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小説『Li...nk』
5...
「何……? もう、終わり……?」
 連続で慣れない大掛かりな技を使ったことによって、ついに立っていることさえもままならず片膝を着くリィだが、アリスの攻撃を防いだことによって彼女に対し笑みを見せる。
 対するアリスも、立ってはいるものの疲労がはっきりと顔に表れている。
「ま、まだです。そ、それにリィちゃんも立っているのもやっとじゃないですか!?」
「……正直頭がくらくらするわ。でも、あなたを……アリスを止めるまでは倒れるわけには……いかない」
 途切れ途切れに、必死に口を動かすリィに、アリスは次の攻撃をしようと翳していた手を下ろした。別に同情に誘われて闘うことを止めた訳ではないのはリィ自身も分かっていた。
「……どうしてそこまでして私を止めようとするのですか」
「友達だから……それ以外の理由なんてないよ」
 即答。意識が飛びそうなくらい疲れているはずなのに、これだけははっきりと強く言えた。
「あなたは人間と偽っていたラインを……あなたを騙していた私をまだ友達と呼ぶのですか!?」
 嘲笑うような馬鹿にした表情ではなく、追い詰められたような、悲痛な瞳。
 リィは彼女の表情を見逃さなかった。
「あいにく、あたしは馬鹿だから……ね」
 苦笑いをしてリィは膝に手を置いてよろめきながら立ち上がり、顔を上げる。まだ闘えるぞ、と戦闘意思を見せつける。無論それはやせ我慢。額から流れる嫌な汗が止まらなければ、頭痛も頭が割れてしまいそうな程にまで至っている。
 それを見たアリスも苦笑いで返し、両手を上げて天上を仰ぐ。
「……これがおそらく私の最後の攻撃になります。私の力の大半を注ぎ込んだ代物です。これを防ぎきればあなたの勝ちです。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「いいよ……。防いでみせる!」
 冷気が天井に集まっていく。
 まだ夏なのにこの空間だけが冬になったかのような感覚。
 あまりにも急激に温度が低下していくので髪が段々と凍りついていく。
 しかしそんなことを気にさせない程の光景に神経が集中した。

