sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
9
実習室の前の扉から緒方が入って行ったので、俺は後ろの扉からこっそり入る。
早速女子達に囲まれる緒方。皆殆ど手元が片付いているのかなかなか離れない。一瞬可哀想に思ったが、さっき鬼だったのを思い出し心の中でもっとやれ、と女子達を応援した。
「何ブツブツ言ってんだ?」
山口が怪訝そうに聞いてくる。
「いや、何でもない。さっきは抜けてごめんな」
班のテーブルを見ると大体が出来上がっていて、後はズコットにグラサージュショコラを掛けて仕上げをし、皿に盛り付けるだけの状態だった。
「うわ、もう殆ど終わってるな、本当にゴメン!上掛け俺がやってもいい?」
「おう。頼むよ」
グラサージュはまだ計量している所だったので交代する。盛り付けは女子達がやってくれるようだ。
計量した物を鍋で温め、一旦ボウルに取り出してゼラチンを加える。温度を調節してから、一気に上からグラサージュを掛ける。気泡を消すように表面を慣らしたら、きれいに艶がでた。少し金箔を載せたらなかなか一丁前に見える。
それを皿の中央に置き、あとは隣にピスタチオのアイスとイチゴのジュレ、フロマージュブランは小林さんとゆうかちゃんの力作だ。最後に羽の形をしたラングドシャを飾るが、惜しくも形が羽っていうよりは枯葉って感じがする。ま、それもご愛嬌ってやつだ。
「おーっ、店だったら一時間は待たないと食べられない代物だぜ。自分の手で作られるとか感動する」
山口が仕上がった物を写真に納めながら言う。
「確かに。店で出てる物を作るって感動するかも。やっぱ教科書の基本的な物とは全然違うな」
うんうん、と頷くと皆も賛同する。皆で何かを成し遂げると自然と結束力も高まるよね。
「自分が作った物を誰かに食べて貰えたり、美味しいと言ってもらえた時はもっと感動するよ」
後ろから掛けられた声に4人が一斉に振り返った。
「さ、アイスが溶けないうちに食べて。あと、これはうちの店で出しているケーキなんだけど、皆で仲良く食べてね」
皿に盛られたケーキをテーブルに置くとニコッと笑って次へ行ってしまった。
あの笑顔は詐欺ですよ、奥さん!
「やばっ、超格好いい」
「笑顔が爽やかすぎる!」
うちの班の女子は全力で騙されている。本当は鬼なのに、くそぅ。
「アイス溶けるね、早く食べよ」
「そうだね。他のケーキも美味しそう」
女子というものは結局花より団子なのかもしれない。切り替えが早くてついていけない。
先ほど運ばれて来たケーキは4つあって、それぞれ違う種類だが水無瀬の言っていた通りle souvenir(ル スヴニール)は無かった。
確か店にも並んでないって言ってたよな。本当にそのケーキだったのかも怪しいけど。
今日作ったケーキを一口食べてみる。
「うっっっま!」そのまま俺は固まった。
やばい、うまく説明できないのが悲しいが、絶妙にうまい。これ、自分達で作ったとか信じられない。
ピスタチオのアイスとイチゴを一緒に食べるとこれまた感動の美味しさだった。最後のジュレとフラマージュブランは後味がサッパリしていて完璧な組み合わせだった。
やっぱり緒方様は偉大だった...。
明日から辛くても頑張ります、先生。
「マジで美味いね。翔、このモンブランも食ってみて」
山口が一口食べて美味かったらしく、フォークに掬って俺にくれる。
「あむ。ん、甘さ控えめでうまい」
中には蒸した安納芋が入っていて、自然な甘さが堪らなくうまい。
...しかし今日は「あ〜ん」され過ぎだ。しかも男子にっていうのが悲しい。
「ふふ、翔くんってなんか弟っぽくて可愛いよね」
「確かに、なんか甘やかしたくなるよね。はい、これも食べて」
ゆうかちゃんが自分の食べていたチーズケーキを一口くれる。
やった!念願の女子からの「あ〜ん」に顔がニヤける。
目を閉じて口を開けると、フォークが近づいてくる。
パク、
「.....え?」
ゆうかちゃんの声が聞こえる。
「ん?」
いつなっても口にケーキが到達しないので目を開いた。
「うーん、我ながら美味いな」
俺の隣でモグモグと咀嚼するのは作った張本人である。
「「きゃー!!」」
ゆうかちゃんと小林さんが顔を真っ赤にして叫ぶ。そりゃ事故的に緒方様に「あ〜ん」してしまったら叫びたくもなるよね。
「何なんですか、尊さん」
「...味見」
「なぜに。俺がせっかくマドンナから食べさせて貰えるという奇跡の瞬間だったのに」
「そりゃ残念だな」
「ムカつく」
「...聞こえなかったな」
ぷうと頬を膨らませると、人差し指で突かれた。
「明日、学校終わったら直で店に来いよ」
「ふぁい」
「拗ねんなよ」
フォークにロールケーキを突き刺してグイグイ押し込んでくる。
「デカイですって、しかもまた男に...むぐ」
泣けてくるぜ。うまいけども。
「なんなんだこの2人は...」
山口が混乱している。
女子二人は顔を真っ赤にして大人の男だとか、眼福だとか言っている。明らかに行動のおかしいこの男を見て、どこが大人の男なんだか説明して欲しいよ。
田中ちゃんが片付けをするように声を掛けると、意外とあっさり席を離れた緒方。
どうやら明日の事を念押ししたかっただけらしい。
ややこしい方法を取らないで欲しい。
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