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sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
8
俺が作業をもう一度やり直していた時、一通りの班を見終わった緒方は、田中ちゃんと少し話した後教室を出て行った。


緒方の代わりに田中ちゃんが班を回り始めたので、女子は作業を止めて質問責めにしていた。
こんな事で時間内に終わるんだろうか。

もちろん俺も気になるのだが、自分のミスで他よりも遅くなってしまったため、手を止めることは出来ず普段の倍速で頑張っていた(当社比)。


「お、吉岡がんばってるなぁ」

「遅れてるもんで」

「まぁ周りも結構ゆっくりだから大丈夫だよ」

「緒方さんの手、大丈夫ですかね?」

「たいしたことないと思うよ。念のため保健室に行ってもらったんだけどね」

「...後で行ってもいいですかね?」

「ちゃんと作業終えてからならいいんじゃないかな」

じゃあ頑張って、と田中ちゃんは次に行ってしまった。
それからの俺は、保健室に行くためにさらにスピードアップをし、三倍速で頑張ったのだった(もちろん当社比)。


ムースを型に流し入れた所で自分の担当はひと段落した。他のメンバーを手伝おうと思ったのだが、三人は大丈夫だから保健室に行っておいでと言ってくれた。
ビジュアルだけでなく人間的にも素晴らしい班である。俺、小林さんだけじゃなくて三人のために頑張るから!と心の中で勝手に誓ったのだった。
やはり途中で自分だけ出て行くのは気が引けたが、ムースが固まるまでしばらく時間があるので様子だけでも見に行く事にした。

保健室に向かう廊下を歩いていると、反対側から歩いてくる人影があったが、逆光で顔は見えない。
徐々に近付いていくとそれが目当ての人物であることが分かった。もう治療が終わったのか、手に包帯を巻いている。


「...サボりか?」

「んなわけないでしょう」

「じゃあなんでこんなとこにいるんだ?」

「...手、大丈夫かなって...」

「心配してくれたわけ?」

なんかそう言われると急に恥ずかしくなるのはなんでだろう。

「まぁ、そんな感じっす」

「たいしたことないから気にしなくていいぞ」

「本当?痛くないですか?」

「大丈夫だって、ほら」と手をひらひらさせる。

「よかった...」

「見舞いに来れる時間があるならちょっと付き合えよ」

「え、どこにですか?」
答えることなく歩き出す緒方に、訳もわからずついて行く。
しばらく歩くと自販機が並ぶ休憩室に着いた。

「ほら、」
ポン、とホットミルクティーの缶が手のひらに置かれた。

「ありがとうございます」
怪我させた上に奢って貰っていいんだろうか。

「おう」
隣にホットコーヒーを持って腰掛ける緒方。

「吉岡翔、だっけ?」

「そうです」
自己紹介したっけ?あ、名簿でも持ってるのかもな。一応今日は先生だもんな。

「二年だろ。てことは19ってとこか?」

「そうです。今年卒業なんで、もうすぐ二十歳になります」

「若いねぇ」

「緒方さんはおいくつなんですか?」

「今年28だよ」

「若いじゃないっすか、俺と9歳差か...」
どう考えても9年後に緒方の様になれるとは思えない。そう考えると物凄い人なんだなと今更実感する。


「俺だってその年の時はペーペーで、何をしてもダメだったよ」

「嘘だ、絶対そんなことない」

「ほんとほんと。上司にいつも『失敗したら全部責任持って食え!』って言われて本当に毎日失敗作食ってたぞ」
懐かしいな、と笑った。

「そうなんだ。あ、この年でもう働いてたんですね」

「高校卒業してすぐ就職したからな。全く知らない世界に入って、初めからできるわけないよ」

「そっかー。緒方さんでもそんな時代があったんですね。なんか嬉しいかも」
へへっと笑う。

「みんな初めはそうだよ。お前は就職どうするんだ?」

「一応ダメ元でオリエントホテルを受けるつもりでいます」

「なんでダメ元なんだ?」

「倍率めっちゃ高いんですよ。学生のうちからコンテストで賞取った人とかが過去に受かってるみたいなんで、俺レベルじゃ厳しいのかなって」

「そんなことないだろう。若林さんは実力主義ではあるけど、若い人材に関してはやる気を見てるはずだぞ」

「マジですか?頑張れば可能性あるかな」
若林さんとはシェフパティシエである例のおっちゃんである。たぶん入社試験にも関わるはずだ。

「うん。厳しいけど、頑張る若者が好きなおっさんだからな。まぁ、コンテストで賞取ると有利なのは確かだけどな」

「...ですよね」

「お前も出したらいいじゃないか」

「うーん。一応学校から出すのは出すんですけど、去年も全然ダメだったし自信ないです」

「さっきの元気はどこいったんだよ」

「いや、普段は元気だけが取り柄なんですけどね」
さすがに倍率が高過ぎて自信なんてあったもんじゃない。

「.....よし。お前にひとつ罰をやろう」

「はぁ!?」
今の話の流れで何で罰なんだよ。ちらっと緒方の顔を見るとニヤリと笑われた。

「俺の白魚の様な手を傷付けた罰を、だよ」

「どこが白魚なんですか。完全に職人の手でしょうが」

「うるさいな。じゃあ俺のゴッドハンドを傷付けた罰だ」

「.....何したらいいんですか」
傷付けたのは事実なので反論はできない。

「そうだな、お前バイトとかしてるのか?」

「いや、してないっすけど...」

「じゃあ週5だな」

「は?」

「しばらくの間、週5日俺の店に修行に来い」

「はあぁぁ?」

「平日学校が終わった後の4日と土日のどちらかは丸一日拘束だ。週休二日なんて俺様は優しいなぁ」
ふふふと悪い笑みを浮かべている。

「えー!鬼ですよ!死んじゃうよ」

「死なねえよバカ。俺が自ら扱いてやるって言ってんだ、ありがたく思え」

「鬼だ鬼!しかも俺様だし!」

「嫌ならいいぜ。うちの店で勉強しましたって言えば面接で印象良くなると思うのに、残念だな」

「ぐっ、」

「若林さん、うちのケーキよく買いにきてくれるんだよな。うまくいけば会えたりするかもな...まぁそんなに嫌だって言うなら...」

「働かせていただいてもよろしいでしょうか」

「...ん?」

「是非とも働かせて下さい」

「最後に緒方様っていうのが聞こえなかった」
ちら、と横目で見てくる。くそぅ。

「是非とも働かせて下さい、緒方様」

「.....そこまで言うなら仕方が無いな。じゃあ明日から来たまえ」

「ありがたき幸せ」



.....どうして?
なんでこうなるんだ?

結局こっちからお願いしたかのような立場になっているのは何故!?
一人で悶えていると、握りしめていた缶を奪われた。

「そろそろ行くぞ」
そう言って俺の残りのミルクティーを勝手に飲み干すとゴミ箱に捨てた。

「置いてくぞ」

「待ってください、緒方様」

「...さすがに普段使いにそれは微妙だな。....尊さん、て呼んでみな」

「...た、尊さん...?」

「...」
満足気に笑ったかと思うとすぐに背を向ける尊さん。あ、さりげなく呼んでしまった...。

「いくぞ、翔」

「...うっす」


あえて突っ込まないんだからな、ちくしょうめ。

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あきゅろす。
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