 それは――

 一瞬にして――

 完成した。
「これは……!?」
 天井一杯に広がる分厚い氷の板。文字通り天井を敷き詰めるように存在し、本来の天井が見えない。
 そしてその板には氷柱のような針が隙間無く埋め尽くされている。
 しかもゆっくりと、しかし確実にこちらに迫ってきていた。
 リィは辺りを見回している。
 氷が天井全体に広がっているところを見るとアリスまで巻き添えをくらうだろうが、おそらくそれ自体も彼女の計算の内。
 中途半端な炎では自分を氷から救うことはできるが、アリスは助けることができずに彼女はそのまま氷に潰されてしまう。
 彼女と自分、二人をこれから救うためにはどうすればいいか。
 思考を巡らせる。
 考えている間にあたかも拷問器具のような氷の天上が刻一刻と彼女たちに迫ってくる。
 手っ取り早い方法が一つあった。アリスのこの攻撃を見た瞬間に思いついた最終手段。しかしそれは……あまりにも危険過ぎた。
 氷の天井が部屋の半分を越した。
 時間が無い。
「さぁ、どんどん迫って来てますよ!」
 時間が無い。
 これ以上天上が近づいてくるとこの考えすらも間に合わなくなってしまう。
 地面を蹴った。
 向かった先はアリスがいるところ。彼女の腕を掴み、引き寄せ、抱きしめるように捕える。何をしだすのか全く理解できていないアリスは動揺を隠しきれない様子でリィを見ている。
 リィは手を前に差し出した。火事場の馬鹿力とはよくいったもの。疲労困憊なはずなのに力が沸き、指輪が今まで以上に強く光を放った。
 目の前に一瞬、爆炎が巻き起こる。炎と二人の間には分厚い氷の壁。二人を炎から守るためにつくった壁。
 氷の壁は分厚くつくったものの、爆炎によってすぐに溶けてしまったが、同時に炎も消えていた。
 天上との距離はもう目と鼻の先。
 リィはアリスを連れて炎が爆ぜた時にできた溝へと飛び込み身を屈める。
「その炎で穴を掘って逃げ道を作っても無駄ですよ。そのために針を……って針が……ない?」
 アリスが見上げた先には氷の針はなかった。それどころか彼女の上にはぽっかりと穴が空いたように氷の針ごと氷の天井がえぐれていた。
 先程の爆炎によって氷の針を溶かしたのだ。そして溶かし切れずに残った天上を溝で回避する。
 下手したら爆炎に巻き込まれて死にかねない荒業。しかしどうやら上手くいった模様。
「く……う……」
 アリスは苦痛の声を漏らし、うなだれるのと同時に、この部屋にある全ての氷が砕け散り、跡形も残らず霧散した。
 動くことが出来ないらしい彼女は、リィに引っ張られて溝から出る。
「……ねぇアリス、止めたいなら勝てばいいって言ったよね? ……あたし、勝ったよ」
「わ……私はまだ戦えます!」
 即座に否定したアリスは膝に手をついて立ち上がり、リィに向けて両手を翳す。
 アリスの周辺に水球が作り出されるが、それは数秒も持たずにぐにゃりと形が崩れ、そして消え失せる。
「ち、力が……入らない……」
 片膝をつき、悔しそうに呟く。
 そして見る見る内にアリスの姿にも変化が生じた。下半身が鰭から人間の足に変わり、髪の色や目の色等も普段リィが知っているアリスに戻っていた。
「ふふ、最後の攻撃って言ったくせに」
 リィは苦笑いをする。
「これまで……ですか。さあリィちゃん、私は負けました。好きにしてください」
 アリスは手の側面を首に当てる。
 殺せ、ということだろう。
「殺すつもりはないよ。少なくともあたしは友達を――親友を殺せない」
「……甘いですね。人間とラインは共存することなんてできないんですよ」
「人間とかラインとかそんな堅苦しい括りなんて関係ない! たとえアリスが人間でも、ラインでもアリスはあたしの友達ってことには変わりなんてない」
「……リィちゃん」
 リィの言葉にこれ以上言葉を紡ぐことができないアリスは、顔を伏せるしかなかった。
 そうした沈黙の中、時は流れていく。
 その時、急にアリスはぴくりと体を震わせたかと思うと、力の限りリィを手で突き飛ばした。
 次の瞬間二人の間に一本の太い鎖が通り、奥の壁にそれは衝突した。
 壁はけたたましい音を立てて抉れ、大小無数の欠片が床に散らばる。
「そいつの言う通りだよ、セイルの妹。人間とラインは殺しあう運命なんだ」
 聞き覚えのある低い、ドスの効いた声。
 声の後に続いて国会議事堂の出入り口から姿を見せたのはライオンのように金の髪を逆立てた、顔面に十字傷が彫られている男。ここに来る前にレイシャンと争っていた束縛された魂の一人だった。
「束縛された魂!」
「そ、ゼハードだ」
 ゼハードは首の骨を鳴らしながら肩に担いでいた禍々しい巨大な鎌を持ち上げる。
「退いてろセイルの妹、後は俺がこのラインを始末してやる」
 ゼハードは大きな鎌を素振りしてぶんと唸り声を上げさせる。
 先程のリィとの闘いで酷く力を消耗したアリスは、この状態ではゼハードと闘うことができないと見たのか、彼をすり抜け、逃げようと出口に向かって走る。
 しかし、ゼハードが指を弾き鳴らした瞬間、急に数本の鎖が召喚され、彼女目掛けて飛び付き絡まって身動きを封じた。
 手足を塞がれ体勢を崩したアリスは顔面から地面に転倒。動けない彼女の首に鎌を突き付け、狙いを確認した後に大きく振り上げる。
「本当は万全の貴様と戦いたかったが、任務だからしょうがないよな。出来れば化けて俺のところに戦いに来い。じゃあな」
 実につまらなそうな表情で台詞を吐き捨て、彼は無表情で鎌を振り下ろした。
「……ほら、滅ぼすか滅ぼされるかしか解決しないんですよ」
 アリスはリィににこりとほほ笑んだ。



