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小説『Li...nk』
1...
 和国を去り、一同はジェナ・リースト共和国にいた。
 アリスが言うには目的地までは相当の距離があるという。それに備えてスカイサイクルの飛行源である魔鉱石や食料の調達のするために一度ジェナ・リースト共和国で一泊することに決めたのである。
 場所はオルガの街。リィの家がある地域であり、またレイシャンの家のある地域でもある。わざわざ自分の国にいるのに宿に泊まり無駄な金を使いたくないという一心でレイシャンは自ら提案した。
「なんか、自分の家が懐かしいな」
 自分の家を見上げながらレイシャンは呟く。
 家の壁は所々ひび割れ、お世辞にも綺麗と言い難い一軒家。
「何だかんだでレイの家に行くのって初めてなのよね」
 同じく家を見上げながらリィは口を開く。
「そうだっけ?」
「そうよ」
 リィの即答。
 そのまま立っているのもなんだと、旅のために長らく使っていなかった家の鍵を開ける。そしてスカイサイクルに積んでいた荷物を取り出してレイシャンの家の中に運び入れた。
 家の中は外観と違って人が住んでいるだけある、綺麗なものだった。
「……あれ?」
 部屋を見たおかしいなと言わんばかりに拍子抜けしたような声を上げたのはこの少女、リィ・ティアス。「どうしたのさ」
 突然立ち止まったリィに後ろに続くレイシャンも足を止めることを強いられ、バランスを崩し、抱えている荷物を落としそうになる。
 大量の荷物のせいで前が見えない彼は何事かと荷物の脇からひょっこりと顔を出して彼女を見る。
「いや、散らかってると思ってたんだけど……」
 生活管理のできないレイシャンのこと。きっと部屋はごみやら服やらで散らかっているのだろうとリィは思っていた。
 しかし実際は、リビングルームにベッドが一つ備え付けられただけで、その他の家具は何も無い。
 そして部屋の隅っこにはレイシャンがいつも学園に通う時に使っていた鞄が置かれている、ただそれだけだった。 
「あぁ……散らかす物も何も無いからね」
 そう言ってレイシャンは今抱えている荷物を邪魔にならないように鞄とは反対の方向の部屋の隅に置く。それにならい、ゼノンも同じところに荷物を置いた。
「……じゃあ今後の活動について話すか。まあ立ち話もなんだし、座ろうぜ」
 荷物を運び終え、今すべきことが一段落着いたため、ゼノンは床に座り残りの三人を見上げて言う。
「取り敢えず今日は各自自由行動。目的地は遠いしな。夕方までにはここに戻って十分に睡眠を取ること。ついでにスカイサイクルを持っている俺とリィちゃんは食料と魔鉱石を調達する係だ。いいか? リィちゃん」
 確認を取るゼノンにリィは素直に頷く。
「別にあたしは構わないよ。久しぶりの街を堪能しながらゆっくり行こうかな」
 そう言うと、彼女は楽しそうに鼻歌を歌いながらさっさと外に出て行ってしまった。彼女を見送ったゼノンも彼女の後を追うように物資の調達に出かけていった。


