sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
5
あれから悶々としたまま二限目を終え、ただ今食堂である。
俺は疲れていた。そりゃもうクタクタに。
くそぅ、こんなに食欲がないというのに、なぜ俺はメニューを見ずに日替わりA定なんぞ頼んだのか。
今日に限ってチキン南蛮とかおばちゃん鬼だね...普段なら嬉しさのあまりおばちゃんに今日も綺麗だね、とウインク付きで言っちゃうくらい好きなんだけども。
「翔、お前なんであんなに緒方さんに睨まれてたんだ?」
「いや、俺がの方が聞きたいよ」
「睨まれてたのに餌付けされてたし、よくわかんねぇな」
「餌付けって。何故か口にぶち込まれたが、意味がわからん」
「そう言えば、お前が口に突っ込まれたのって、あの人の出世作だぜ」
水無瀬は茶をすすりながら言った。
「は?水無瀬ってばあの一瞬でなんでそんなことわかんの?」
「俺は密かな緒方ファンだからな。二限目の前に授業の最後に食べさせてもらえるケーキが実習室に運ばれてたんだけどさ、その中にle souvenir(ル スヴニール)が一つだけあったんだよ。でも、何故かそれだけ別に緒方さんは分けて置いていたんだよな」
...観察しすぎだろ。お前がそんな事を考えてる間俺は何してたんだろうか。いかん、全く思い出せん。
「る、すぶに...?なにそれ」
「お前なぁ...まぁ出世作とはいえかなり昔の話だからな。さっきお前が口に突っ込まれてたやつの名前だよ。そのケーキが緒方さんのフランスに渡るきっかけにもなったらしい。ただ.....」
コトリ、と湯のみを机に置いて言葉を止めた水無瀬。
「ただ?なに」
「今日持ってきてた他のケーキは全部店で出してる物なんだけど、le souvenirだけは滅多なことじゃ作らないって噂で、店にも並んだことないはずなんだよな」
「はぁ?それなら見間違いじゃないの?」
「いやいや、たぶんそうだと思う。緒方さんのケーキでピラミッド型のチョコレートケーキは他になかったと思うんだよな」
「お前がそこまで熱狂的な緒方ファンだったとは...」
何よりお前に勉強熱心な一面があったことに驚きだが。
「しかしなんで翔に食わしたんだ?しかもあんな雑に」
「知らないよ。確かに雑ではあったし、何故か『あ〜ん』されるし」
「謎すぎる...」
難しい顔をしながら俺のチキン南蛮を口に運ぶ水無瀬。なかなかシュールな図である。
......ん?俺の、俺のチキン南蛮やん!
「ちょっとっ、みーたん返してよ!アタシ最後の一切れを味わうためにたっぷりタルタルを残してたんだからっ」
「残念、もう食べちゃった」ほれほれ、と空っぽの口の中を見せられる。
くぅ、腹立たしいやつめ。しかし食欲ないとか言いながら結局完食してしまった。チキン南蛮の旨さは万里を超えると思う。
「翔ちゃん、あと10分で実習始まるぞ」
「いかん、準備しないと。遅れたら田中ちゃんに殺される!」
そこからの行動は目にも止まらぬ速さだった.....自分的に。
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