小説『Li...nk』 2... 純粋な子供のように目をらんらんと輝かせ彼女を見つめる。その楽しそうな顔をみていると、喉のところまで出てきた毒のある言葉を飲み込み、リィは諦めて苦笑いをして頷いた。 二人は長旅に必要な物資を買い集めるため、店という店をめぐり、慌ただしく一日が終わった。 既に諦めかけていたセイルが現れたことにより、蜘蛛の巣のように張り巡らした思考が拍車がかかり、眠ることができなかったリィは大きなあくびをしてキッチンに向かい、水を飲む。 リィは居間にあるソファーでだらしなく寝ている少年を見る。 昨日、最低限必要なものを買い集めたら、既に日が暮れていた為に泊めてやったが、もう少し慎んで寝てくれてないかと心の底で呟き、ボサボサになった髪を掻き、さらにボサボサにさせる。 見たところ爆睡な様子。今の内に済ませることは全て済ませておくことにした。 既にリィは先程まで見るに耐えない状況だった髪を、いつものように腰まで一直線に下りる綺麗な髪に戻し、準備を終え、読書をしていた。 がさりと物音が聞こえ、レイシャンが起きたのだろうと彼を一瞥する。やはり彼は起きていて眠い目を擦っていた。 「おはよう、寝坊助さん」 そう言ってリィは再び本に視線を移す。 朝が弱いレイシャンは老人のようによろよろと立ち上がり、テーブルにつく。 そこに置かれている料理と匂いに目を覚まされ、驚いた面持ちでリィを見る。 「これ、お前が作ったのか?」 他に誰がいるのだろうか。そんなことを改めて思いながらも料理を見る。なるほど朝食にしては手の凝った料理だ。 そう考えると自分はそれほど寝ていたのかと疑問が湧く。 「ん」 つれない反応に、彼はこれ以上何も言わずに料理に手をつける。 「あ、美味しい」 それは本当に美味しく、つい声を漏らしてしまう。一瞬の静寂が気まずさを呼び起こし顔をそらさせる。 「それは……まあ、ママが教えてくれた料理だからね。美味しくて当然よ」 リィは少し顔を赤らめて、本で顔を隠した。 「喋ってないで早く食べてよ」 「あ、あぁ。ごめん」 レイシャンとしてはもう少し味わいたかったものだったが、作った本人が早く食べ終えろと言うので仕方なく詰め込む。 そして彼の準備を強制的に済ませ、必要なものは全てスカイサイクルに載せた。 「これで全部だな。意外にも少なかったな。昨日あれだけ店めぐったのに」 リィは運転席に座り色々と確認しながらレイシャンに言葉を返す。 「そんなものじゃないかな? 多すぎて積めないよりはましでしょ?」 リィの言葉にレイシャンは、それもそうだな、と歯を見せて笑う。 「それじゃあ行きましょ。ほら、乗って」 リィは後部席を叩いて乗るように指示する。 スカイサイクルの後部席は平面上で壁もなく、基本ずっと立っていなければならない。 もとより座りながら闘うことは不可能なのだが。 しかし、これだけでは後部席の人は落ちてしまうので、機体に命綱を繋げ、尚且つ掴むバーが取り付けられている。 「あたしが運転するからレイはラインの相手お願いね」 レイシャンが乗ったのを確認すると、リィはスカイサイクルを発進させる。 ルールに則り、国を出るまで地面を走る。 辺境の町オルガはジェナ・リーストの国境から大した距離はなく、そんなに時間もかからずに行くことができた。 国境の門を管理する役人に門を開けてもらい、いよいよ本格的な旅へと移る。 門が閉まるのを見届けると、二人はもはや引き返せなくなったと感じる。 ここはどこの国でもない。ラインに襲われ、助けも来ない。死んだらそのまま骸は野晒し……。 「リィ、ちょっと震えてるんじゃないのか?」 冗談めかしく言うが、レイシャンは半ば本気を交えて訊いている。 「だ、誰がよ!」 言葉を詰まらせるところで、やはりやせ我慢をしているらしい。 当のレイシャンも、これからどうなるのかという恐怖が心の奥で少し疼いていた。 