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月明りで照らして
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「これを見る限り、前回の検査からは大きくは変化してないね。だから前回と同じ薬を出すから続けて飲んでね。あとどうしても梅雨に入ると咳が出やすくなるから、咳止めと塗り薬も出しておくね」

「ありがとうございます」

「一応精密検査は次回にしようと思うんだけど、二週間後に来られる?」

「ペース早いですね...」

「当たり前です。ゆっくりでも確実に進むんだからマメに調べておかないとね」

「...はい。じゃあ二週間後でお願いします」

「じゃあ金曜日に予約入れておくね」

「はーい」

「ん、じゃあ院長に電話しようか」

「もう用事終わりましたかね?」

「元々用事なんてないでしょ、ネタ切れで困ってるくらいだと思うよ」
PHSで電話帳を検索しながら先生が言う。

「え、用事あるって言ってたのに...」

「あー、あれはつむぎ君のための嘘でしょう。雄大君がここに一緒に来るのを見かけて引き離したんだと思うけど」
ちょっと待ってね、とPHSを耳に当てながら増田先生はウインクした。

父さんてば...いつもふざけてばかりいるけど、肝心な所はちゃんと見てくれていたりする。今頃爺ちゃんと雄大に囲まれて疲れ果てているかもしれない、そう思うとめちゃくちゃ可哀想になってきた。


「はい、じゃあ15分後に」
そう言って電話を切ると増田先生は立ち上がった。

「つむぎくん、今から僕は着替えてくるから先にロータリーの方に行っておいてくれるかな。有安がもういるはずだから」

「え、有安先生が?」

「うん、一緒にさっき院長に誘われたってメールがあったから。15分後にみんなロータリーに来るからそれまではあいつと話でもしておいて」
じゃあねと急ぎ気味で部屋を後にする。待たせては申し訳ないので俺もすぐに部屋を後にしてロータリーに向かった。



「有安先生!」
ロータリーで愛車のビートルに凭れかかった先生を見つけて手を降る。

「お、検査終わったの?早かったね」

「はい、意外と早く終わりました。お待たせしてすみません」

「いや全然待ってないから、気にしないで」
にこっと笑う先生だが、空になった缶が二本足元に並んでいて、待っていた時間を物語っている。

「どうせ車で移動だから先に乗っとく?」
「あ、はい。俺、先生の車に乗せてもらっていいんですか?」
一台では無理だろうから父さんが自分の車で来ると思うのだが...。

「うちの狭い車で良ければぜひ」
助手席のドアを開けてエスコートされる。女の子なら絶対落ちるね。
俺が乗り込むとドアを閉めて、空き缶を捨てにエントランスの方へと行ってしまった。

ビートルは確かに広くはないけれど、丸いフォルムと可愛らしい内装が好きだ。先生の性格を表すかのように、無駄なものは無くてすっきりしている。

「お待たせ。そこで院長に会ったんだけど、近くのイタリアンに行くらしい。僕ら二人で先に行っておいてってさ」

「そうなんですか、じゃあ先にお茶でもしておきましょうか」
たぶん昔からよく父さんが連れて行ってくれる店のことだろう。近いので迷うこともなさそうだ。

車を走らせながら先生とたくさんの話をした。初対面とは思えないほどに不思議と会話は弾んだ。

「つむぎくんて物静かそうなのに、意外とよく話すんだね」

「そうですか?周りが騒がしいのが多くていつもこんな感じですよ」

「そりゃ楽しそうだな、俺が学生の時も煩いのがいたなぁ。今思うと懐かしいな」
思い出がたくさんあるのか、前を見ながら笑う。
「有安先生って桐林の生徒会長だったんですよね?」

「よく知ってるねぇ。そうそう、増田先生の次の代の会長だったんだよ俺」

「なんだか想像しただけで楽しそうですね、その時代...」

「まぁいろんな意味で楽しかったよ。トラブルメーカーもいたけど、増田先生が恰好付けて守ってくれちゃったりしてさ」

「えー!意外すぎる!増田先生ってそういうタイプじゃなさそうなのに」

「そう?なんか高校時代ってさ、その時にしかない独特の世界だろ?たった一つの年の差がすごく上に感じたりして。あの時は増田先生は俺達の学年から見たらカリスマって感じだったんだよ」

「へぇ。増田先生男前だし人気あっただろうな」

「もう凄かったよほんと。でもさ、あの通り意外とナイーブだし結構優しいんだよ。晴れた日はいっつも屋上で待っててくれてさ」

「屋上デート?なんかいいな」

「はは、つむぎ君なら今もできるじゃない。よく屋上の貯水槽の陰でキスとかしてさー」

「えー!なんか想像しちゃいました!」

「あはは!今度つむぎ君もやってみてよ」

「えー、無理ですってー」

「そうなの?男同士とかダメなの?」

「や、ダメとかじゃなくて、恋人とかいないですから」

「そうなんだ、好きな人は?」

「好きな人.....」
そういえば中学に入った頃は恋だの何だのよくナリと話してたけど、高校に入ってからは自分に精一杯で考えたこともなかった。

「高校に入ってからは考えもしなかったかも」

「えー!高校が一番そういうので頭が一杯な時だろうに」
確かに言われてみればそうである。世の中の高校生にとって青春イコール恋だろう。

「頭が一杯...」
「今、つむぎ君は誰を思い浮かべた?」
「え?俺?」

誰を...

そう言われても、常に自分の中の最優先は雄大なのだ。それが恋かと聞かれると、そんな甘い砂糖みたいなものではないと思うのだけれど。

「.....や、それは恋とかじゃないだろうし」
頭の中の雄大を打ち消す様に自分の髪をぐしゃりと掻き回した。

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あきゅろす。
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