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小説『Li...nk』
1...
 レイシャンたちが通う学園が夏休みに突入し、数日が経った。
 今はちょうど太陽が顔を出し始めているが、この辺境の町オルガには、人が全くと言っていいほど見られず、しんみりとした道路だけが口を開けていた。
 そんな中、息を切らしながらレイシャンはある家の前に辿り着く。何度も行き慣れた家だ。
 形だけでもとノックをし、ドアを開ける。
いつもながら不用心だなと思いながらも二階へ駆け上がり、ある一室に入る。無論、その家主の部屋だ。
 その家主――リィはベッドの上で、まるで冬眠した熊のように、毛布にくるまり眠りこけていた。見えるのは布団からはみ出た、長く、きめ細かい髪だけ。
髪を尾に見立てると、何らかの生物に見えなくもない。
 レイシャンは彼女に近づく。
 当然そんなことを知らない家主。
「おはようございま〜す」
 取り敢えず一声掛けてみるが応答がない。それなりの声量で言ったにも関わらず、それでも一定の寝息を崩さない。
 もはや長所だなと感心しながらも、なおも声を掛け続ける。
 一向に起きない彼女に、確実に起きるであろうある作戦を閃いた。
「虫の鳴き声みたいな名前のリィさぁん!」
 一度冗談を踏まえて言ったら予想外に怒り、殴られたことを未だに脳裏に焼き付いている。
 もそりと布団が動いた。その布団から、ひょっこり顔を出して目を擦る。
「おはよう、リ――」
 視界は塞がれ、鼻を中心として顔面に激痛が走った。枕が顔を襲ったのだ。
 幸い獲物が枕であったために、鼻は形を変えることもなく、また血を流すこともなく済んだ。
 リィが勢いよく叩きつけたその枕は、いかにも柔らかい音をたてて、床に落ちた。
「おはよう、レイ。そしておやすみ。……全く、虫みたいな名前って言うなって何度言ったら分かるのよ。しかも勝手に家に入ってきてるし」
 仰向けに、白目を剥いて倒れているレイシャンの脇腹を足で突っつく。
「イタタ……。でも鍵を掛けてない方も悪いと思うな。いつか泥棒に入られたり襲われたりするからちゃんと掛けとこうよ?」
 鼻をさすりながら起き上がる。
「そうね。レイに襲われないように鍵を掛けるようにするわ」
 リィは意地の悪い笑みで返すと、「誰が」と言って顔を背ける。
 そのまま扉が開く音が聞こえ、見てみると彼女は既に居なかった。
 どうしようもなく、その場に残って辺りを見回す。やはり、女の子らしい物は無く、ただ机とベッド、そして小さい本棚などといった、学生に必要な最低限の物しか無かった。
 唯一、人間味のあるものといったら机に置かれているあの写真が収まった写真立て。
 思わず手に取って見てみる。
 何度見ても、あの写真に写っているリィのように幸せそうに笑った彼女を見た覚えがなかった。自分の時はまだしも同じ女の子のアリスの前でもこんな笑顔を見せたことがない。
「……何見てんのよ」
 突然部屋に戻ってきたリィはその写真立てを奪い、元の位置に置いた。
 ボサボサだった髪はいつも学園で見るように真っ直ぐ腰まで下りていて、顔もすっきりとしていた。どうやらそのために下の階に下りたらしい。
「こんな風に笑えば可愛いのに」
 つい本音を漏らしてしまう。
「……余計なお世話よ」
 彼女はむっつりとした表情でベッドに腰掛けた。
「ちょっと着替えるから後ろ向いてなさい」
 そう言い放つと彼女に背を向ける。「見たい」などと言ったらおそらく血祭りに上げられると確信して渋々と後ろを向く。
「それより急にどうしたの? わざわざ夏休みに幸せに眠るあたしを起こして、なおかつ犯罪者混じりな行動までして」
 後ろから皮肉めいた言葉が向けられる。全ての非がこちらにあるため、ただ苦笑いで誤魔化す。
「振り向いてよし」
 その言葉と同時に、レイシャンはズボンのポケットから一枚の紙切れを取り出して渡す。
 それは新聞から切り取った記事の一部。
「あんたねぇ……」
 リィはあからさまに嫌な顔をする。
 彼女は邪険な空気を醸し出しながら新聞を広げてみると、そこにはレイシャンが人に見せる新聞を雑にしまうことに対する怒りが一瞬にして消えてしまうようなほどの内容で表情が固まった。
 もちろんそうなることを見越して持ってきたのである。
 記事にある写真には、南西にあるセナス小国に侵入してきたラインと闘っている勇敢な青年が写っていた。
 その青年は写真から見ても分かるような銀色に光る、きめ細かな髪が特徴的だった。
