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小説『Li...nk』
3...
 近づくにつれてそれが明確になっていく。
 見たところ一メートルくらいだろうか。全身が黒い羽毛で覆われ、そのせいか黄色い嘴と、赤い目が浮き立たせる。
 そんな見たこともない怪鳥の姿のラインが五匹、群れながら飛んでいた。
「出来れば避けて通りたいけど、見つかったら――」
「あぁ、分かってる。分かってるよ」
 レイシャンの了承を得ると、そのままラインを大きく迂回しようとするが、人間と違ってそれらは感覚が鋭く、餌を見つけたラインたちは一気に二人に襲いかかる。
 鳥の姿だけあってラインたちは飛行速度が速く、ぐんぐんと距離を縮められていく。
 このまま逃げても数分もかからない内に追い付かれるだろう。
 そうとなれば覚悟を決め、スカイサイクルの速度を上げて一直線にラインたち目掛けて突進する。
「このままぶつかったら死ぬんじゃないのかな」
 レイシャンが風の音でほぼ聞こえなかったが言おうとしていることは分かった。すかさずリィは彼に聞こえるように大声を上げる。
「ぶつからない! あたしの腕を信じて! ――行くよ! しっかり掴まってて!」
 そう言うと、ラインにぶつかるギリギリの所で高度を下げ、下を通り抜けて回避する。
 そして直ぐ様カーブをし、ラインたちも方向転換しようと速度を落とした所を猛スピードで追う。
 彼らに追い付き、間を抜き去ると同時に、後部にいるレイシャンが、まるで鎌鼬のように颯爽と彼らを斬りつける。
 当たりどころが悪かったのか、一匹は耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げて下に落ちていった。
 他の二匹にも幾分か斬りつけたが致命傷のような傷は無く、翼を大きく振って飛んでいる。しかし、先程と比べて少し動きが鈍くなっている。
 このままもう一度仕掛ければ勝てると確信し、先程と同じ方法で第二波を仕掛ける。
 今度は二匹、下に落ちた。しかし、こちらも反撃を受け、スカイサイクルに、そしてレイシャンの右肩を脚で引っ掛かれた。
 レイシャンは小さく苦痛の声を漏らす。
「ちょっと、大丈夫!?」
 慌てて後ろを向き、彼の傷を見る。
 傷は深くはないが浅くもない。綺麗に服を裂いて、そこから脈打つように流れる血がそれを物語っている。おそらく、これ以上の攻撃は無理だろう。
「痛てて。大丈夫、大丈夫。それよりほら、ラインたちが逃げていってる」
 傷を押さえながら顎をしゃくってラインたちが一目散に逃げているの見るように促す。
「本当だ。よかった……」
 リィは安堵の溜め息をついて胸を撫で下ろし、スカイサイクルにどこか破損している部分はないか確認する。
「傷、大丈夫? 確か応急処置ぐらいの道具なら積んでるけど、一回地上に降りる?」
 彼の傷を心配し、訊ねるが彼は少し考え首を横に振るった。
「いや、これくらいなら大丈夫だよ。血も布を巻いとけばすぐ止まるさ」
 レイシャンは先のラインの血を拭き取るのと兼ねて、シャツの左袖をナイフで切り裂き、患部である右肩に巻き付ける。
「……なら、進むよ?」
「うん、頼む」
 いい笑顔で返すレイシャンにリィは無言でスカイサイクルを進める。

 その後、逃げた残りの二匹のラインとも出くわさず、平和に時間が過ぎていった。
「ねぇレイ。もしかしたらレイが言ってた人間みたいなのが空を飛んでたってやつはさっきのラインじゃない?」
 レイシャンは、そうかもしれないなぁと呟く。快く納得、といった様子もなく、彼は何か気にかかることがあるようだ。
 リィはそれを訊ねると彼は言うのを少し躊躇った後、おもむろに口を開いた。
「俺たちに襲いかかってきた速度と、比べたらあれは速すぎる気がするんだ。俺たちが強風で目を閉じた一瞬で見えなくなるほど遠くに行くほどの速さだから」
 確かに言われてみればそうだ。ラインも手を抜いて襲い掛かる訳もなく、あの時がきっと全力なのだろう。
「確かにレイの言う通りだわ。それによくよく考えれば、あのラインたちは集団でいたからあり得ないか」
「だとすると……」
