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sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
7
「さて、班ごとに席に着くように。今から緒方先生のレシピを配ります。ケーキとそれ以外の物の担当を決めて下さい、もちろん全ての工程を把握して協力し合ってくださいね」
田中先生がそう言いながら、レシピを前に座っていた水無瀬に配るように指示する。

手元に配られたレシピを見てみる。

手順やポイントを事細かく丁寧に書かれていて、緒方のこだわりが随所に見られる。この人は運や才能だけで有名になったわけではないのだと、たった一つのレシピだけを見ても否応無く分かってしまう。


この人のケーキは見た目も綺麗だけど、それだけじゃなくて何故か記憶に残るんだよな。

.....さっき食べたのも繊細で洗練されてるんだけど、どこかほっとする味だった。できるならもう一回じっくり味わって食べたいと思ってしまう。


「じゃあズコットは俺と翔でやろうか。それ以外のを女子でいいかな?」
「私たちはそれでいいよ」
「じゃあ俺も。お互いに協力し合って、一緒にできる所はするってことで」


時間が限られているので役割分担も簡単に済ませ、作業に取り掛かる。


ズコットっていうのは、イタリアのケーキだ。神父の小さな帽子を型どっていて、ドーム型になっている。そのなかにクリームとかナッツとかが詰められている。

緒方尊のズコットは、直径約8cmの小型の半円だ。半円の型を裏返した状態にして、そこにまず薄く焼いたジェノワーズを型に沿って敷き詰める。そして半分までフランボワーズのムース、間に薄いショコラを挟み残り半分にショコラムース、一番底にはプラリネノワゼットを混ぜ込み、タルト生地で蓋をする。固まったら型から外してジェノワーズにシロップを染み込ませ仕上げにショコラグラサージュをかける。
つるりとした表面に少し金箔を散らして完成となる。

俺はムースを、山口はジェノワーズ、タルト生地、プラリネノワゼットを作り始めた。

女子がクラスの3分の2を占めるので、みんなああだこうだ言いながら作業している。男子は黙々と自分の世界に入っている奴が多い。俺も山口も後者で、無言でひたすら作業を進める。普段とは違って結構授業は真面目だったりするのだ。

チョコレートを湯煎で溶かしつつ、メレンゲを泡立てる。
その横で山口もジェノワーズを仕込んでいる。

ふと目の前に影が落ちる。
見上げると緒方で、山口の手元を見て「卵の温度を一度計ってみて」と声をかけた。

二人とも真剣に作業していたのはいいが、夢中になり過ぎていたようで、声をかけられた山口はビクッとなった。

「は、はい!」
と返事をした声が思った以上に大きくて俺までビクッとなってしまった。怒られてるわけでもないのにビビり過ぎだな。

「そんなに驚かなくても」
緒方はクスッと笑った。

「.....」
不敵な笑み以外の笑顔を初めて見たかもしれない。
.....なんだ、案外優しい笑い方できるんだ。



「きゃっ!」
ゆうかちゃんの声が後ろから聞こえた。

振り返るとチョコレートを溶かしていた湯が沸騰してしまっている。さらに気泡が大きくなりブクブクと湯が溢れ出した。

「わっ!ごめ、危ないからゆうかちゃん離れて!」
慌てて俺はコンロの火を緩めようと手を出す。
でもそれは叶わなかった。

グイッと力強い腕で押しのけられ、一瞬で緒方によって火は消されていた。


「ばか!目を離すな!しかも火が強すぎるだろう」
大きな怒鳴り声に俺は恐縮し、周りも静まり返った。
だが怒られた事よりも、目線の先にある赤くなった彼の手に目が行ってしまった。

「す、すみませんでした!」
そう言うのと同時に緒方の手を取り、流しに引っ張って行き氷水につける。焦ってもこういうのだけは早いと言われる。

あまりの一瞬の出来事に驚いたのか、目を見開いた緒方はポツリと言った、「慣れてるな」と。今まで怒っていたのにどこかずれている。

「すみません。俺、怪我し慣れているもので」
「...自慢にはならないな」
「すみません」
「お前この一分間で何回謝るんだ、もういいからチョコレートをもう一回やり直せ」

悲惨な状態のコンロに目をやると、チョコレートに湯が入ってしまっていて使い物にならなくなっていた。

「...すみません...」
「次は失敗するなよ」
額を軽くぺちっと叩かれた。
「いて、」
上目で見上げるとまた優しい顔をした緒方がそこにいた。

「じゃ、次の班行くから」

背中を向けるとあっさり行ってしまう。


.....やばい。何なんだ。
なぜだか顔が熱いんですけど。












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