    ***


 ゼノンとリィが旅に必要となる物を買い揃えている間、スカイサイクルを持っていないレイシャンとアリスは家の中で二人の帰りを待っていた。
 一つしかないベッドをアリスに貸し、レイシャンは床に腰を下ろしてぼんやりとどこかを見ている。一方アリスは彼のベッドの上で暇そうに前髪をいじっている。
「することないですね」
 髪をいじりるのを止めず、やはり暇そうに呟くアリス。
 彼女の言葉にレイシャンは、ははっと苦笑いを零して返答する。しかし、互いに顔を合わせることなく、言葉だけが飛び交う。
「今はそれでいいよ。そもそも闘いばかりってのがおかしい」
「そうですか? 私はあなたたちよりずっと長く闘ってきたからそうは思えないです」
 平然と言ってのける彼女を気づかれないようにちらりと見てみると、当然迷いのない瞳で、レイシャンの心を一つの感情で一色に塗り潰される。
 今まで平和に生きてきた人間と、人間を狩り、おそらくは束縛された魂との闘い、そんな血に塗れた世界を生きてきたラインとの違い。そう実感すると、虚しくさと悲しさが混ざり合って体の奥底へと積もっていく。
「そっか……なんか、ごめん」
「気にしなくていいですよ」
 本当に気にしていない様な声の調子。
 会話が終わり、暫しの無音。
 チチチ、と外で楽しそうに歌う鳥や住民が話す声。時たま通るスカイサイクルが地面を走る音がこの部屋との差を顕著にする。
「……学園生活、楽しかった?」
「はい?」
 突然の話題にアリスは間抜けた声を上げて、髪をいじりるのを止め、ベッドから体を起こす。
「アリスはラインで人間を目の敵にしてたけどさ、俺が知ってるアリスは学園で楽しそうに見えたんだよ。本当は……どうなのさ?」 彼の質問にアリスは苦笑いをして窓の外を見る。
 窓を見るというよりも、その表情をレイシャンに悟られないように背けたように彼には感じられた。
 レイシャンはその表情を決して見ようとはせず、ぼんやりと彼女が吐き出す言葉に耳を傾ける。
「面白いことを聞くんですね。私は人間を倒すためにこの姿で学園に潜んでたんです。でも、そうですね、楽しかったかと言われれば、レイシャン君やリィちゃんといたときは少し……楽しかったです」
「そっか、よかったよ。アリスの本性が、俺が知ってるアリスで」
 ふっ、と安堵の溜め息。
 キョトンとしてアリスはレイシャンを見る。その時にようやく合う視線。彼女の瞳は驚きと照れが混ざっていて、その面白い表情の彼女を見てレイシャンは笑う。
 それを見てアリスは「何がおかしいんですか」と言いつられて笑った。
 しばらくの笑いが静まり、アリスはふう、と溜め息を吐く。
「……疲れました。少し、寝ますね」
 そう言ってもう一度、レイシャンに笑みを見せるとアリスは再び横になり、毛布を被ってそっぽを向いて寝入ってしまった。
 一人取り残されたレイシャンは小さく笑って、毛布を被せようと立ち上がり、アリスの睡眠の妨げにならないようにゆっくりと毛布を掛ける。
 それと同時にガチャリと玄関のドアが開かれる乾いた音が聞こえた。
 帰ってきたのはゼノン。それも両手一杯の大きな紙袋を抱えて。
 パンなど様々な食料が紙袋からはみ出して見える。
 前も見えなさそうな状態なのでレイシャンは急いで彼のもとに駆け寄り、荷物を持つのを手伝いに行く。
 負担はが大幅に軽くなったゼノンは短く礼を述べた後に紙袋を置くと、大きな溜め息をついて額の汗を拭った。
「……寝てるのか」
 ベッドの上で寝ているアリスを見てゼノンは呟く。
「うん。元気な様子を見せてたけど、実際リィと闘って心も体も疲れたんだと思う」
「そうか……」
 そっけない反応を示し、床に腰を下ろすゼノン。
「やっぱりアリスのこと信用してない?」
 彼の首肯。ゼノンは寝ているアリスを見ながらレイシャンの質問に答える。
「お前らには悪いが、まだ信用はできないな。もしかしたらこの娘、俺達の寝首をかくつもりかもしれないしな」
「……確かにゼノンから見たらアリスは信用できないかもしれないけど、アリスはそんなやつじゃないよ。数年間あいつと過ごしてきた俺やリィを信じて欲しい」
 アリスではなく、リィとレイシャン。その言葉にゼノンは何か言いたそうな口をつぐみ、仕方がなくと言った表情で首を縦に振った。
「……そこまで言うなら、信じるけどさ」
「ありがとう、ゼノン。俺、ちょっと散歩してくるよ。その間留守番お願い」
「……あぁ、分かった」


