小説『Li...nk』
4...
一方、上空で一部始終を見ていたリィとレイシャンは余りの早業にあんぐりと口を開けて傍観していた。
未だにあのラインに襲われた直後の余韻が残っていて、心臓が跳ね回っている。
「やっぱりいたんだ……。俺の目は狂っていなかった」
「うん、レイは正しかった」
たった数秒間の会話が終わると互いに深呼吸をして息を整える。
やがて少年が、まるで何事もなかったかのように帰ってくるなり、つまらなそうな顔をした。
まるで期待が外れた時のようなそれだった。
「驚かないんだ?」
少年がおそらく本心から言うと、レイシャンは頭をがしがしと掻いて、恥ずかしそうに苦笑いをして肩をすくめる。
「もう驚いた後だよ」
それを聞くと少年は満足そうに笑った。
「まぁ二人とも、たまたま俺がいて良かったね? 俺がいなけりゃ死んでたよ」
ごもっともとしか言いようがないために、二人は申し訳なさそうに苦い顔をする他なかった。
「一体こんなところで何してんのさ? 駆け落ち?」
「ん? 何、馬鹿にしてるの? あたしたちは夏休みだからその時間を利用して人捜しをしてんのよ」
誰を捜してるのかと、そこまでまで訊くのは野暮と理解していた少年は、ただ、へぇと相槌をうった。
「悪いことは言わない。諦めなよ。国の外はラインが多いからね」
少年は俯きながら言い、話を続けようとしたが、二人が機嫌を悪くしていないか、少し視線を上げる。
そうでないことが分かると再び口を開き、話し始める。
「ここから近いのは多分フォアス帝国だけど……。どうする? フォアスまで送ろうか? 君たち二人がまたラインに襲われるといけないし……」
少年の好意にレイシャンはどうする? と言いたげな視線をリィに投げ掛ける。
先程のラインを意図も容易く片付けたのを考えると、確かに彼に送ってもらうとこの上なく安全だろう。ただ当初の目的としては遠回りしてしまうことになる。
命が無ければセイルは捜せない。リィはそう判断し、レイシャンに頷いて見せる。
「お願いしてもいいかしら? ……えっと」
「リュウジ。名前の通り和国人さ」
リュウジと呼ばれた少年は微笑み、リィと握手を交わす。
「よろしく、リュウジさん。あたしはリィ・ティアス。そして横の彼は……」
「俺はレイシャン・アルヴァリウス。よろしく」
同じようにリュウジはレイシャンとも軽く握手を交わす。
二人の手がほどけると、ヤスヒロは俺に着いてこいと言わんばかりに地上に降りていった。
彼の意志を汲み取ってリィはスカイサイクルを着陸させる。
「ここからフォアスまでだとあと少しだから、スカイサイクルの燃料代とか考えて徒歩の方がいいと思ってね」
そう。リュウジの言う通り、スカイサイクルの燃料費は高い。
陸地を走る普通の燃料とは別に、“魔鉱石”と呼ばれる、まさに魔法のような鉱石の力を媒介に空を飛んでいる。
だからその二つ分の燃料費を払わなければならない。さらに魔鉱石が普通の燃料より高いときたものだ。
おそらくリュウジは口に出すぐらいなのだから、その額がどれくらいにになるか知っているのだろう。
その事については敢えて触れずに、リィたちは世間話をしながらフォアス帝国に向かう。
「ねぇ……何も訊かないんだね?」
道中、話す話題がなくなり、無言のまま、ひたすらフォアス帝国に向かって歩いていた時、いきなりリュウジは話をきり出した。
「訊いていいのか?」
今までにこっちから話すのを気兼ねしていたレイシャンは表情を明るくさせて顔を上げる。
「じゃあ……」
彼が何を質問するのか分かっているのでリィは彼の肩を軽く叩き制し、代わりに口を開く。
「取り敢えず、あなたとセイルの繋がりが気になるから教えてもらえないかしら?」
「な……?」
リュウジはつい声を漏らし、しまったという表情をして口に手を当てる。
