるとグッ、とネクタイが引っ張られる。
視界が暗闇に染まった。
唇がペロリと舐められ、やっと自分がキスされているのだと気付いた。
瞼を上げると視線が絡んだ。
それは初めての有安からのキスだった。
どうしようもなく胸が高鳴る。
首に手を回され次第に口づけが深くなる。
唇を薄く開くと舌が割って入ってきた。追いかけると逃げる有安のそれに夢中なっていた。
どれくらいそうしていたんだろうか。
唇が離れる瞬間、二人の間に銀色の糸が引いた。濡れた有安の唇は夕日に光ってひどく艶かしい。
「...会長、待っていて下さいね」
そう言って抱きしめられた。
「あぁ、待ってる。だから早く帰ってこい」
俺を抱きしめる腕はなんだか弱々しかった。
ーーー なぁ、有安。
あの時お前は待って欲しいって言ったのに。
どうしてなんだ?
なんでそう言った?
やっぱわかんねぇよ、有安。
.....それでもやっぱお前が好きだよ。
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