 リィの部屋に飾ってある家族写真の端に写っている、父親譲りの綺麗な銀色の髪に、リィ自身も受け継いでいる母親譲りの金色の瞳を持った、青年と寸部も違わない容貌の兄、セイルだった。
 ただ、奇妙な装飾を施した黒いコートが彼女は気になったのか、眉間に皺を寄せて唸る。
 新聞によると彼はセナス小国の住民の人達を避難させて、勇敢にも一人でラインに立ち向かい、あっという間にラインを持っていた剣で切り伏せてしまったそうだ。
「似ているなとは思ったけど、リィの反応を見る限りやっぱりセイルさんか……」
 失踪中の兄がまだ生きているという事実と、この国から遠く離れたセナス小国で何をしているのかという不安と疑念が混ざりあい複雑そうな顔をしていた。
「……ねぇ、リィ」
 気まずそうに彼女の集中を妨げるように言葉を割り込ませる。
「何よ?」
「今、夏休みだよな?」
「うん」
 素っ気ない反応で新聞からレイシャンへと顔を向ける。後者の感情が勝り、だんだんと苛立ってきたのか彼女の表情は凄まじいものだった。
 機嫌の悪いリィがどれだけ怖いものか知っているレイシャンにとっては逃げたい状況であったが、何とか踏みとどまり話を切り出す。
「日にちはまだまだあるし、セナス小国に行ってみないか? セイルさんがまだいるかもしれないし、いなくても何らかの情報が手に入るかもしれない」
 しばらくの間、静寂が包み込む。外では鳥たちも起きたのか、楽しそうな歌声が余計に大きく聴こえる。
「でもどうやって行くの? まさか徒歩で行く訳じゃないよね? ねぇ?」
 当然分かっていた事なのでリィは本日何回目か、盛大な溜め息をついて家の中に戻り、手に収まるくらいの長方形のカードを手に戻ってきた。
 そのカードには自分の名前と顔写真、そして現在住所などが書かれていた。
「そ、それ、スカイサイクルの免許証じゃないか!? お前持ってたのか?」
 レイシャンが羨ましそうに見つめるそれは、スカイサイクルという乗り物の免許証。
 スカイサイクルとは、空陸両用の二人乗り用の乗り物である。
 もともとは空を飛ぶラインに対抗するために、ジェナ・リースト共和国が国の支援で造り上げた渾身の力作であるが、今では旅行用としても活用されている。
 ラインによる被害が多発する世の中、それは今では全国に普及していて、それ用の規則までが作り上げられた。
 規則の一つとして、ラインの侵入を防ぐための国を包む城壁は、飛び越えることは許されず、しかも国内では地面しか走ることが許されない。
「でも肝心の機体は? リィの家にスカイサイクルがあるの見たことないぞ?」
「見てたら真っ先に通報してるわよ。倉庫に入れてるからね」
 リィは身を翻し、着いてきてと言って、レイシャンを連れて反対側にある庭に案内する。
 庭には、何もない花壇や大小様々な空の鉢が積み重ね、並べられていた。きっと昔はどれも花で敷き詰められていたのだろう。
 その中で一際目立つ大きな倉庫が二つ。
 リィはそれ専用の鍵で片方の倉庫を開ける。
 そこにはあまり使われていないスカイサイクルが保管されていた。不思議とそれは埃を被っている様子はない。
「満足? それで、いつ出発する……って言いたいんだけど、レイの両親はいいの? 心配するんじゃない?」
「あ、俺の両親……のことは気にしなくていいよ。仕事でここにはいないし、帰ってくるのは年に一回くらいだよ」
 その言葉にリィは表情を曇らせる。
「それでも連絡を取りなさい。もし、レイが居ないときに帰ってきたら心配するでしょ? 親を心配させちゃダメ。てか心配させるな。これは命令よ」
 こんなにも真剣に忠告するのは彼女が両親を失っているからか。怒ってないにしても、さすがにそこまで言われると気圧され、レイシャンはこくこくと頷いてしまう。
「分かった、分かったよ。絶対連絡する。それで出発の方は明日で。長旅の用意しなけりゃならないしな」
「準備するなら明後日のほうがいいんじゃない? 色々買い揃えなきゃいけないし」
 当たり前のように質問するリィに、レイシャンはにやりと笑い、スカイサイクルを指差す。
「スカイサイクルに乗ってなら一日で買い揃えれるだろ? なあなあ、乗らせてくれよ? 一度でいいから乗ってみたかったんだ!」

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あきゅろす。
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