 レイシャンが何かを言いかけた時、何かが叫ぶような声が聞こえた。
 聞いたことがある声。それはつい最近聞いたもの、そう、さっき闘った怪鳥のライン鳴き声だった。
 しかし、その声は先ほどのものとは随分と重く、大きかった。
 まさかと思い、辺りを見回すと、その予想が現実のものとなる。
 そんじょそこらにある家を普通に抜き去る程の巨大さ。
 軽く五メートルはありそうな体に、さらに合わせてその二倍近くある大きな翼。
 なるほど、さっきのラインたちは雛であり、ただ単に逃げただけではなくて親を呼びに行ったというところか。
 あまりの大きさにレイシャンはあんぐりと口を開けて放心している。
「もう、ナイフでどうこうなる相手じゃない」
 あの親鳥にしてみたら、もはやナイフが刺ささっても蚊のそれと大差無い。
 リィは勝てる方法を熟慮する。
 しかし、いくら考えど勝てる方法が思い付かない。
 雛が相手の時の作戦も、この巨大な親鳥相手では下を潜れるかどうかも分からず、潜れたとしても巨大な翼で叩かれたりしたら悲惨なことになる。
「リィ! 何か良い方法は無いのか!?」
「あったらその作戦を実行してるわよ!」
 死を間近に焦る二人は成す術もなく、その時までの時計の針を縮めていく。
「あのデカい図体の通りのろまだと信じて逃げてみる、か?」
 レイシャンの額から一筋の汗が流れ落ちる。
 リィは小さく頷き、アクセルを強く踏み、親鳥から距離をとる。
 そのまま諦めてくれたら幸いだが子供たちを殺してしまったのだ。そう簡単に諦めることはないだろう。
 今度は二人が逃げる番。一目散に逃げる。早すぎる死から逃れるために。
 どれくらい経過したか分からないくらいアクセル前回で逃げた。
 もういいだろうと速度を緩め、警戒して周りの様子を見る。
 何もいない。
「何とか逃げ切ったみたいね」
 リィは目に半分涙を浮かべ、今生きている自分に安堵する。
「あぁ、そうだな」
 一気に疲労感が出てきたのか後部でへなへなと座り込むレイシャン。
 夏の日差しが余計に疲労感を増幅させる。
 太陽が雲に覆われたのか影ができ、ちょっとばかし涼しく感じた。
「リィ! 上だ!」
 レイシャンは叫ぶ。
 太陽が隠れたのは雲のせいではなく、あの親鳥が大きな羽音を唸らせて上空を飛んでいたせいだったのだ。
 それ視界に入ると、リィの思考は一瞬停止し、再び起動すると、異常なほどの汗が吹き出る。
「そんな、音なんて全然……」
「逃げるぞ!」
 レイシャンの一声にリィははっとして、ハンドルを強く握り、逃げようと試みる。
 しかし、雛たちの時とは違い今度は軽々と回り込まれた。
 ラインは嘴を開け、大の大人がすっぽりと収まってしまいそうな巨大な口を大きく広げた。
 このままではやがて追い付かれ、食われてしまう。かといって無理に方向転換しても、翼を広げた大きさ十数メートルに及ぶあのラインの攻撃の範囲内からは逃げられず、翼で打ち落とされるのが目に見えている。
 もう、後がない。
 ラインとの距離は徐々に近くなっていき、二人の脳裏に、死と言う文字が刻み込まれる。
 まさにその時だった。
 目の前に一人の、見た目はリィやレイシャンと同じくらいの少年が現れ、庇うようにして二人の前に立ちはだかった。
 不思議なことにその少年はスカイサイクルにも乗らずに宙に浮いていた。
「アンタは……!?」
 レイシャンは少年に声をかけるが、少年は話は後だと言わんばかりに左手で後ろに振り、余った右手を前に翳す。
 すると彼の前に瞬く間に巨大な竜巻が現れ、ラインを飲み込んだ。
 ラインはというと、何とか抜け出そうとしているようだが一向に状況は変わらず、汚れた玩具がもみくちゃに洗われているように竜巻に振り回される。
 暫くして少年は、もういいかと呟き、指を弾くと、竜巻はたちまち消え去り、地上には瀕死の状態のラインだけが横たわっていた。
 翼は変な方向へ折れ曲がり、羽根は四方八方に散らばっている。
 少年はまだ息があるそのラインの元へ向かい、腰に差していた刀を抜いて、その太い首に突き立てた。

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