[携帯モード] [URL送信]

小説『Li...nk』
4...
 水が噴き出した場所は、和国の行政を司り、この国の中枢とも言える国会議事堂。
 レイシャン、リィ、ゼノンが着いた時には辺りは水浸しになり、他の建物と比べて大きく、精巧な造りであったこの建物は噴き出し水のせいで穴だらけとなっていた。
 あまりにも穴が多いため、今にも倒壊しそうである。
 そして中から聞こえるのは人間が叫ぶ声。おそらくは突然のラインの襲撃により逃げ遅れた人か、この建物の中に逃げ込んだ人が中に入ってきたラインに追われているのだろう。
「急がないとまずいぞ!」
 ゼノンは二人に言う。彼の言う通り、建物内であれば逃げる範囲が狭まれ、追い詰められる可能性がある。
 彼は急いで先の騒動で歪んだ扉を蹴破り、中に入り、後を追うようにレイシャンとリィも中に入る。

 ロビーは高価な造りだった。
 床や壁、装飾品まで目を見張らせるものがあるが、それは今や床はえぐれ、壁はひびが入り、装飾品はことごとく破壊されていた。
 一刻も早く人々を助けに行かないと、と思いながら奥にある精巧な模様を象られた扉に向かう。きっとこの扉の向こうでは目を覆うような悲惨な状況が繰り広げられているのだろう。
 聞こえてくる悲鳴を辿り、奥に進む。するとその先で金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。この国の人が抵抗しているのだろうか、それとも束縛された魂か。
 レイシャンははっとして動かす足を止めた。それに連鎖するようにある言葉を思い出した。
 束縛された魂の一人、シェリル。彼女の言葉である。
 後戻りできない、その先に待ち構えている後悔。
「……レイ、どうしたの?」
 我に返り前を見てみると、その先には心配そうに見つめるリィとゼノン。
 大丈夫、覚悟している。そう自分に言い聞かせ、謝ろうとしたその時だった。
 突然扉が開いた。人の手で開けられたというよりも何かで強制的にこじ開けられたような音。
 当然開けたのはレイシャンたちではなく、その部屋の奥にいる者によって。

 心臓が跳ねた。
 現れたのはランディール王国やセナス小国で会った吸血鬼ベルギオス。
 そしてもう一人は――
「リィちゃん。レイシャン君……」
 何度も学校で見た顔。
 その少女はつい最近セナス小国でばったり遭遇した同級生、アリスだった。
 アリスは俯いた。直前に見たその瞳は天真爛漫な彼女のものとは似つかわしくない暗い負の感情を秘めた瞳。
 当然、思いもよらない場所にいる知り合いの登場に、リィとレイシャンは目を丸くした。
「お前らが生きてるってことは、ミドガルズオルムは負けたのか。よくやるじゃねぇか」
 ベルギオスは拍手をしながら憎たらしく笑みを浮かべている。
「ベルギオス! お前!」
「待っててアリス! 今助けてあげ――」
 アリスを救出すべく、ゼノン以外、ベルギオスに攻撃しかかろうとした。
「……二人とも、勘違いしないでください」
 途端にアリスは顔を上げる。
「え――」
 リィが反応したときには既に遅く、アリスは右手を上げて、勢いよく振り下ろした。
 すると、彼女の手から水の刃が現れて、リィの頬を少し掠り、その後ろにある煉瓦造りの壁を豪快な音を立てて粉砕した。
 余韻として、水と壁の欠片が舞い、パラパラと控えめな音を立てて散っていく。
 それに続くようにリィの頬から一筋の血が彼女の輪郭に沿って流れていき、顎まで伝うと行き場を失い、ぽたりと音を立てて床に落ちた。
 てっきりアリスはベルギオスに捕まっていたものだと思い込んでいた二人は、予想だにしない彼女の行為に思考が停止する。
 その光景を見て間違っていたとレイシャンは思った。束縛された魂のシェリルが言っていた言葉は人々がラインに追いやられ、殺されていく光景ではなく、このことを指していたのだ。