    ***


 外に出たレイシャンは久々の地元の町並みを楽しみながら足を進める。
 フォアス帝国とは違う町並み。帰ってきた、と実感させられる。
 たった数十日離れただけでこんなにも懐かしく感じるものなのか、と思いながら見知らぬ国に迷い込んだかのように辺りを見回しながら歩く。
 そして振り返ってみるとラインとの闘い。束縛された魂との遭遇。つい最近まで学生をしていて平和に勉強していたなんて今でも信じられなかった。
 そんなことを考えながら暫く歩いていると、前方からスカイサイクルがこちらに向かっていることに気がついた。
 比較的に遅い速度でこちらに向かってきている。
 レイシャンは慌てて道の脇へと寄った。
 しかし、近づくにつれてスカイサイクルに乗った人間が明らかになる。
 栗色の腰まで垂れる長い髪。最初から一緒に旅をしている少女、リィだった。
 機体の荷物を積むところに小さな木箱が機体に麻紐で括り付けられている。
 ゼノンが食料を調達していたところから考えると、中に入っているのはスカイサイクルの飛行用の魔鉱石だろう。
 リィが乗ったスカイサイクルは次第に速度を遅めていき、レイシャンの横で完全に動きを止めた。
「あれ、レイ。こんなところで何してるの? あ、もしかして迷子?」
 スカイサイクルから降りながら、リィは尋ねる。
「ば、馬鹿にするなよ。いや、そもそもここ、地元だから。……ただの散歩だよ。久々に自分が住んでいる街を見たかったんだ」
 少しむくれながら答えるレイシャンにリィは「なんだ」と楽しそうに笑い、手を後ろに組む。
「考えることは同じなのね。で、どこまでいくの?」
「特に決めてないよ」
 そう言うとリィはレイシャンと肩を並べて、スカイサイクルを押しながら道を歩く。
「あたしも付き合うよ。どうせ暇だし」
 急ぐこともなく、ただゆっくりと歩む。
 取り留めのない会話をしながら、ただゆっくりと。
 数時間に渡る散歩をし、いつも通る学園に続く道沿いにある公園で、リィの提案により、少々休憩するために公園の中に入る。
 スカイサイクルを公園の入り口付近に停めて、空いているベンチに二人は腰掛けた。
 散歩しているうちに日は既に傾き、橙の光が全てを照らしていた。
「疲れたね」
 小さく溜め息をつき、彼女は目の前でボール遊びをしている子供を見て楽しんでいる。
「うん。色々あったしね。まさかアリスがラインだなんて思ってもみなかったよ」
「ま、アリスが人間でも、ラインでもあたしには全然関係ないけどね」
 ボールがこちらに転がってきてリィの爪先に当たる。その先では子供が取りに行こうと小さな足でこちらに向かってきている。
 リィはベンチから立ち上がり、ボールを拾い、こちらに向かってきている少年に屈んでボールを手渡す。
 ありがとう、お姉ちゃんと、お礼を言いあどけない笑みをした少年の頭を撫で、バイバイと互いに手を振り別れる。
 もう夜が近づいているためか、母親らしき女性が現れ、子供の手を引いて公園を去っていく。
「なんか、久しぶりだよね。少し前までは普通にレイが家に侵入して一緒に学園通って、アリスと三人でお昼ご飯食べてたのにね」
「うん。まさかこんなことに巻き込まれるとはね。よくよく考えたら俺って凄いとばっちりだよね」
 無論、レイシャン自身、迷惑だなんて思ったことはなかった。ちょっとした悪戯心から生まれた言葉。
「何? こんなか弱い女の子を一人で旅させるつもり?」
 予想通りの解答。
「リィがか弱くないことは誰よりも知ってるつもりだけど……? 昔クラスで起きていた虐めを張本人を蹴り上げて倒し、その集団相手に口喧嘩で勝って虐めを解消。ふむふむ、どこがか弱い女の子なんだい、お嬢さん?」
 すると、突然彼女の腕がこちらに伸びていき、レイシャンの両頬を掴む。
「減らず口はこの口かぁぁ!」
 勢いよく彼の頬を抓り上げられ、餅のように伸びる自分の頬を押さえながらリィを宥める。
 しばらくこのやり取りが続き、痛覚が麻痺してきた頃に、ようやく手が放された。
 どのような心境の変わりようかとレイシャンは驚いた面持ちで彼女を見ると、彼女は腹を抱えて笑っていた。
 訝し気にリィを見ていると彼女は、ごめんごめん、と目尻に溜まった涙を拭って説明する。
「なんか、こんなやり取りも久しぶりだなって思ってさ」
 そう言ってリィは再びベンチへと腰掛ける。
 直後、突風が吹き荒れた。公園という場所もあり、砂が巻き上げられ服や顔にかかる。
「お、いたいた。おうい!」
 突如空から声がした。

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