「いいからとにかく空を飛ぶわよ」 彼女は何らかの操作をすると、機体がホバリングをし始め、少し浮いた状態で数キロ走り、段々と速度を上げていき、タイミングを見計らってスカイサイクルを空へと飛翔させた。 飛ぶスカイサイクルに乗るのは初めてのレイシャンは、顎が外れるのではないかと思われるほど感激の声を上げる。 先程の恐怖の色は既に消え失せていた。 「ちょっとレイ! あんまりはしゃいでないでラインが現れないか見張ってよね!」 操作中で後ろを向けないリィは、風を切る音に負けないように大声を張り上げる。 しかし彼は、分かってる分かってると言って彼女の肩を軽く叩く。 「もう……。レイのバカ」 リィは普通の声量でレイシャンの悪態をつく。 それは彼の耳には届かず、風の音で流され消えていった。 その時、ふとリィは思い出したように彼の名前を呼ぶ。 「ねぇ、レイ。どんな武器を持ってきたの?」 彼女の発言を境に暫しの沈黙。 その沈黙が全てを語り、リィの眉間に皺を寄せる。 つまりは忘れた。リィはレイシャンが昨日、店で鉄製の剣を買ったところを見ていたが、どうやらそれを忘れていたらしい。 「積む時、これで全部って言ったくせに……バカ」 「本当に悪かった!」 言葉通り本当に悪かったと思っているのか声が今にも泣きだしそうに震えている。彼は自分がしでかしたことを重々理解しているようだ。 さすがにこれ以上責め立てるほどリィは冷酷ではなく、無言でおもむろに腰の辺りを探る。 腰の辺りにくくり着けていたナイフの鞘を取り外し、後ろに向かって投げる。 武器を忘れて、怒り、殺すために投げたなら鞘は要らないだろう。 慌てて取る彼は少し申し訳なさそうな顔をする。 「これ、パパの形見なんだから無くさないでね」 口調こそ怒っているが、一瞬振り向いた彼女の表情は物悲しげな様子だった。 それを見てしまったレイシャンは小さく頷き、ごめんと呟いてナイフの鞘を腰に取り付け、ナイフを抜く。 なるほど形見と言うほどのものか、柄には細かな細工が施されており、刀身には何か文字が彫られている。 読みたい気持ちはあったが、何か読んではならない気がしてナイフから目を離し変わらない景色を見渡す。 何もない平地と雲を斑に混ぜた空。 余りの変化の無さに退屈し、レイシャンはラインでも何でも出てきてほしいものだとつい不謹慎なことを思ってしまう。 突如、強風が吹き荒び、二人は一瞬目を閉じてしまう。 「おい、リィ! 今の見た!?」 いきなり切羽詰まったような声でレイシャンは語りかける。 強風に目をやられ、左手で目を擦るリィは、どうしたのよと訊ねる。 「今……一瞬だけど見えたんだ」 「焦れったいわね。何が見えたの?」 すると彼は身を乗りだし、彼女の顔の横に顔を出して、目の前の景色の遥か遠くを指差す。 「……人が翼もなしに、スカイサイクルを乗らずに飛んでるのを」 普段なら「とうとう幻覚を見るようになったのか」と馬鹿にするが、彼の表情は青ざめ、冷や汗をかいているところを見ると、その場の空気を和ますための冗談を言っているようではない。本気でそう見えるような何かを見たのだろう。 リィは見えなかったが、レイシャンが自分よりも遥かに視力が優れていることを知っているのでないがしろに出来ないのだ。 「人がもの凄い速さで飛んでいった……ね。このまま真っ直ぐ進んだらそれと会えるかな?」 いくら速くても人なら止まったりするかもしれない。 彼女がスカイサイクルのアクセルを強く踏み、加速させたちょうどその時、目の前に黒い斑点が見えた。 距離からしてそう遠くない。そして大きさからして大したことがない。 一瞬後ろを振り向き、何も言わないがそれに気付いているだろうレイシャンに目配せをする。 案の定気付いていた彼は一回、大きく頷いてナイフを強く握りしめ警戒する。 [*前へ][次へ#] [戻る] |