 確かにリィの兄、セイルを追ってここまで来なければ、おそらくアリスの正体を知らないままで過ごすことができただろう。今になってやっとシェリルの言葉の全てが理解できた。
 互いに黙りあったまま。その静寂した空気を崩したのは吸血鬼ベルギオスだった。
「さて、と。アリス、ここは任せてもいいんだな?」
 彼はアリスの肩をぽんと叩き、尋ねる。
 彼女が「はい」と小さく頷くと、ベルギオスは三人を一瞥し、背中からランディール王国で見せた蝙蝠のような漆黒の翼を生やし、穴の空いた天井を摺り抜けてどこかへと飛び去ってしまった。
 ベルギオスのことは眼中に無いかのように、唖然とした表情でアリスを見つめるリィに、ゼノンは彼女を睨みながら武器を構えて呟く。
「……やっぱりラインだったか。まあそんなことはどうでもいいや。なあ、アリスちゃんだっけ? あんた、友達を殺すのか?」
 ゼノンは動揺しきっている二人を庇うように立ち、依然として剣を構えながらアリスに尋ねる。
「……仕方がないことです。どの道、人間は滅ぶのですから。誰かの手によって殺されるならせめて私の手で殺すのがトモダチとしての最後の務めなんですよ」
 そう言うと、アリスは両手を広げ、天井を仰ぐ。すると、たちまち彼女の足は地面から離れ、同時に周りから四つの水の柱が現れて彼女を守るように回転し始めた。
 高速に動く水の柱のせいでアリスの姿は見えず、何が起こるか一向に見当がつかなかった。
 次の瞬間、急に水の柱が弾け飛んだ。
 殻を破ったように、今まで見たことのないアリスが姿を現した。
 瞳や髪は深い藍色に染まり、腰から下は人間のような足は無く、あるのは身体と同化した魚のように大きな鰭。水もないのに彼女はふよふよと宙に浮いている。
 驚きのあまり、三人は、あんぐりと口を開いて目を見開いていた。
「これが……私、アリス・リュシードの本当の姿です」
「水精ウンディーネ。お伽話で聞いたことがある。火、水、風、土を司る四大精霊の内、水を司る精霊ってか……」
「よく知ってますね。ゼノンさん」
「……そりゃ、どうも」
 剣先をアリスに向けながらも、ゼノンは視線を後ろに向ける。
 後ろではレイシャンとリィは数年間友達として付き合ってきた少女と闘うことができないのか刃を向けられないでいた。
「リィちゃん、レイシャン! いつまでぼけっと突っ立ってんだ! 彼女と闘いたくないならお前らは奥にいる人達を助けにいけ!」
 部屋の隅まで響き渡るゼノンの大声に二人ははっとして前を見る。
 アリスは自分に剣を向けているゼノンなど眼中になかった。
 彼女はリィを見ていた。それも睨むように。そのまま逃げるのか、そう言いたそうに見ていた。
 彼女が「トモダチとしての最後の務め」と言ったのは嘘ではないようだ。
 リィは重い足を運び、ゼノンより前に出る。
「……ごめんゼノン。この子の相手、あたしに任せてくれないかな」
「……大丈夫か?」
「うん。あたしはアリスを止めたい。……あの子はあたしの数少ない友達だから」
 ゼノンは少し考えた後頷き、それでも剣先をアリスに向けて警戒しながらじりじりと奥の扉に向かう。すんなりと彼を通させるところを見ると、やはり目的はリィのようだ。
「……レイも、お願い。先に行ってて」
「……分かった。無茶するなよ」
 二人の足音が消え、やがて扉が閉まる金属が擦れ合う音が聞こえる。
 残されたリィは剣を持っているわけでもなく、構えることもなくアリスと対峙する。
「まるで私が悪者みたいですね。嫌になっちゃいます」
 アリスはやれやれと言わんばかりにおもむろに溜め息を吐き、手を翳す。
 すると彼女の周りにはいくつもの小さな水球が現れてはリィに向かって高速で飛んでゆく。
「アリス! お願いだから止めて!」
