sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
2
お兄さんはパティシエという仕事をしているらしく、コックさんみたいな格好をしていた。
「お兄さん、こんな所で油売ってていいの?」
「お前結構ひどいこと言ってるぞ。それに俺は油を売っているんじゃなくて、ものすごく悩んでるんだ」
そう言うとトレーに盛られたケーキを出して来た。
同じような、でも微妙に違うケーキが三個。
「美味しそう」
ぐぅ、とお腹が鳴った。条件反射って恐ろしい。
「あはは!腹減ったのか。これで良かったら食べていいぜ」
「まじで?」
「ああ、他にもたくさん作ってるから全部食ったって大丈夫だよ。」
「やった!」
何せ三つとも見た目はほとんど同じなので、どれから食べるか迷う。取り敢えず左から一口ずつ食べる事にした。
「俺さ、初めて新作を任されたんだよ。だから気合入れて試作しまくったんだけどさ、作れば作るほどどれがいいのか分からなくなっちゃって...」
子供相手に何言ってんだろう、とお兄さんは照れ笑いをした。
ケーキはオレンジとビターチョコレートのケーキだった。二層のムースはふんわりとお酒が香ってどれも美味しい。
でも何かが足りないような感じ。
自慢じゃないが俺は味覚だけはやたらと鋭い。本当に味覚だけなんだけどね。
「うーん、どれも美味しいけど真ん中が一番かな。チョコレートは全部違う種類だよね?コレが一番酸味が少なくてオレンジと合ってると思う。それにオレンジのツブツブがいい。」
「まじで?コレが一番いいチョコレート使ってるんだよ。オレンジの果肉入れるかどうかをすごく悩んでたんだよ。お前子供なのに味わかるんだな」
「へへ、ただ下のスポンジの味はこっちのやつの方がいいかな。あと見た目はこっちが好き」
「なるほどな、その組合せは思いつかなかったな」
小学生の生意気な意見に怒ることもなく真剣に話を聞いてくれる。
そんなお兄さんと紅茶までご馳走になって話し込んだ。
「あ、そろそろ父さん達帰ってくるかな?」
「じゃあフロントまで送るよ。なんか参考になったわ、最近の子供は侮れないな」
「お兄さんだって大人じゃないでしょ」
「来年ハタチだから、ほとんど大人だって」
「ふーん。じゃあ俺より8歳も上なんだ」
「そう、だから大人なわけ。お前名前なんて言うんだ?」
「吉岡翔だよ」
「翔か、今時の名前だな」
「おっさんみたいな発言だね」
「はは、まだおっさんて言うには早いだろ。翔、明日もしここに来れるならお前の好みのやつ作ってみるけど」
「ほんと?何時?来る!」
「うーん、夕方頃かな。お前方向音痴っぽいけど辿り着けるか?」
「多分来られると思う」
「じゃあまた会えるな」
にっと笑ったお兄さんは、初めての時の暗い顔はどこかにいっていて、羨ましいくらい爽やかだった。
フロントでちょうど俺を探していた両親を見つけた。
「あんたどこほっつき歩いてたのよ!」
とすごい剣幕で怒られたので、ペコリと頭を下げて帰って行ったお兄さんにありがとうと言えなかった。
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