予想だにしなかった質問で彼は目をぱちくりとさせ、ばつの悪い表情をしたまま、まるで機械仕掛けの人形のようにただ一定のリズムを刻みながら歩く。
「その様子だと、やっぱり何か関係してるのね?」
にやりと不敵な笑みを浮かべるリィに対して、もはや隠すことが出来ないと諦めたのか、あからさまに溜め息をついてみせる。
「……つまらないなぁ。どうして分かったのさ? この非現実的な不思議な能力について訊いてくれると思ってたのに」
リュウジは眉間に皺を寄せて訊ねると、リィはポケットを漁り、一枚の紙を渡した。
今日の朝、レイシャンがリィに見せたセイルが写っている写真が載っている記事だった。
写真の中のセイルが着ているコートは寸部も違わず、リュウジが着ているコートと同じものだった。
「そんな奇妙なコートを私服にする人なんてまずいないわよ。それに、どうせその不思議な力の事を訊ねても、そうどこの誰かも分からないあたしたちに教えてくれるようには見えないけどね」
リュウジは無言のまま、納得するように目を閉じる。
ぐうの音も出ないとはこのことだろう、彼は頭を掻き回して苦笑いを浮かべる。
「まあ、もちろん答えないつもりだったんだけどね。そこまで見破るなんてすごいすごい」
「うん、それでセイルは今どこで何をしてるの?」
リィの凍てつく視線で射ぬかれると、リュウジの顔から笑みが消えていく。
そして先程の楽天家のような笑顔からうってかわって真剣な眼差しを持って悩みはじめる。
「どこにいるかは教えない。何をしているか……。そうだな、ラインと闘っている、とだけ言っておこうかな」
「それって……」
意味深な発言にリィは首を傾げ、リュウジに詰め寄ろうとしたが、彼は慌てて彼女の目の前に両手を出して制する。
「こ、これ以上の詮索は無し! 組織に属する身としてはあまり情報を広めちゃ駄目なんだよ」
嘆願に近い物言いに、リィは諦めたのか小さく頷き、これ以上質問するのを止め、再び歩き出す。
それがきっかけになり、レイシャンとリュウジも足を進める。
数時間にも渡る激しく降り注ぐ日射と、誰も口を開かない居心地の悪い空気が続き、太陽がようやく沈み始め、すっかり空が橙に染まった頃にフォアス帝国に続く巨大な城壁が見えた。
それと同時にリュウジは動きを止める。
「これで案内は終わりだ。俺はこれで……」
早口でそう言い残すと、彼は文字通り瞬く間に消えてしまった。
本来なら驚くべきところなのだが、何せ翼も無しに鳥も顔負けの飛行を見せつけられたのだから少々の驚きで済ませてしまうのだ。
「どうする?」
「フォアス帝国に行くんでしょ? ちょうどこの手の話に詳しい人を知ってるのよ」
「この手の話に詳しい人って何してる人だよ? そもそも何でそんな人と……?」
色々疑問にかられているレイシャンを尻目に、リィは、まあ見てなさいと、舗装された道に続く、門に向かった。
門の前には門番らしき武装した兵士が二人、槍を片手に立ちはだかっていた。
どちらも非の打ち所がない体躯をし、いかにも屈強そうな男たちだ。そう簡単に打ち破ることは出来ないだろう。
「あの……」
リィは門番の兵士に声をかける。
年端もいかない少年少女が何故危険な国外にいて、尚且つ軍事国家であるこの国に来たのかが疑問に思ったのか、門番たちはあからさまに訝しむ。
「……入国希望ですか?」
どんな年でもあくまでも客人。門番の一人は姿勢を正し、丁寧に訊ねる。
「はい」
にこやかに返事をするリィに門番たちは戸惑い、やがて我に返ったかのように、小型通信機器で国内にいる誰かと連絡をとる。
上からの許可が下りたのか門番は、首から下げていた笛を吹いた。
それを合図に、鉄製の分厚い門が地響きを立てながらゆっくりと開いていく。
門が完全に開ききった時、門番たちは門から退き、どうぞと言って道を開ける。
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