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青空に落ちる一雫の銀色
晴れた日には
時計は夜8時を指している。

カウンターでグラスビールを傾けている後ろ姿を見つけた。
「遅くなってすいません!」
「いや、まだ時間ちょうどくらいだよ」ちょっとフライングしてしまったけど、と麻生は人懐っこい笑顔を浮かべる。
「カウンターのままでいいですかね?」
「いや、奥の個室に移ろう」
予約していたようで、マスターに声を掛けてから移動した。


彼とこの店に最初に来たのはまだ大学の頃だったと思う。酒が入るとお互いよく喋るタイプなので恋愛の話や将来についてよく遅くまで話し込んだ。あいつの話は麻生先輩以外には話した事もない。とはいっても俺の想い人が男だとか高校の後輩だとかは言っていないが。

アメリカに三年留学していた俺は、帰国後大学時代の恩師のつてで国立のがんセンターに行くつもりでいた。しかし準備のため一時帰国した際に麻生先輩から自分の所に来ないかと誘われたのだ。悩んだが麻生総合病院は日本でも有数の大病院であり、設備は最高だった。なにより尊敬する麻生の下で働けるのは魅力的でその誘いを受けることに決めた。

あれから一年、気がつけば30歳になり、周りから結婚についてあれこれ聞かれたり、女性を紹介すると言われたりもする。でも結局、どこかであいつを待っている自分がいるのだ。
麻生はこうやってたまに食事に誘ってくれる。そして自分の話したいことを話し、俺には何も無理強いしない。俺がたまに相談すれば的確に求めている答えをくれる。
そんな生活は悪くない。でもやっぱり寂しいものでもある。

「...でさ、ってか増田ぁ聞いてるか?」
「.....あ、聞いてませんでした」本当に聞いていなかったので素直に謝る。
「お前なぁ」とデコピンされた。地味に痛いよねこれ。
「だーかーらー、退職する大川先生の後任なんだけどさ、いいの見つけたんだって」
「へぇ。大川先生ってことは心臓外科っすか?」
「そうそう。ドイツ帰りなんだけどさ、かなり敏腕らしいよ。他の病院からも誘われてたんだけど口説き落としたんだよ」そう言ってにっと笑う。
「俺の時みたいだな。先輩横取りばっかりですね」
「いいものは欲しいだろう誰だって。」
「お褒めいただいたと受け取ってよろしいんでしょうか?」と冗談ぽくいうと、「当たり前だ、俺は実力のないやつはいらん」と返された。

「でもさ、そいつなんか変わってんだよ」
「何がですか?」
「俺以外にもオファーがいくらでもあったはずなんだけど、俺が連絡したら他の予約をキャンセルしてすぐに会ってくれることになったんだよ」
「へぇ。先輩のファンとか?」
実際に美形で敏腕脳外科医で若手のホープ、さらに次期院長である麻生雄二はこの世界ではかなり有名で憧れて医者を目指す者もいるのだ。
「ないない。あ、でもたぶんお前のファンだと思う」
「は?」
「絶対そうだって。お前がうちにいる事知ってたぞ。しかもお前と俺が仲がいいっていったらびっくりしてた」
「びっくりする意味がわかんないんですけど」
「うーん。でも驚いた顔してたしなぁ。お前のファンのゲイなのかな」
「何を言い出すかと思えば。しかもゲイかと思いつつ引き抜いたんですかあなたは」
「いやいや、お前桐林学園出身のくせにゲイをどうこう言うなよ」
「それはそうですけど、俺の貞操がかかってるのは問題です」
「ははは、そいつ綺麗な顔してたし、お前がネコってことないだろう。いや、でも身長はトントンか?」記憶を辿っている先輩が少し腹立たしい。
「で、いつからくるんですか?敏腕くん」

「あ!」
ぽん、と拳が手のひらを叩いていかにも今思い出したかのように言う麻生。
「なに」
「9時です」
「なんで急に敬語?ってか、は?9時?」
「だから、今日の9時にここに来ます」
「はぁ!?」
思わず時計を見る。只今8時55分也。
「あと5分ですけど!」
「そうですね。ですから今言ったのです」
「なんで?」
「前もって言わないとお前怒るから」
「五分前は前もってとは言いません」怒る気も失せた。



「お待たせしました」
背中側から柔らかな声色が聞こえる。


いえいえ、待ってませんよ。でも五分前行動は褒めてあげよう。
「お!早かったな」
やたらと明るい麻生にむかっとした。本日二回目だ。

はぁ、とため息を小さくついたが、笑顔で振り向いた今日の俺はちょっとオトナだ。

「始めまして、小児ガンを専門にしています、増田 晶と言います。これから...」









俺の作り笑は簡単に崩れた。


だってそうだろう。


敏腕で綺麗なドイツ帰りのゲイが、


あいつだったんだから。


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あきゅろす。
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