sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
5
あれから2週間。学校にバイトにと毎日が目まぐるしく過ぎていく。
「ありがとうございました!」
ケーキの箱を渡してお客様に頭を下げる。まだまだ手際は悪いけど、挨拶だけは人一倍元気よく頑張っているつもりだ。
水無瀬のアドバイス通り元気とやる気だけは誰にも負けていないと思う。
「...吉岡くん、しつこいようだけど声が大きすぎるわ」
俺を注意するのはもちろん三輪さんである。
「すいません」
しょぼんとする俺に小さくため息をつく三輪さん。
「ま、元気なのはいい所なんだけどね。ボリュームを加減しなさいってこと。今から一時間休憩してきて、休憩室に引き上げたお菓子があるから食べていいわよ」
「三輪さーん」
背中を向けた三輪さんの服の裾をツンツン引っぱって嬉しさをアピールをしてみる。
すると固まってしまった。
一緒に働いてみて気づいたんだけど、彼女は口調は厳しいが実かなり構優しい。しかもこうやって懐くともの凄く照れるのだ。
「もう!いいから早く休憩に行きなさーい!」
顔を真っ赤にして声を張り上げた。人のこと言えないじゃんと思ったりする。
「三輪、うるさいよ。吉岡くんもじゃれてないで早く休憩いきなさいよ」
ほら、ベテランのパートさんに注意された。パートさん笑ってるけど。
「もう、あんたのせいで怒られたじゃない」
真っ赤な顔で睨んでも迫力はゼロだよ。
休憩室はレジの奥にある。男の俺にはちょっと狭いのでお菓子とお茶を拝借して外に出る。
あ、男にしちゃ小さいくせに〜とか思った?俺って結構繊細だから傷ついちゃうからね。口に出さずに思ってるだけにしてね。
裏口から出て少し歩くと目的地に着いた。
製菓のキッチンと製パンのキッチンは隣の建物なんだけど、ちょうどその間に屋根が付いた通路がある。そしてその傍にベンチが置かれていてパティシエとブーランジェの喫煙場所になっている。もちろん吸わない人も休憩するので、灰皿と少し離れた所に別のベンチが置かれている。
休憩時間にここに来ると大抵職人さんがいるので、女性ばかりの売り場からちょっと避難しているのだ。
「お疲れ様でーす」
声を掛けると二人の先客がこちらを向く。
喫煙場所にいるのは高橋さん。もう一つのベンチにいるのが川口さんだった。2人ともパティシエさんで川口さんが二番手の人ね。
「おー翔ちゃんお疲れ。今から休憩か?」
川口さんが言った。
「そうなんです。今日は日曜だから一時間休憩っす」
平日は働く時間が短いので賄を食べる時間だけしか休憩しないんだけど、土日は朝から晩までだから昼に一時間休憩を取るのだ。
「いっぱいお菓子持ってるなあ、まさか昼飯がそれ?昼飯持って来てないのか?」
「そうっす。取り敢えず三輪さんがお菓子くれたんで、しばらくはこれで空腹を凌ぎます」
ここの賄はベーカリーの人が作ってくれているんだけど、昼がパン屋のピークに忙しい時間帯だから夕飯しか賄は出ないのだ。今日はギリギリの時間に起きたから弁当はないので夕方まで耐えなければならない。
別に近くのコンビニ行ったり、ここのパン屋でパンを買ってもいいんだけどね。
「糖分だけとかキツイだろ。...あ、いい所に来たなあいつ」
高橋さんが俺の後ろを見て手を振った。
「おーい小泉!なんか食うもんないか?」
相手はベーカリーの小泉さんだった。
「ん?なに高橋腹減ってんの?」
高橋さんと小泉さんは同時期に入社していて年も近いので友達みたいな感じだ。
「いや、翔ちゃんが昼にお菓子だけしか食べないからさ。なんか昨日の余りとかないの?」
「さっきベーカリーのみんなで食べたサンドイッチがあるけど、翔くん食べる?」
「まじっすか!嬉しいです」
「やっぱ甘いのだけじゃ辛かったんだな」
カラカラと笑う川口さん。
「やっぱお昼には食事っぽいのを食べたいよね。ちょっとだけ待っててね」
小泉さんはもと来た道を帰って行く。本当にバイトの身で申し訳ない。
持っていたお菓子はベンチに置いておいて、小泉さんが戻ってくるまでの間にコンテストに出品するものを考えることにした。
