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小説『Li...nk』
3...
 話す相手もいないこの公園で、このまま座っていてもどうしようもないと考え、レイシャンは迷ったことによる憂鬱さで重くなった腰を上げる。
 辺りを見回してもやはりそこには黒い髪を持った人間ばかり。文字も言葉も通じないこの国では、やはり自分の足で目的地、歴史博物館にたどり着かなければならないようだ。
 彼は公園を出てシェリルに引っ張られてきた道をうろ覚えで辿るが、余計に見覚えのない景色へと変わっていき、終いには、人通りが多い見知らぬ大通りへと出た。当然歴史博物館らしき建物は見当たらない。
「それにしても人が多いな」
 レイシャンは誰にも聞こえないように小さく呟く。
 こんなに人がいるなら一人くらい自分達の国の言葉を話せる人間がいなくもないだろうが、見分けがつくものでもなく、一人一人声を掛けていくのは無理がある。かといってレイシャンたちの言葉を知るものが声を掛けてくれるように何かしらの言葉を大声で叫ぶことも可能ではあるが、狂人として捕まってしまってもおかしくはない。
 頼れるのはやはり自分だけだと知り、レイシャンは人混みの中で立ち止まり、案内板以外で歴史博物館に続く手がかりがないかときょろきょろと辺りを見回していると、前から来た通行人の肩がぶつかる。
「あ、すみませ――」
 二度目の前方不注意。レイシャンはすぐさま前を向き謝ろうとするが、一瞬にして思考が停止する。
「おう、レイシャン。久しぶりじゃねぇか」
 見知った顔、聞き覚えのある声。そして黒と金の髪に茶褐色の肌。
 ぶつかったその男はつい先日まで一緒に行動していた、ラインの研究を進める女博士フィリスのもとで、住み込みで働いている青年、ゼノン・ローファンスだった。
 彼は驚きと喜びが混ざったような表情をしてレイシャンの手を掴んでいる。
 セナス小国で分かれたはずの彼が何故和国にいるのかがわからなかったが、今のレイシャンにとって彼の存在は救いであった。
「助かった……けど、何が久しぶりだよ。数日前に別れたばっかじゃんか! てか、そもそもなんで和国にいるんだよ!」
「いや、いやいや、実はな、それには理由があるんだ」
 迫るレイシャンにゼノンは両手を前に出して静め、事情の説明をしだす。
 彼が言うには、フィリスから研究資料となる物を手に入れるためにこの国に来たという。しかもその資料というのが偶然レイシャンの目的地と同じ歴史博物館だった。
「あ、そういえばレイシャン。さっき助かったって言ってたけど、どうかしたのか?」
 ゼノンはさも突然思い出したかのように尋ねると、先程まで迫っていたレイシャンは急に苦虫をかみつぶしたような表情をして黙り込む。
 ここぞとばかりゼノンは彼に追い打ちをかけるように追求する。
 するとみるみる内にレイシャンの顔が朱に染まっていき、顔を彼から逸らしてぼそぼそと小さく呟いた。
「それが、その、和国語が分からなくて……道に……迷った」
 正確には迷わされたと言ったほうがいいのだろうが、話がややこしくなり、またこんな人通りの多いところで話すものでもなかった。
改めてゼノンを見てみると彼の頬は何かをためているように膨らみ、やがてそれは笑いに昇華されて吐き出される。
あまりにも大きな笑い声に、通行人の人々は不審な目で彼を見る。
「ぶわっははは。なるほどな。何で一人で出掛けたんだよ! あははは」
「そ、そんなに笑うなよ! そういうゼノンこそ、和国語は分かるのかよ」
 ゼノンは「すまんすまん」と謝りながら――余程面白かったのだろう、目尻に溜まった涙を拭う。
 そしてレイシャンの問い掛けに、よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、得意げな表情をする。
「ふふ、俺をなめんなよ」

