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月明りで照らして
9
どうしよう...。

歩きながらどうすればいいか考えるが、いい考えなど浮かぶわけもない。焦れば焦るほど時間が早く感じるのは何でなんだろう。そして今も例外なくその状況だ。

「...もう着いちゃったし」

「入らないの?」
扉を前にして固まっている俺を見れば当然そう思うだろう。入らなければいけないのは分かってるんだけど、どうしようか。

「雄大、あのさ...」
どう切り出すか悩みながら口を開いた時、パタパタと足音が聞こえた。

「つーむーぎー!」
うるさい。耳を塞ぎたくなるほどの大音量。病院では絶対NGな程の騒音だが、この時ばかりは天の助けに思えた。

「父さん...婦長さんに怒られるよ」
勢いよく抱きついてきた父さんにそう言うと、今度は頭に頬をグリグリと押し付けてきた。

「いいのー、ここではおれが法律だから」

「何言ってんだよ。常識もないのかここの院長は」
同族嫌悪なのかとにかく父親には厳しい次男だ。

「で、何か用事?もしかして増田先生?」

「あ、いやいや。俺が用があるのは雄大だよ」

「はぁ?なんで今なの」

「いいじゃないかすぐ終わるし」

「じゃあ食事の時でいいだろ」

「いや、今じゃないとダメ。爺さんが用があるんだってさ」

「...わかったよ」
爺様の言うことは誰も逆らえないので渋々了承する。

「じゃあつむぎ、父さんがいなくて寂しいだろうけど診察頑張るんだよ!増田先生に厳しく言われたら告げ口しなさいね」


「だーれーがー厳しいって?」
ガラッと扉が開くと般若の如く眼鏡の奥の目が釣り上がった増田先生が出てきた。

「ひぃ!ごめんなさい!」

「ったく。私が厳しいのは院長にだけですから。全く声がでかいわ、息子に激し過ぎるスキンシップを強要するわ、人の悪口言うわ...説教されたいんですか?一時間でも二時間でも正座してくれていいんですよ?」
あぁ?と斜め下から眼光鋭く睨みつける増田先生に、いつの間にか父さんは敬礼していた。

.....あなたこの病院のトップでしょうが。

「とにかくつむぎくんと話しますから、あんたら二人はさっさと行く!終わったら携帯鳴らしますから、ロータリーで待ち合わせ。以上。それでいいですか?」

「あの...」

「意見は聞きません。早く行きなさい」
父さんの言葉は思いっきり遮られ、増田先生は俺の背中に手を回して中に入れた。

「父さん後でね」
一応声だけ掛けると「つむぎ〜」と情けない声が聴こえたが、どうやら雄大に引っ張られて行ったようだ。


「お騒がせしました」
丸椅子に座って先程の事を謝ると笑われてしまった。

「はは、気にしなくても大丈夫だよ。あの人昔からあんな感じだから慣れてるしね」
くくく、と笑いが収まらないようで目に涙が溜まっている。

「昔からあんなに騒がしいんですか...」
それってどうなの?雄大と似ているのは見た目だけだよなぁ。

「いや、昔から好きな子に対してだけはあんな感じだったんだよ。...たぶん好きでたまらない人に対しては自然にそうなっちゃうんだと思うよ」

「俺のことを好きでたまらない?」

「そうだね。もう目にいれても痛くないくらい可愛くて大好きなんだと思うよ」

「...先生...」

「うん?」

「...父さんはさ、母さんのこと好きだったのかな?」

突然の質問に驚いたのか、先生は一瞬目を見開いた。でもすぐに目元を細めて笑うとこう言った。

「愚問だね。昔から好きな子にはああだって言っただろう。それって後にも先にもつむぎ君と加奈子さんだけだよ」

「母さんにも?」

「そりゃもうすごかったよ。加奈子さんとデートの時なんて終始デレデレ。加奈子さんはほんわかした人だったから笑ってたけど、見てる方が恥ずかしいくらいだったよ」

「そっか、そうなんだ...良かった」
母さんはちゃんと愛されていて、幸せだった。それだけ知ることができてほっとした。

「つむぎ君は詳しいこと知らないんだよね。俺がでしゃばって話すような事でもないけど、これだけは言えるよ。二人は愛し合っていたし、結婚したかったはずだって」

「...叶わなかったけど?」

「そうだね。どこでどうボタンを掛け違えたのか、加奈子さんは麻生先輩の前から突然いなくなってしまったんだよ」

「っ、だから父さんはそれからずっと探してたって事ですか?」

「うん。色々あって幼馴染の瞳さんと結婚したけど、それからもずっと探してたみたいだね」

「あの時、やっと見つけたんだ」
母さんの病室で初めて会ったのは、やっとの思いで探し当てた時だったんだな。

「さて、二人の内緒話はこの辺にしておこう。きっと続きは麻生先輩に直接聞いたら答えてくれるよ」
検査結果の話をしよう、そう言ってレントゲンに目をやった。




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あきゅろす。
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