小説『Li...nk』
5...
国に入ると直ぐそこには街が広がっていた。
こんな辺境にも関わらず、人も多く、家も軒を連ねていた。
今は閉店の準備をしているが、辺境の街にしては十分過ぎるほど商店も並んでいる。
「今日はもう遅いし、この辺で泊まろう」
「あぁ、そうだな。夜に訪ねに行ったら迷惑になりかねないしな。あぁ、でも宿見つかるかな?」
「こんなに賑わっているなら宿も簡単に見つかるね」
案の定、そんなことを言った直後に宿を見つけた。
店が潤っているのだろう。外見はそれなりに綺麗だ。
部屋を借り、中に入るとリィは道具を置き、上着を脱いでベッドに倒れ込む。
「んむ、部屋も上々」
「まるで旅行気分だな」
「楽しむ時は楽しまなきゃ損よ」
レイシャンは、確かにそうだと小さく呟き、隣のベッドに腰を下ろす。そしてラインから負った傷を包んでいる服の切れはしをほどく。
「あれ? 傷が……」
その言葉を聞いてリィはムクリと起き上がり、レイシャンの傷口を凝視する。
まだ傷跡が残っているものの、傷はほぼ治りかけていた。
決して一日で塞がる傷ではないのに……
そうリィは思いながら彼の傷跡に触れる。
触れられるとさすがに少し痛みが走るのかレイシャンは小さくうめく。
「治りが早いならいいじゃない。じゃあ、そういうわけで」
リィは布袋から小銭数枚ばかり取り出してレイシャンの手に乗せる。
彼は一瞬、訳が分からないといった表情をして、数秒後、彼女の意図に気付き嫌な顔をした。
「……人使い荒いな。しかもこんな怪我人に」
「治りかけならもう怪我人じゃないわ。さあ行った行った」
そう言うとリィは再びベッドの上に体を落とす。
ここは怪我の事を気遣ってリィがしてくれると期待していたレイシャンは、過去数年間、彼女と学園生活を振り返り、自分の期待が現実とは遥かに離れた夢物語だと知らされた。
「代わりに帰ってきたらフォアス帝国について教えてくれよ」
苦し紛れの反論に彼女は彼を見ずに、お安いご用と言わんばかりに手をひらひらと振る。
レイシャンは膨らんだ紙袋を片手に宿への道を歩いていた。
夜だというのに未だ人が減る様子がみられない。まだ日が沈んだばかりだ。この調子だと後二、三時間はこの状態が続くだろう。と思いながらレイシャンは辺りの露店を覗きながら帰る。
露店には食料や酒、小物や武器防具までもが売られている。
適当に商品を見てまわっていた時に、ふと中年の、腹が突き出た主人と目が合った。主人はニカリと歯を見せて微笑みかける。
対するレイシャンは少し戸惑いながらも「どうも」と小さく言って軽く頭を下げた。
「兄ちゃん、見慣れない顔だな? 旅行かい?」
「分かりますか?」
レイシャンの質問に主人は大きく笑う。
その声は周りの人たちの声にあっという間にかき消され、彼はレイシャンに顔を寄せて自分を指差して自慢気な表情をする。
「あぁ、分かるとも。俺にゃあこの国に住んでいる人の顔と名前は全てこの頭に入っているからな!」
ぶっくりと肥太った腹を振動させながら主人は豪快に笑う。
あきらかに誇張の入った言葉だが、レイシャンは凄いですね、と目を輝かせながら男を見る。
「ところで兄ちゃん、何を買ってたんだい?」
「えぇと、連れに使わされて夕飯を買いに……」
「はあ、大変だな。なら自動的に明日の朝飯も必要になるな。どうだい、うちのパンを買っていかないか? 兄ちゃんのために二つで百ルトンで売ってやる!」
彼が部屋へ戻った時には、小さな寝息を立てて動かないリィがいた。
何となく分かっていたこととはいえ、人が苦労して初めて見る地で、尚且つ多くの店と人で敷き詰められた街で買い物をしていたのに、自分一人、のうのうと休んでいるとさすがに腹が立つと言うものだ。
少し悪戯をしてやろうと思ったが大した悪戯が思い付かず、また悪戯をした後を考えると背筋が凍り、普通に起こすことに決めた。
レイシャンはリィの肩を揺する。
肩を揺すられ不快に思ったのか彼女は寝返りをうった。その拍子に彼女の髪が手に掛かかる。