    ***


「早かったね、レイ。てっきりレイのことだから道に迷って泣いてるかと心配したわよ?」
 色々な展示品を見て満足した様子のリィは、休憩所の椅子に座りながらレイシャンに尋ねた。
「泣いてはいないよ」
「迷いはしたんだ……」
「そ、だから俺がここまで連れてきたってわけ」
 呆れながら言うリィに対して、自慢するようにゼノンが前に進み出る。
「でもびっくりしたよ。ゼノンが和国語を読めるなんて」
あの後、ゼノンは適当に人を選び、何やら分からない言葉――おそらく和国語であろう言葉で歴史博物館の場所を尋ねていた。
「人って見かけによらないものなのね」
リィの言う通り、ゼノンが和国語を話していた時、ゼノンには悪いと思いながらもレイシャン自身も同じように感じていた。
「うはは、俺自身そう思うよ」
彼女の言葉に憤る訳でもなく、かんらかんらと笑うゼノン。
その時だった。突如響き渡る爆音。それに続くように聞こえる地響きと人々の悲鳴、そして獣ような咆哮。
「な、なんだ!?」
 先程の朗らかな表情と打って変わって、驚きと危機感の迫った表情でゼノンが叫ぶ。
何だとは言いながらも何が起こっているのかはどこかで感じとってはいるのだろう。
「……ライン」
レイシャンは呟く。ゼノンはその時、ミドガルズオルムの毒霧を浴びて気を失っていて、その後の事を知らないだろうが、束縛された魂のラッセルが言っていた通りだった。
 リィとレイシャンは顔を見合わせ、そして頷き、外に出ようと足を前に出した、それと同時にゼノンが二人を呼びかけた。
 何事かと思いながら振り向くと彼は苦笑いで腰に吊している剣が入った鞘を叩いて見せる。
「行くつもりなら、着いていくぜ。友達が危険を冒しに行くってのに俺だけ逃げるってのも格好悪いしな」
「ありがとう、ゼノン」
リィの礼を境に再び彼らは動きだす。
 ラインが現れて館内が外から逃げ込む人や館長の指示により避難しにいく人の中で、三人は激流の中を逆流するように外に向かって行った。
 外にいたのはやはりライン。手当たり次第逃げ惑う人々に襲い掛かっている。
 その人々の救出も含め、レイシャンたちは剣を振るう。
 闘い、傷ついたラインは逃げるが、一同はそれを追うことはしなかった。
「優しいな、レイシャン」
「ゼノンもね」
「二人とも! 向こうにも襲われてる人がいるわ!」
 リィに言われ、見てみると確かに、しかも比較的大きなラインが和国人の少女を追い回していた。少女は泣きながら必死にラインから逃げる。
 三人はすぐさま少女を追うラインを追い払うべく、その方向へと向かう。
 少女とラインは路地裏へ入り、ラインは少女を行き止まりの場所へと追い詰めた。
 ラインが大きな口を開けて少女に飛びかかろうとする。
間に合わない。
 そう思った瞬間、目の前から黒い何かが落ちてきた。
 何かは黒いコートであり、認識は一瞬で出来た。
 シェリルではなく、彼女と一緒に和国に来ていたライオン頭の男だった。
 彼は片手に自分よりも遥かに大きい鎌を担いでいる。
「束縛された魂……」
 レイシャンの言葉に振り向きもせず、一気に鎌を横に振るう。
 一閃。
 路地裏なんてお構い無しに家毎ラインを真っ二つに断裁した。
 一瞬、宙に浮いた上半身、薔薇の花が飛ぶような真っ赤な鮮血。
 斬られたラインは痛みに顔を歪ませ、助けを求めるような叫び声を上げると上半身、下半身、血まで段々と灰になって跡形も無く消えてしまった。
 なんとか助かった和国人は束縛された魂の男に一度礼をして走り去って行った。
 男は後ろで未だに戦闘態勢の三人を見る。
「ラインは死ぬと灰になるってのも面倒だな。コートについちまう」
 男はあからさまにコートに付いた灰を掃う動作をして振り返る。
「おい、邪魔だ、退け」
 三人を体でこじ開けて道を作り、そのままどこかへ行こうとする。
「待てよ!」
 路地裏に響き渡る声。
 そう叫んだのはレイシャンだった。
 彼は男の前に立ちはだかり睨みを利かしていた。
 レイシャンは何故か彼に対する怒りで満ちていたが、自分でも何故こんなに怒るのかが分からなかった。
 別にラインを擁護するつもりでもなければ、かつてランディール王国やセナス小国でも自分達もラインと闘った。
 おそらく彼と同じ組織に属しているラッセルやシェリル、そしてセイルもこの男と同じことをしているはず。
 それなのに、たった一匹のラインが殺されただけなのにこの内側から込み上げる怒りは何なのか。
 気づくと男は煩い餓鬼だと言いたそうな不機嫌な表情でこちらを見ていた。
「な、なにも殺す必要なんか無いだろう!?」
「れ、レイシャン」
 止めようとするゼノンを無視して、男の反応を窺う。
 彼は鼻で笑い、頭一つ分小さいレイシャンを見下ろす。
 ただそれだけなのに鳥肌が立ち、恐怖を植え付けられる。
「知ったことかよ。殺すことが俺らの任務なんだだよ。分かったら早く退け」
 それでも退こうとしないレイシャンに男は大きく舌打ちをすると担いでいた鎌を持ち上げ、レイシャンに向ける。
 自分よりも大きい鎌を片手で扱っているのだからさぞかし力があるのだろう。
 しかしそれでも彼は動かなかった。
「退くつもりがねぇなら殺すぞ?」
 微動だにせず武器を彼に向けたままでいる。
「……ったく、弱ぇ人間には興味はないんだがなぁ」
 男はライオンのような金の髪を靡かせて大きな鎌を横に薙ぐ。
 剣で受ければ呆気なく敗れ、剣ごと切り捨てられると考えて、身を伏せて攻撃を回避する。
 やはり男は家のことなど気にもせずに大鎌を振るった。
 先程ラインを殺すときに振り回したときもあるだろうか、はたまた彼が斬った家の一部は大事な柱だったのか、壮大な音を響かせながら倒壊した。
 家の倒壊に驚き一瞬注意を逸らしてしまった。
しかし、その一瞬の視線の移動が隙を作ってしまった。
 レイシャンはその一瞬で首に鎌をかけられてしまった。このままライオン頭の男が鎌を引けばレイシャンの首は地面まで真っ逆さまに落ちるだろう。
「デカイ口叩く割には雑魚じゃねぇか。やっぱり人間は弱ぇ。じゃあな、白髪」
 そう言って彼は鎌の柄に力を入れる。
殺される! そう思った瞬間、男が後ろに振り向く。その瞬間、彼に向かって大量の火球が襲ってきた。
 レイシャンにしか注意が届いていなかった彼は腕で庇って火球を防ぐ。
彼が見ようとしたのはリィだったのである。
 当然、そんなものでは防ぐことなど出来ず、コートに点火したが、一瞬にして炎は消え、コートに無数の穴を空けた。
 彼の動きが止まったのを境に、リィとゼノンがレイシャンを庇うように立ちはだかる。