学校で使うお菓子の辞典的な分厚い本があるのだが、ベーシックなものは一通り載っているのでアイデアだけでも頂こうと思って持ってきたのだ。めっちゃ重かったけどバイトの日は休憩時間くらいしか考える暇がないからね。
「うわー懐かしい!俺もその本持ってるよ」
と川口さん。
「俺も俺も。未だにたまに見たりするわ」
高橋さんは真面目だからキッチンの端っこに確か何冊も参考書を置いていた気がする。
「これって基本的な物が大抵載ってるから勉強になりますよね」
「でもさ、なんでわざわざそんな重いもん持ってきたんだ?」
川口さんが聞いてくる。そりゃバイトの休憩時間に辞書みたいな分厚い本開いてたらびっくりするよね。
「六月にコンテストの締め切りがあるんですけど、全然思いつかないんですよね。もうかれこれ考え出して二週間経つのに全く決まらないんですよ」
「そうなんだ。何のコンテストに出すの?」
高橋さんも興味が湧いたらしく隣に移動して来た。
「えっと、学生の技能コンテストなんですけど課題が『四季のアントルメ』なんです、どの季節でもいいらしくって全く決められないんです」
「なるほどな。なんでもいいってなると決めるの難しいもんなぁ。この食材を必ず使えって言われたら結構思い浮かぶもんだけどな」
「そうですよねぇ。四季って言われてもぼんやりとしか思い浮かばないんで困ってるんです」
「うーん。翔ちゃんが使いたい食材とかなんかないの?」
高橋さんは結構真剣に考えてくれているみたいだ。
「食材か...なにか地元特産の物とか使いたいとは思ってるんですけど」
「地元か。この辺で採れるフルーツといえば苺が有名だな。あとは意外な所でルバーブを育ててる農園があったな」
「そういえば珍しいからこの前緒方さんがコンフィチュール用に取り寄せてたな」
川口さんも思い出したらしく話に入ってきた。
「苺は品質がよくて有名ですよね。この前学校でも使いました。でもルバーブって国内で採れること自体知りませんでした。外国産とかと味は同じなんですかね?」
「農家さんが言うには少しあっさり目で酸味が強いってさ。でもシロップで煮詰めたり、ジャムにしたりして使うとそんなに感じなかったけどね」
「ルバーブの季節っていつなんですか?」
「ちょうど今くらいから出荷だよ」
「ルバーブと苺で春のケーキっていうのもありですかね」
「彩りが綺麗でいいんじゃないか?女の子が好きそうだな」
「色々アドバイスもらってばっかりですみません」
ここからは自分で考えなきゃな。
「甘える所は甘えたらいいんだよ。後は自分で考えて、それでも行き詰まったらまた聞きに来いよ。あと材料は給料天引きでよければ取り寄せてやるからキッチン自由に使って試作していいぞ」
川口さんが言う。でもさすがにそこまでは甘えられない。
「いや、そこまでしてもらえないです。ここからは自分で頑張ります」
「でもお前、学校のキッチン自由に使ったりできないだろ?バイトの後くらいしか時間もないだろうし」
「うーん、それはそうなんですけど」
迷惑かけ過ぎな気がするしな...。
「あ、そうだ、」
川口さんが口を開いたが、俺の目の前に現れた物体に遮られてしまった。
「お待たせー!」
そう言ったのは小泉さんだ。俺の目の前に差し出されたのはバゲットのサンドイッチだったんだけど...
「「「でかっ!」」」
思わず声が揃ったのは仕方が無い。
あまりにそのサンドイッチが大きくてサンドイッチって一瞬分からないくらいだ。
「へへ。今日は試作の日だったから、余った材料全部挟んできた」
いたずらっ子のように笑う小泉さん。その手に持っているのはバゲット丸々一本である。
...でかすぎだ。
*****
ちょこっと、
ルバーブとは、日本名ショクヨウダイヨウ。
フキのような感じの植物で野菜の一種。生でも食べられるらしいけど酸味が強いので通常はジャムのように砂糖で煮詰めて使うことが多い。赤い色が綺麗でヨーロッパなどではよくお菓子にも使われます。
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