その感触はまさに絹のようだった。
今までに触れた事がなかったので、あまりのきめ細かさと美しさに驚き、手がそちらに向かう。
「……くすぐったい」
まだ眠そうな声で、重い瞼を上げる彼女にレイシャンは焦って髪から手を放す。
リィはもそりと体を起こして目を擦り、大きな欠伸をする。
一方、レイシャンは彼女のベッドに腰掛け、紙袋の中からさらに紙で包まれたまだ熱気を発しているミートパイを取り出した。
芳ばしい香りが漂う。
レイシャンはそれを彼女に渡し、袋からもう一つのそれを取り出してかぶり付く。
「それで、約束通りフォアス帝国について教えてくれよ」
食事を進めながら、そんな約束したっけ? とおどけ、すぐさま真面目な顔をして説明をしだした。
「レイがどこまで知ってるか知らないけど、フォアス帝国はあたしたちの国、ジェナ・リースト共和国の倍の人口で国土はこの大陸のほぼ南半分。昔は各国と争っていたんだけどそうもいかなくなった。理由は分かるわよね?」
「えーと、あ、ライン。ラインが世の中に現れ始めたんだっけ」
「そう。ラインは人を襲う。ただの犬猫ならまだしもラインに襲われたら殺されかねない。だから人間同士争っている場合じゃないよね。フォアス帝国の皇帝は各国と和睦して、有り余る軍事力は各国へ派遣し、ライン対策の武器防具の開発に励んでいる。スカイサイクルが典型的な例ね。まあ基本的な話はこれくらいだけど、何か質問は?」
大袈裟な口調で訊ねるリィにレイシャンは苦笑いをして首を横に振る。
彼が今の話で理解したのかどうかは分からないがその表情を見る限りあまり期待はできないな、と内心思ったリィは、水を飲み、いそいそと再び毛布の中に潜り込む。
また寝るのか、とレイシャンの冷めた視線に気付いたのか、毛布から顔を出して呟く。
「明日は早くここを出るわよ。都心部に行かなきゃならないからね」
吐き捨てるように言うと、彼女はあっという間に寝息を立てて眠り込んだ。
レイシャンは眠れないのか、窓の外を眺める。
外は妖艶な満月が夜の街を照らしていた。
傷はほとんど癒えたが、ラインに襲われ、死が背後に感じた余韻が体の中で燻り、眠気を冷まさせていた。
このままでは暫くは寝れないな、と覚悟しながらも、リィの左隣にあるベッドに倒れ込む。
せめて精神だけでも休めるためにと彼は目を瞑った。
まだ朝日昇っていない頃。
結局一睡もすることができなかたレイシャンは顔を洗い、ベッドに腰掛けながら昨日買ってきたパンをかじる。
「んむぅ……。レイ、早いね」
動くレイシャンによって起こされたのか、すっかりぼさぼさになってしまった髪を気にもせずに大きな欠伸を一つ。
まるで老人であるかの如く、よろよろと起き上がり、窓の外を見る。
太陽は既に姿を現し、神々しく放つ光に彼女は眩しそうに目を細める。
彼女は朝が弱いらしく、数分間ぼんやりとして立っている。
そんな彼女を見かねて、レイシャンはパンと水を渡した。
「ありがと」
簡単な食事を終わらせると、スイッチが入ったのかてきぱきと支度を準備を済ませる。
宿を出てスカイサイクルに乗ると、リィは早速発進させてスピードを上げていくが、レイシャンは疑問に満ちた顔をしていた。
「なぁリィ。昨日“その手の話に詳しい人”に会うって言ってたけどその人に会いに行くんだろ?」
空中とは違い、国内では人がいるため前方不注意は事故の元。一々反応して振り返ることができないのでリィは彼に見えるように大きく首肯してみせる。
「その人は一体どこにいるんだよ?」
「都心。ここから大分遠いから時間かかるわよ。あたしの予定では今日の夜には着くはずなんだけどね」
このまま何もなければ、と付け加える。
昼になっても止まらずに、食事をする時間を惜しんでスカイサイクルを動かした、二人は何とか日付が変わらない間に中心部に着くことが出来た。
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