 水弾をかわしながら友人アリスに訴えかける。
 しかし、当の彼女は聞く耳もたず、無表情で水弾を作ってはリィに向けて乱射する。
「それは無理な相談です。リィちゃんが人間であり、私がラインであるかぎり。それに言ったはずです。私を止めるなら私に勝つこと。まあ人間がラインに勝てるはずなんてありませんがね」
 アリスが両手を上げると、先程の水弾より大きなものが捻り出される。
 そして彼女が勢いよく腕を振り下ろした瞬間、巨大な水球は大きさに似つかわしくない速さでリィに襲い掛かった。
 避けきれない――
 そう悟ったリィは咄嗟に両手を翳した。
 指に嵌めた魔鉱石の指輪が妖しく光を放つ。
 その瞬間、目の前から巨大な氷の壁が彼女を庇うように現れ、巨大な水球はリィではなく、氷の壁に衝突した。
 ずん、と水とは思えない重々しい音を一度轟かせると、形を崩した水が流れていく。
 氷の壁は大きな窪みとひび。
 先程の水球をまともにくらっていれば骨折などでは済まず、おそらくは普通に死んでいただろう。
「それは……魔鉱石の力ですか。誰から受け取ったか分かりませんが確かにこれだったら太刀打ち出来そうですね。でもそれは両刃の剣、これを扱うことの危険さはリィちゃん自信も分かってるはずです」
 アリスの言う通り、彼女の先程の攻撃を防ぐために氷の壁をつくったのはいいが、体力をごっそりと奪われてしまった。おまけに軽い頭痛までする。
 これまでのリィの技は火や氷の矢といった比較的小規模かつ瞬間的なものだったのでこのようなことをするのは初めてだった。
「分かってる。でもアリスを止めるためなら、なんてことない」
 それの言葉がアリスの耳に届いたとき、彼女は眉をひそめて、強く手を翳す。 するとどこからともなく彼女の手から水が飛び出し、リィの首に巻き付いた。
 首に巻き付いたそれは水と疑わせるようなものだった。水というよりも、蛇か何かに首を締められている感触。
「……リィちゃん、あなたがそんなに馬鹿だとは思いませんでしたよ」
 アリスは手をゆっくりと握っていく。
 それに連動して、水はぎりぎりと音が聞こえてくるかのように、リィの首を圧迫する。
「けほ。と、友達を平気で殺そうとするあなたほどじゃないけど、ね」
 リィはその水に手を突っ込む。
「手で取ろうとしても無駄で――」
 リィの指輪が光るのと同時に、アリスは悲鳴を上げて、突っ込んでいた水から手を抜いて身を引いた。水を操る主を無くした奇怪な水はぐにゃりと形を崩し、リィの首から水が離れ、そして普通の水と同じように床に広がっていく。
「な、何を……」
 水につけていた手をもう片方の手で押さえながらアリスはリィに尋ねる。
「微弱電流を流しただけよ。これからあたしは、あなたの攻撃を全て防いでみせるわ」
「ふ……ふふふ。面白いじゃないですか。防げるものなら防いでみてくださいよ!」
 アリスは指を弾き、音を鳴らす。
 瞬く間にリィの回りに逃げ場すら与えない無数の氷の矢が現れた。
 リィは目をしばたかせて回りを見る。きらきらと輝くそれはまるで宝石のよう。しかしそれは何もしないで待っていると自分を危める凶器となり、赤く染まるだろう。
「これなら電流も流せないし避けきれないはずです! さあ、防いでみてください」
 アリスは「行け」と一声命じるとリィを囲んでいた氷の矢は一斉に的へと直進する。
 氷の矢がリィと目と鼻の先といった距離まで近づいた瞬間、彼女の回りから火柱が高く立ち上る。
 巨大な火は矢を一瞬にして飲み込み、形すら残さなかった。
 矢が全て消えると同時に火も後を追うように消えていった。火が消え、その中から現れたのは額から一筋の汗を流したリィがアリスを見据えて立っていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!