 その攻撃に男は怒り狂うと思っていたが、彼の表情は楽しそうに、そして獰猛そうな笑みを浮かべていた。
「ほぉう、やるじゃねぇかセイルの妹。テメェはラインより俺を楽しませてくれるのか?」
そして大きな鎌を高く振り上げる。
「待った待った待ったぁぁぁ!」
突然後ろから飛んでくる若く、高い声。
一同は声の方向を見てみると、そこには今闘っている男と同様のコートを身に纏った少女、シェリルが走ってこっちに近づいていた。
「何んだよシェリル、邪魔すんじゃねぇ」
「こんなことに時間潰してる暇なんかないやろ、ゼハード?」
呆れた表情で訊ねるシェリルに、ゼハードと呼ばれたライオン頭の男は依然として大鎌を持ち上げたまま青筋立てて聞いている。
「ジブンのその行為が任務に支障をきたす。ウチらの任務は早くラインを片付けることや。こんなところで油売ってる暇、ないやろ? このせいで何かあったらどうなることやら」
どうなることやら、という言葉にゼハードはあからさまに溜め息をついて鎌をゆっくりと降ろし、肩に担ぐ。
「……仕方ねぇ。おい、行くぞ」
彼はシェリルに言うと、彼女の登場で一命を取り留めたレイシャンたちをはね退け、不機嫌そうな面持ちでどこかにいってしまった。
一連の出来事に呆然としたまま、レイシャンたちはシェリルを見ると、彼女は楽しそうに笑い、彼らに近づいてぺこりと頭を下げる。
「ごめんなぁ、ウチのゼハードが迷惑かけて。そのお詫びっていったらなんやけど、優しいシェリーちゃんがゼハードより先にラインを倒してあげるから」
彼女は倒してという単語を強調していった。殺すではなく、倒す。つまりは追い払う。それに気付いたレイシャンは戸惑いながらもお礼を言って小さく頭を下げる。
するとシェリルは顔を近づけ、レイシャンの耳元でそっと囁いた。
「ええよ、ええよ。ただ、君らにはもっと酷い現実が待ち受けてるんやから。これくらいお安いご用や」
「え?」
驚きの言葉にレイシャンは目を丸くさせてシェリルを見る。彼女は「じゃあねー」と笑って言って、何事もなかったようにゼハードを追うように走り去っていった。

「酷い……現実?」
レイシャンは彼女が放った言葉を復唱する。それを聞いたのはレイシャンだけ。復唱した言葉に反応してリィとゼノンが怪訝そうに彼を見た。
その時、遠くで何かが破裂するような轟音が鳴り響く。
驚いてその先を見てみると、遠くで間欠泉のようなものが屋根を貫き、噴き出していた。少なくとも人間の仕業ではない。束縛された魂の能力か、ライン。どちらにしろラインがいることには変わりはなかった。レイシャンとリィ、そしてゼノンの三人は急いで水が噴き出すその場所へと直行する。


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