 赤い血が爆ぜた。
 血は辺り一帯を染め上げ、鎌にはまるで血を吸ったかのようにべっとりとついている。
「え……?」
「セイルの妹ぉ!!!」
 呆然とするアリスの目の前でゼハードは顔面を怒りに紅潮させながら体を震わせる。
 辺りには血だけではなく、氷の欠片も散在していた。
 それはゼハードがアリスに鎌を振り下ろす瞬間にリィが二人の間に割って入り、魔法で強固な氷の壁を作り、彼の攻撃を防いだものだった。
 氷の壁は破壊されたが、攻撃の勢いを十分に殺し、リィの肩まで食い込むと、そこで動きを止めた。
 鮮血が裂けた服を基点として赤く染まり、一秒一秒広がっていく。
「リィちゃん……! どうして!?」
「……アリスと同じよ。じゃあこっちも聞くけど、どうしてこの男の初撃をよけるためにあたしを突き飛ばしたの?」
 傷が痛むが、リィはアリスに向けて笑顔を見せる。
「それは……っ!」
 アリスが言葉に詰まっていると、目の前にいる男、ゼハードはハッと鼻で笑って威嚇するように首の骨をごきりと鳴らす。
「邪魔をするなら仲間の家族でも容赦しないぜ?」
 ゼハードは鎌を持ち上げて再び構える。
 鎌が肩から離れると、血は一瞬、噴水のように吹き出た。
 体から力が抜けていくような恐ろしい感覚。
 死というものが一瞬脳裏に過ぎる。
 しかしそれはすぐに消え失せることとなった。
 その奥から走ってくる二つの影によって。
「……出来るならね?」
 吹き出る肩の血を押さえながら顎をしゃくって後ろを見るように促す。
「なん――っ!?」
 彼が後ろを向くのと、レイシャン、そしてゼノンの剣がゼハードの首元に突き付けられるのは同時だった。
「良かった。どうやら間に合ったみたいだな。中にいた人達は避難させておいたよ」
 レイシャンは自分の後ろを剣を持っていない方の手で指差す。
 向こうの部屋では、部屋の奥の壁に巨大な穴が空き、外の景色が広がっていた。ラインが逃げる時に空けたのか、それでラインも人間も逃げたのだろう。
 そして視線をゼハードに。彼はにやにやと余裕に満ちた顔のまま動こうとしない。
 レイシャンたちは彼の動向に警戒しつつ暫くの静寂。 本当に何も聞こえない無音の空間。
 そしてその沈黙を解いたのはゼハードだった。
「やれやれ、そろそろ引き際か」
 ゼハードが指を鳴らすと、レイシャンとゼノンの剣を持っている手の下の床から勢いよく鎖が召喚され、瞬く間に二人の武器を絡めとった。
「な!?」
 二人が呆気に取られている中、ゼハードは脇目も振らず、そのまま武器の鎌を担ぎ出口に直行。
 出口に着くと彼は首だけ捻らせ四人を一瞥して口を開く。
「今殺しても楽しくねぇからな。せいぜい強くなって俺と闘いに来てくれ。俺はいつでも歓迎するぜ」
 そう言うと彼は首を戻し、笑いながら歩き去っていった。 並々ならぬ殺気が消え、緊張感から解放されるとレイシャンは鎖を解いて武器を取り出すと、リィの元へ駆け寄り、自分の服の袖を破り応急措置として彼女の肩に巻き付ける。
「無茶するよ、全く。大丈夫? リィ」
「……ありがと。まだ生きてるから大丈夫みたい」
「……アリスとの決着はついたんだ?」
 レイシャンはリィの傍にいて、絡まった鎖を水の刃で切っている同級生を見る。
 視線に気づいたアリスはレイシャンを見て苦笑いをする。
「私の完敗ですよ、レイシャン君。最後の最後には私の意志までくじかれました」
 アリスは降参を表すように両手を上げて首を振った。
「ねぇアリス……」
 敵意が無くなったであろう友人にリィは訊ねる。
「ラインって一体なんなの?」
 直球かつ単純明快な質問。
 ラインはつい最近まで、所構わず人間を襲う猛獣のような生き物かと誤認していた。しかし、セイルを探す旅に出て、吸血鬼のベルギオス、鬼のブロウ。そして、水精ウンディーネのアリスのような人と同じ姿をして、なおかつ人間と同じ知能、言語を話す真実を知った。
 知能があるならば、何故ラインは人間を襲うのか。また根本的にラインという生物自体に疑問を抱き始めていた。
 この質問にアリスの表情は一瞬曇り、一度大きな溜め息をついて首を横に振った。
「……私からは教えることができません。でもジェナ・リースト共和国の最西端から遥か北にある小さな小さな島。そこにあなたたちが求める答えを教えてくれる人がいます」
「そんなところに人がいるの!?」
 大陸以外の国では和国以外、人が住めそうな島はリィが知っている限り存在しなかった。ましてやラインがいる中、よほどの戦闘集団でない限り生きていくのは難しいはずである。
「はい。地図にも載っていない場所。全てから隔絶された村、です。理由は……後で分かるでしょう。道は私が案内します。……どんな歓迎を受けるかは分かりませんがね」
 苦笑いをしながらアリスは頬を指で掻く。
「ありがと、アリス。それと、途中までよろしく!」
 私が案内する、アリスのその言葉を聞いた途端、急に嬉しくなったリィはつい、彼女に満面の笑みを見せてしまう。
 彼女はついさっきまで殺意を剥き出しにしていたとは思えない照れた表情をし、静かにそれを笑みに変えて口を開いた。


「友達、ですからね。よろしくです、皆さん」

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