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月明りで照らして
2
ポーン、

エレベーターが7階に着いたことを知らせる。


一番奥の部屋の前で足を止めると、二回ノックしてドアを開ける。俺が来るのが分かっている時は鍵を開けてくれているからインターホンを鳴らすことは滅多にない。


「お、いい匂い」
ふわっと甘辛い匂いがして食欲をそそる。

「もうできるから座ってて」

奥のキッチンから黒いエプロン姿の雄大がひょこっと顔を出す。

通常二人で使う広さの部屋を生徒会役員は一人で使うためキッチンも奥に区切られていて贅沢だ。


最近あまり食欲がないのだか、雄大と悟の作る食事は進む。二人はそこら辺のシェフより美味しい物を作ると思う。俺の好みを熟知しているせいもあるのだが。


ソファに腰掛けると、カメラを出してフィルムの入れ替えをすることにした。取り出したフィルムは明日写真部の暗室を借りて現像しよう。

入れ替えを済ませると、カメラを手にしてこっそりキッチンに近づく。
料理をしているくせにやたらとクールなのは逆に笑える。こんなに菜箸が似合わない人間もそういないだろう。

カシャ、

「うわっ」

シャッター音にビクッとした所をもう一枚。

「つむぎー」
不満げな顔でこっちを見てくる。
びっくりした顔を撮れたので俺は満足だ。

「ふむ、今日は肉じゃがとほうれん草のおひたし、それにワカメと豆腐のお味噌汁か。」

肉じゃがは大好きだ。でもほうれん草はあんまりだ。絶対貧血対策のためにメニューに入れたんだと思う。

「今ほうれん草やだなーって考えたでしょ」

「ばれたか」

「これ完食しないとデザートはお預けだからね」

ちっ。

「舌打ちしてもダメだから」

そう言いながら皿に持ってテーブルに並べる。ダイニングテーブルはさすがに置いていないので、テレビの前のローテブルだ。

「いただきます」
「めしあがれ」

味噌汁から口をつける。いつも手間だろうに出汁からとっているそれは優しい味だ。

「うま」
美味しいものを食べると自然と笑顔になるのはみんな同じだろう。

「桜、まだ咲いていた?」
肉じゃがを取り分けながら雄大が尋ねる。

「ちょっとだけ。半分は葉桜だった。でも散る所もキレイだからつい撮るのに夢中になってた」

「現像したら見せて」

「うん。明日久しぶりに写真部に顔を出してくるよ。溜まってるフィルムの現像もしたいし」

「そう。じゃあ吉岡に教えてやらないとな。あいつつむぎにやたらと懐いてるからな」

「俺も久しぶりに会いたいよ」

「.....」

あれ?何か変なこと言ったかな。急に無言とか怖いんだけど。

「たまには俺にもそう言って欲しい」

「は?何を?」

「春休みの間会わなかったのに、俺には一言も会いたいなんて言わなかった」

なんじゃそりゃ。ヤキモチですか?
可愛すぎやしないかい?

「うー。お兄ちゃんを悶え死にさせたいのか?もーっ、可愛すぎるよー」
頭をぐりぐり撫でまくる。髪がぐちゃぐちゃになったけど許して欲しい。


「はぁ。何にも分かってないんだから」
諦めたように言われる。

「いやいや、会いたかったに決まってるだろ。本当に連絡しなかったのは悪いと思ってるから。」

「うん」

「吉岡はもう半年会ってないしさ」

また午前中のことを蒸し返されたくないので話を吉岡に戻す。

「そうだな。あいつも生徒会に入ったからあまり部活に顔を出せてないみたいだし。久しぶりに行きたいって言ってたよ」


吉岡 爽 (よしおか そう)は雄大の親友だ。今期の生徒会会計でもある。
元々部活に属さず気が向いた時だけ写真を撮っていた俺を写真部に誘ったのは彼なのだ。
とはいえお互いそんなに活動をしていない幽霊部員なのだが、他の部活と掛け持ちする生徒もいるため、暗室を使いたい時やコンテストの前だけの活動でも特に問題はない。


「久しぶりにポートレートでも撮ろうかな」

「あ、カメラ持って来てたよね、俺にも一枚撮らせてよ」

「えー。自分が写るのはあんまり好きじゃないんだけど」

「さっき勝手に俺のこと撮った人が何を言う。デザートが食べたかったら撮らせること」

「うー。...わかった、ご飯食べ終わったらね」


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