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月明りで照らして
大切なもの
窓から見える景色はゆっくりと流れていく。

学園を出てしばらくは山道で、木漏れ日が深い緑から差し込んでキラキラと眩しい。
後部座席の窓にべったりとくっついていると運転席から声がした。


「窓、開けていいからね」


バックミラー越しに目が合う。
学園まで迎えに来てくれたのは父さんの病院で働いている有安(ありやす)先生だ。会うのは初めてだけど増田先生の話に度々出てくるので初対面の気はしない。


サラサラの黒髪はショートよりは少し短めで、爽やかで優しげな顔はとても39歳には見えない。増田先生といい有安先生といい、年を言わなければ20代か30代前半に見える。
正門で先生の愛車のフォルクスワーゲンの黄色いビートルに凭れて待っていてくれたのだが、俺が女の子なら絶対に落ちていたと思うくらいに恰好良かった。


「二人ともはじめましてだよね。院長からいつも話を聞いてるよ」

「俺もです。いつも増田先生から話を聞いてるから、先生に会うの初めてじゃないみたいですけど」

「増田先生ってば俺の話してるの?やだなー絶対変なこと言ってそう」
はは、と目を細めて笑うとさらに幼く見える。

「いや、いつも嫌味なくらい惚気てますよ」

「げ、じゃあバレちゃってるのか」
ニッと笑う顔は全然嫌がってはいない。

有安先生と増田先生はうちの高校出身の先輩で、更に恋人同士だ。


桐林の中では同性愛は当たり前に受け入れられているが、俺が思うに閉鎖的な空間が生み出す特有のものなのだ。
卒業までの仮初めの関係であったり、刹那的な感情に流されているだけの者が多い。だから卒業した後は皆それぞれ異性と恋をしたり、許嫁と結婚させられたりして高校時代の恋人とずっと続いているのは非常に珍しい。

増田先生と有安先生は高校時代は付き合っていなくて、お互い好きでずっと離れても忘れられずに医者になってから付き合ったらしい。
そういう強い絆って凄いと思う。

みんないつかそういう相手に巡り会えたらいいのに。

周りの環境とか、性別だとか、そんなものに左右されないくらい強い絆で結ばれる相手に。


窓を開けると春の心地良い風が頬を撫でる。


「つむぎ君は加奈子さんにとても似てるね」
有安先生が視線を前に向けたままこちらに話しかけてくる。

「先生は母さんのこと知ってるんですか?」

「直接会ったことはないんだけどね、ちょうど俺が院長にこの病院に来ないかって誘われた頃に加奈子さんが見つかったらしくて、写真を見せてもらったり話を聞く機会はあったんだ」


なんとなく先生の「見つかった」って言い方に違和感を覚えて聞かずにはいられなかった。


「見つかったって?」

「ん?ずっと捜してたみたいだけど、やっと見つかったのに再会できたのは病院に入院した時だったって...」

「捜してた...んだ...」


「...父さんはさ、母さんや爺ちゃんには隠してるつもりだったみたいだけど、ずっと一人で加奈子さんを捜してたみたいだよ」

車に乗ってから一言も発していなかった雄大が口を開いた。

「そうなんだ.....俺、全然知らなかった」

「加奈子さんが最期に入院していた病院は、院長の大学時代の同期の実家だったらしい。大学の頃二人は付き合ってたみたいで、加奈子さんが運ばれてきて思わず院長に連絡したみたいだね。加奈子さんは院長を頼る気はなかったみたいだけどね」

じゃあ俺が初めて父さんを病室で見た時、父さんはやっと母さんに会えたってことだったのか。

ずっと探してたってことは、母さんは父さんに捨てられたわけではないのかな。
眉間にシワが寄っていたらしく、雄大にグリグリと押された。

「なに難しい顔してんだよ、俺もあんまり詳しくは知らないけど、父さんはずっと加奈子さんやつむぎに会いたかったはずだよ」

「え?」

「俺さ、つむぎを初めて見たのは父さんの書斎なんだよな」

その時を思い出しているのか腕組みをしたまま上を見上げている。


「『noeud(ヌー)』って写真集だよ。もちろんそれが自分の兄だなんて知らなかったし、父さんも加奈子さんがきっと違う人と結婚して子供が産まれたんだと思っていたと思う。はっきりと年齢とか書いてないし、俺と年は近そうだけどつむぎはちょっと小さく見えたしな」

「...そうかな、標準じゃないの?」
ちょっとムカつく。雄大が大きめなだけだと思うし。

「その写真集を集めだしてからは捜すのをやめたんだ。多分加奈子さんは捜して欲しくないんだって思っていたんじゃないかな」

「じゃあなんで引き取るって言ったんだろう」

「院長はね、初めてつむぎ君本人を見た時、雄大君と似てるって思ったんだって」

「「 どこが?」」

お互いにそれは無いだろうと顔を見合わせる。
全然タイプが違うと思うんだけど。


「そういうとこじゃない?」

と笑われた。


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あきゅろす。
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