月明りで照らして
3
デザートはみかんゼリーだった。具たくさんのやつだ。
幸せ、とゼリーを頬張っているとカシャ、と撮られた。
不意打ちっていうのはする側だから楽しいんだよね。されるのはやっぱり嫌なもんだ。
「それ本当に好きだね」
「うん。幸せ」
さりげなく更にシャッターを切る。
現像した時にヘラヘラした自分の顔が出てくるっていうのはどうなんだろうか。
「そうだ、週末に父さんに会うよ」
ゼリーを食べ終わり、ふと思い出したことを口に出す。
「え、なんで」
明らかに不満そうである。
「退院したばっかりだから増田先生に様子見せるように言われたからさ。そしたら先生と父さんとごはん食べようって言われた」
増田先生は告知をした先生だ。三年前から俺の担当医をしてくれている人なのだが、元々父さんとは医大時代からの付き合いで仲がいい。
俺もたまに食事に誘われる事がある。
「一緒に行く」
「いや、行ってどうするんだよ」
「どうもしないけど行く。決めた」
こうなると聞かないのは目に見えている。かなり頑固なのだうちの弟君は。
「わかった。土曜日の午前中に出るからね」
「わかった。部屋に迎えに行くから時間が決まったら教えて」
「はいはい」
「外泊届けを出しておくね」
「えーっ、日帰りのつもりだけど」
「久しぶりに帰るんだしゆっくりしようよ」
「うーん。じゃあついでに買い物もゆっくりしようかな」
「それいいね。たまには服を見たいな」
楽しそうに言っている雄大。父さんもついてくると言いそうだな、と思うが可哀想なので口にするのをやめた。
気が付くと時計は8時を指していた。
じゃあ土曜にね、と言って部屋を出た。
送ると言われたが部屋は6階なので断った。
寮の部屋は1、2階は一年で3、4階が二年、5、6階が三年となっていて、毎年4月に部屋が変わる。
とはいえルームメイトは基本的に変わらないので一年の時から悟が同室だ。去年は彼が生徒会に所属していて個室を与えられたため、俺は二人部屋を一人で使っていた。
まぁ一人が好きではないから、結局悟や雄大の部屋に入り浸っていたのだけれど。
そして春休みのうちに6階へ引越しをして、また二人部屋に戻ったのだ。
「ただいま」
「おぅ、お帰り」
部屋に戻ると風呂上りなのだろう、頭をガシガシとタオルで拭いている悟がいた。髪が痛みそうだ。
こういう雑な所は体育会系っぽいんだよな。
「ごはん雄大の所で食べてきた」
「うん。そうなるだろうと思って、俺も食堂で後輩達と食べてきたよ」
「久々の部活だもんな。後輩達喜んでただろ」
「どうだろうな。ビシビシしごいてきたからなぁ」部活の事を思い出して笑う。
「俺も明日久しぶりに顔出そうと思う」
「写真現像するのか」
「うん。結構溜まってるんだよね」
「じゃあクリスマスの時に、千秋と三人で撮ったやつもあるかな」
「あるある。あの時の千秋のトナカイのコスプレ、リアルすぎてキモかったよね」
「そうそう。あいつ本当に気合入れる所間違ってるからね」
「千秋と悟の分も焼き増ししないとね」
「まともな写真とは思えないけどな」
思い出すだけでまた笑ってしまった。
聖なるクリスマスに男が三人で何してるんだと思われそうだが、プレゼントだって一応交換したのだ。三人なので自分以外のどちらかのプレゼントが当たるわけなのだが、俺のは千秋に当たり、悟が当たったのは千秋の選んだ物だった。開けてびっくり中身はまさかの参考書。
あいつはコスプレのために時間を割きすぎてプレゼントを選ぶ時間がなかったらしい。本当に馬鹿だ。
その時の悟の呆れた顔と、千秋のバツの悪そうな顔を俺は笑いながら撮った。笑いすぎてブレてるかもしれないな。腹筋がピクピクしてたしね。
そしてその後三人でそれぞれのプレゼントを持って記念撮影をした。
千秋はトナカイ、悟はサンタ、そして俺は何故か千秋の用意した小さなサンタ帽がくっついた猫耳と猫の手グローブだった。
三人で肩をくっ付け合いながら、セルフタイマーに何度も失敗しながら撮った写真は見るたびに思い出が蘇るだろう。
それは告知の一ヶ月前。
何も知らずに心から笑っている自分の顔はどんな風なんだろうか。
心から楽しいと笑っているのだろうか。
馬鹿みたいに笑った顔だけが人の記憶に残ればいいのに。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!