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月明りで照らして
5
「いちご飴食べたいな」

夏祭りの屋台はなんでもおいしそうに見える。中でもいちご飴は上掛けの飴がキラキラと光っていて思わず足を止めた。
「買う?」
「うん、でも一人はちょっと恥ずかしいから一緒に買おうよ」

中学生にもなった男が、一人でいちご飴を食べる図は結構シュールだろう。

「えー、俺あんまり好きじゃないんだけどな」
文句を言いながらも、結局お願いを聞いてくれるのはいつものことだ。

ーー そういえば、夏休みに家に帰ってきて何か違和感を感じると思ったら、いつの間にか雄大が「僕」から「俺」に自分の呼び方を変えていたのだった。なんだか無理に言っている感じが少し可愛い。
そういうのが流行る時期なのだろうか。


「すみません、りんご飴といちご飴を一つずつください」
「はいはい。お、僕たちはお友達かな?」
気の良さそうな店のおじさんが手際良く袋に入れながら話しかけてくる。

「いえ、僕らは兄弟です」
「そうかぁ、あんまり似てないからてっきり友達かと思ったよ、ごめんね。二人とも浴衣が涼しげでいいね」
「ありがとうございます」
「特に君は白地に淡い菖蒲の浴衣がよく似合ってるよ。花火に映えそうだ」
「本当に?でもこの柄、ちょっと女の子っぽいかな?」
「はは、そんなことないよ。下手な女の子よりべっぴんさんだけどね。祭り楽しんでね。はい、お待たせしました。ありがとうね」
「どうも」

飴を受け取って隣を見ると、いたはずの雄大がいない。
振り返ると先に河原に向かって歩き出していた。


「待ってよー先に行くとかひどくない?」
カラカラと下駄を鳴らして追いかける。慣れないので歩きにくい。

「だって遅いし、花火はじまっちゃうよ?」
ほら、と指差す先には花火を見るために足早に歩く人、人、人。

「ほんとだ、急がなきゃ...」
人混みの方に足を向けると浴衣の袖をツンと引かれた。

「こっち、人混みは嫌いだから」
こっちとは河原のことらしい。

ついて行くと河原には腰掛けた人がちらほら。少し遠いが目の前に遮るものがないので静かに見られるようだ。
横並びに座ってイチゴ飴をカリカリと齧っていると、すぐに花火の始まる時間になった。

「雄大、見て!」

ドーン!
大きな音と共に一発目の花火が上がった。
思ったより近くに見える。

次々と上がる花火は鮮やかで、足を前に投げ出して上を見上げると圧巻だった。


「ねぇ、雄大」
隣を見るとこちらを向いていた雄大と目が合った。

ドーン...

「ほら見て、雄大!」
ちょうど俺の一番好きな花火が上がったので嬉しくなって指差す。

小さい時から枝垂れ柳が一番好きだ。
連続して上がる色鮮やかな花火が空を埋め尽くすのもいいけれど、枝垂れ柳のゆっくりと空中で咲いて、惜しむように消えてゆく姿は寂しげで、まだ消えないで欲しいと願ってしまう。

綺麗だな.....

ゆっくりと空から消えてゆく花火を見ていると言葉を紡ぐ事も忘れてしまっていた。

ドドーン...

次に上がった大きな花火ではっとした。花火も終盤に入りクライマックスの大型のものが次々と上がる。

「ゆう...」
隣を向くと空を見上げる雄大の顔が、花火で明るく照らされていた。その顔がどうしようもなく泣きそうで、言葉が続かなかった。


どうしたの?
何を考えてるの?
なんでそんなに悲しそうなの?


兄弟になってからこんなにも離れていた事がなかったせいで、急に大人びたように見えたり、今にも潰れてしまいそうに脆く見えたりする。
ぽっかりと空いた空白を埋める術が見当たらない。

俺は自分なりに我武者羅に新しい生活に慣れようと努力していたけど、大切なものを忘れていたのかもしれない。そのくせいつも雄大の事を分かっているような気でいたなんて傲慢だよな。

欲しいものを欲しいと言わない雄大。いつも色んなことを一人で我慢してるんだろう。

空を見上げていた瞳は、花火を映したままこちらに向けられる。

花火のせいなのか、光で揺れる瞳はどこか強がっているように見えて思わず抱きしめた。

「つむぎ...?」
「もっと俺にはワガママ言っていいんだよ?」
「え...」
「学校が忙しくてあんまり連絡できなかったけど、会った時くらい思いっきり甘えていいから...寂しかったよね、ごめんね」
そう言うとぎゅっと抱きしめ返された。

「一人はもう嫌だ...」
「そうだね、俺も嫌だよ。ずっと兄弟で一緒に居られるように、今頑張ってるからね」

俺の浴衣を握る力は少し強くなったが、それから雄大は言葉を発しなかった。


最後の花火が消えたのを合図に、手を繋いだまま川沿いを歩いて家まで帰った。


久しぶりに繋いだ手は温かくて、一人じゃないって教えてくれる。気がつくと手の大きさもほとんど同じくらいになっていた。

たった数ヶ月離れていただけで、今までよりずっと大人びた表情をするようになった。

あと数年もすれば、あっという間に身長もなにもかも追い抜いていくんだろうな。俺が勝てるものなんて年齢くらいになりそうだ。


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