sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
3
緒方 尊の店はこの街の住宅街の中にある。
フランスの三ツ星レントランで手腕を発揮した後帰国。一体どこに店を構えるのか、と色々なメディアが注目していた。
東京か、横浜か、はたまた大阪かと。そんな予想を完全に裏切り、地方の都市に大きな土地を買い出店した。
都会ではこの規模の店はいくら注目のパティシエだとしても出せないであろう。
地方都市であるからこそ、車での集客を狙って駐車場を大きく作り、店の半分はイートインスペース、中庭には子供が遊べる様にと小さな公園もあるのだ。
しかし土地を買う際には、「こんな所ではいくら客が集まったとしても限界がある」とか「まず成功はないだろう」とか反対の意見がほとんどだったそうだ。
でも彼は成功はするものではなく、させることに意味があるのだとそこに店を出すことを押し通した。
あれから三年、この街は彼の店『patisserie takelu OGATA』目当てに他県からわざわざ足を運ぶ客で賑わっている。
元々県内では比較的都会ではあるものの、中小企業の経営は不景気で厳しく、年々町の活気は失われていた。そんな中でおじさんの働いているホテルが生き延びているのは理由がある。
それは、俺の地元にある全寮制の男子校 “桐林学園” が関係している。たかが学校と侮ってはいけない。
桐林学園は日本有数の有名企業や医者、政治家などの御曹司が幼稚園から大学まで通う名門校であり、多額の寄付金で成り立っている。
そしてその学園を経営しているのが桐生コーポレーションであり、そのホテルもまた桐生コーポレーションの事業の一つなのだ。したがって御曹司達は事あるごとにホテルを利用するし、その親も積極的にお金を落とすというわけだ。
そんな名門高校の城下町のようなこの街に出来た彼の店は、元々ここに住む俺たちにとって待ち望んだ新たな風みたいに思われた。
そして無謀だと思われていた経営は成功を納めていると言っていいと思う。なぜなら三年で早くも銀行の融資金は返済してしまったらしく、余っている土地にはさらに新しい建物を建設しているらしい。ちなみにこれは母さん情報だ。「また新たな雇用が増やすなんて神様だ」とか言っていた。
つまりこの街にとって彼は、神様、仏様、緒方様なのだ。
あ、これさっきも言ったっけ?
そんな緒方様の授業を受けられるとあって俺も期待でいっぱいだったが、それ以上にうちの母親は大騒ぎだった。
緒方様の笑顔が眩しいと、絶対読まないくせに製菓の本を彼の顔を目当てに買い、サインをもらってくれと頼まれた。
断るのが大変だった。まじで。
.....しかしだ。
その貴重な時間になぜ俺はこんなくどくどと、皆さんが興味あるのかないのかもよく分からない話しをしているかと言いますと...
何故かさっきからずっと見られているからなんですよ、奥さん。
誰にって?聞くまでもないでしょうよ。
これだけこの1ページで名前を連呼してるんですから。
バチっ、
ほらほらほら。絶対俺を見てるって!なんでなんだ緒方尊。
何かしたか?
あれか、イケメン滅べ発言をしたからか?
それにしちゃしつこくない?あと30分で座学が終わるから、かれこれ一時間見られ続けるんですけど。
口ではオリジナルのコンフィチュールの話をしながらこっちを見ているのだ。誰も気付いてないと思いたいが。
そこへ水無瀬が振り向いた。
「なんかやたらこっち見てねぇ?」と口に右手を当てて小声で聞いてきた。
必然的に俺は水無瀬の口元に耳を寄せる。
「俺も思ってた。超怖いんですけど」
コソコソ喋っていると不機嫌そうな声が聴こえた。
「そこのオシャレパーマくん、今説明したコンフィチュールの新しい食べ方をお客様に提案するなら君ならどうする?」
2人でビクッとした。
オシャレパーマくんとは恐らく、いや99.9パーセント水無瀬の事だ。
「ひいぃ」緒方様の声に怯える俺。
水無瀬は立ち上がると、「パッションフルーツがメインで爽やかな味をいかして、炭酸水で割ったりロシアンティーみたいに紅茶に入れてみてはどうでしょう」と普通に答えた。
緒方は驚くでもなく、ふっと口元で笑うと「なるほどね。それはいい案だと思う」と言った。
みーたんかっこいい!惚れちゃうと冗談を言ったたら火傷するぜ、と返された。
残りの15分は目を合わさない様、ひたすらノートを見続けた。
チャイムがこんなに待ち遠しいと感じた事はなかった。ありがとうチャイム。
次はデモンストレーションか。こっちから見なければいけないとは苦痛だ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!