sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
patisserie takelu OGATA
俺は今、戸惑っている。
というのも放課後、約束通り寄り道することもなくここ「patisserie takelu OGATA」に来た。
.....が、敷地内が広過ぎて一体どこが事務所なんだか分からない。
そもそも今日尊さん自体はいるのかすら謎だ。
そんなわけでバイクを駐車場に置いてから数分、不審者のごとくうろついている。
「あれ、お客様迷われましたか?」
後ろからかけられた声に振り返ると、コックコートに身を包んだ男性が立っていた。
「あ、いや...」
「もしかして新しいアルバイト?」
「は、はい」
「そっか、広くて迷っちゃうよね。事務所はこっちだよ」
そう言って道案内をしてくれるのは、20代半ばくらいだろうか、優しい雰囲気の青年だ。
身長は172〜3cmくらいかな、そこまで長身ではない。笑うと目尻のシワがくしゃっとなってなんだか癒し系だ。
「あの俺、吉岡翔って言います。今日からアルバイトでお世話になります」
ペコリと頭を下げる。
「翔くんね、固くならなくていいから頭上げて」
「うす」
「僕はここのベーカリーで働いてる小泉 健吾(こいずみ けんご)。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。そういえばここってパン屋も一棟あるんですよね」
「そうそう。お菓子がほとんどだから肩身は狭いんだけどね」
はは、と笑うと足を止めた。
「ここだよ、ちょうど今ならいるんじゃないかなぁ」
コンコン、
「失礼します、緒方さんいらっしゃいます?」
ドアを開けて少し顔を突っ込む小泉さん。
「おう小泉、お疲れさん。どうした?」
「なんか迷子ちゃん拾っちゃって...」
「ん?小さい子か?」
「うーん、小さいっちゃ小さいかな」
俺の背中に手を回して中に入る。
「小泉さんひどいっす」
「はは、ごめんごめん」
「遅くなりました」
「.....小さい迷子ちゃん、ねぇ」
呆れた顔の尊さんがこちらに目を向ける。
「じゃあ僕は行くね」
俺の頭を撫でてから小泉は出て行った。まるで子供扱いなのは、なんか複雑だ。
事務所はメインの売り場の裏に併設されていて、白ベースのオシャレな内装はまるでショールームみたいだ。
一番奥の大きな窓が、たくさんの光を取り込んでとても明るい。
尊さんはその窓を背にして白いリクライニングチェアに王様のように座っている。デスクは長いガラスのもので、指でトントン、と叩くと「こっちにこい」と言った。
「迷子ちゃんはどこで迷ってたんだ?」
「駐車場にバイクを置いてからうろうろと...」
「結構広いからなあ」
結構というかかなり広いと思う。敷地も広いし、建物もメインの棟、パン屋、カフェ、焼き菓子やコンフィチュールなどの持ち帰りの物を置いた棟がある。
「めちゃくちゃ広いし、もしかしたら尊さんは今日いないかもって思ってました」
「いや、さすがの俺も呼びつけておいて留守なんて非道なことはしないよ」
「ですよねぇ」
「当たり前だ。取り敢えずこれがアルバイト用の契約書だからサインしろ」
「うす」
契約書に一応目を通すと労働基準法に沿った内容が書かれていた。
...が、気になる点が一つ。
「尊さん、俺の時給777円て...」
「おう。なんかいいだろその数字」
「フィーバーな感じっすけど...法的にどうなんですか?」
「ぎりっぎりこの地域の最低賃金をクリアしてるから安心しろ」
ものっすごいいい笑顔で言われた。
「...へぇ」
俺バイトしたことないけど、こんな時給で働いてる友達はいないぞ、すくなくとも俺の周りには。
...いやこれも修行だと思え俺。ぐっと拳握って気合をいれる。
「未成年だから夜は一応10時まで...と言いたい所だけど、学校に差し支えるから9時な。賄いはつけるから」
16時半に学校を終えて猛ダッシュで駆けつけて17時半着ってとこか。9時までならがんばれそうかも。
「翔にはまず、商品を覚えてもらうために接客を担当してもらう。店は8時までだから短いけどな。慣れて来たら中の作業も順に教えるから」
「うす」
意外と優しくない?
「まぁ土日は接客も地獄だから楽しみにしとけ」
ニヤリと悪い顔をする。
「ひぃ、がが、がんばりもっす!」
もっす、になってしまってちょっと恥ずかしい。
「くく、まぁ平日にゆっくりと覚えてから臨めば大丈夫だろ。じゃあ販売の子に紹介するから」
そう言って立ち上がると、俺の手元から契約書を取り上げて「あ、」と口を開けた。
「印鑑持って来いっていうの伝えてなかったな。家で押して来て」
目の前に突き返される。
「、畏まりました」
「...どういうキャラでいく気なんだよ」
「自分でもわけわかんないっす」
頭をパフパフと撫でられメインで生菓子を販売している棟に向かう。
やば、緊張する。
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