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時雨 ーseasonable rain ー
6
「石田ちゃん、モヒートね。ウサちゃんはペリエ」
カウンターにくし切りのライムの入ったグラスとグリーンのビンが置かれた。ペリエは炭酸が強くてスッキリするから、いつもマスターは俺の調子が悪そうな時は決まってこれを出してくれる。

「雪村ってさ、前の会社で凄かったらしいぞ」
ライムとミントの葉をマドラーでクルクルとかき混ぜながら言う石田。

「営業成績が?」

「うん。F製薬って数年前に合併した所だっただろ?その合併の直前に雪村は吸収された方の国内製薬会社の方の新入社員として入社したばっかりだったらしいんだよ」

「え、それじゃ立場めちゃくちゃ弱いじゃないか。しかも新入社員じゃ穀潰し的な扱い受けそうだけど」
吸収合併の場合、どうしても吸収した側の会社が優位であり、幹部もそちらを中心に形成されてしまうのは仕方が無いことだろう。その場合吸収された側の人間は役に立たなければ出世どころの話ではない。

「それがとにかく勉強熱心で、ベテラン並の知識量を身につけてるらしい。しかも努力家で小さな診療所をひたすら自分の足で回ったらしい。それだけならまあ新人として当たり前の事だけど、マメさが半端ないらしいよ。そこにあのルックスだろ?まさにMRになるために産まれてきたんじゃないかって課長が言ってた」

「へぇ、意外と努力家なんだ」

「それで完全に出世コース決定だったのに、ナゼかうちに来たわけだ」

「なんでだろうね?外資系は不安だったとか?」
安定感でいえばやはり国内の製薬会社であると思っているとか。だとしたらあんまり面白味の無い男であるが。

「いや、あの実力なら外資系だろうがなんだろうが生き残るだろうし、給料面では向こうの方が良さそうだろ」

「でも引き抜きが掛かったんならこっちの方が多いだろう?」

「まあそうだけど、引く手数多だったらしいぞ?あえてウチじゃ無くても一杯あるだろ」

「...確かに。ウチを選ぶ理由は良く分からないな」
うちの会社は大きい方ではあるが、国内最大手というわけでもないし、外資系に比べると会社の体質は旧いので自由度は低いだろう。

「だろ?まあ何にしろうちの出世頭になることは間違いなさそうだ。でも結城先生が気に入るかがあの病院じゃ一番重要だからな」

「結城先生の奥さん、院長の娘だからなぁ」

「あの人もしたたかな人だよ」

「頭がいいんだよ。奥さんの扱い上手いし、副院長になるのも時間の問題だろうな。でもあそこの病院にはもう一人重要人物がいるぞ」
フワリと揺れるロングヘアと独特の甘い匂いが思い出される。

「俺あの人苦手だわ...」
石田がべーっと舌を出す。

「お前なんか数度しか会ったことないだろうが。俺なんて毎回絡まれてるんだぞ」
思い出すだけで頭がクラクラする。

その重要人物とは女医、衣笠麗子のことである。衣笠総合病院の院長の姪で内科部長。とにかく面倒な女なのだ。

「あの人かなり美形好きだから、雪村君大変そうだな...」

「宇佐、今自分が楽になるじゃんラッキーって思っただろ?」

「え、ばれた?」

「お前毎回口説かれてるもんなぁ。マジでそのうち襲われそう」

「冗談じゃない。あの人に襲われたら本当に骨まで食われそうだよ」
つい半月前に病院に足を運んだ際に、これでもかというくらい触られ、胸を押し付けられたのを思い出す。本当にあれは俺に対するセクハラだと思う。

「明日から一緒に回るの?」

「あ、明日は木村から雪村君に引き継ぎがあるから俺は一人で得意先回り。週明けからだなペアで営業に出るのは」

「木村、ちゃんと引継ぎできるのかな?」

「それは俺も凄く心配だけど、いつかはやらなきゃいけないことが少し早まっただけだからな」

「毛を逆立てて雪村に噛みつかなきゃいいけどな」
石田が面白そうに言うもんだから、想像してしまったじゃないか。

「その時は責任を持ってお前が間に入ってくれよな」

「おう、任しとけ!」

「...それはそれで心配だ」
頭を抱えると笑いながら肩を組む石田。まぁこいつはおおらかさに関しては右に出るものはいないので大丈夫だろう。

グラスの中では炭酸が弾けた。
一気に流し込むと、少し気の抜けた炭酸が喉に心地よかった。

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