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小説『Li...nk』
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    ***

 歴史博物館からなんとか脱出したレイシャンは、リィが満足するまでの間の暇潰しにと和国内を散策する。
 ジェナ・リースト共和国やフォアス帝国、そしてセナス小国と違って、和国は異質だった。
 出会う人々の髪は黒、黒、黒。少し異様にも感じ、一方で分かりやすい特徴であると感心もする。
 ジェナ・リースト共和国から出て和国に向かおうとした時に出会った束縛された魂のリュウジという少年も和国人だったことを思い出した。
 すると芋づる式に次々と考えが浮かんでくる。
 束縛された魂――セナス小国で出会ったラッセルはこの国、和国でラインが現れ、一騒動起こると言っていた。
 よくよく考えてみると彼等はどうしてそんなことが分かるのだろうか。
 ラインから助けてもらったり、退治するのに協力してもらったりしたが、彼等の素性が分からないため、本当に味方なのかは分からない。
 謎は深まるばかり。
 そんなことを考えていると突然、曲がり角からパンを詰め込んだ紙袋を片手にした女が現れた。
 相手も注意が行き届いていなかったのか、目があった瞬間、仰天の眼差しを向けた。
 しかし時は既に遅く、もとより近かった距離、急に止まることなど不可能だった。
 その女は口にもパンをくわえていて「ふもっ!」とあまりにも間抜けな叫び声を上げ、そしてぶつかった。
 二人は大衆の中で尻餅をつく。
 大衆は邪魔だと言いたそうな視線を向け、動かない二人を避けて通る。
「いったぁ……。どこ見て歩いてんねん、もー」
 ぶつかった相手は同じような状態で、腰をさすって愚痴を漏らす。
 ぶつかった相手は少女だった。
 しかも自分が聞き取れる言葉。いつも使っている言語だった。
 少女の歳は自分達と変わらないかそれ以上。綺麗な金髪を左右で縛り、肩から前に提げていた。
 前方不注意だった自分に非があるため、謝ろうと頭を下げた。
 ごめんなさい、そう言おうとしたが息が詰まった……。
 それは彼女は大きめのローブを羽織っていて、尻餅をついたせいでそのローブがめくれ、中からさらに黒いコートが見えたから。
 コートの裾だけという僅か一部で判断はできないが、やはり脳裏によぎるのは例の組織。
「あ、あんた――」
 その名を上げようとした瞬間、レイシャンの唇を少女の人差し指で塞がれた。
 笑顔ではあるが、それは威圧感を含ませた笑み。
「それ以上は無しや。公の場でそう名前を呼ばれたらかなわんわ」
 困り顔の少女はレイシャンを見ずに呟き、人差し指を彼の唇から離し、紙袋から落ちたパンへと向ける。
 落ちたパンを袋に入れようとしたが、何かに気づいたのか、袋に入れず、そのまま手に持ったままにする。
「あんたは……何してるのさ?」
 レイシャンの質問に何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりに呆れ顔を見せ、さも当たり前のように、持っている紙袋を大事そうに抱きしめて答える。
「何って……見てわからへん? お腹空いたからパン買っててん。それで食べながら歩いてると君とぶつかったわけや。納得?」
「納得……しない。いや、しないよ。俺がいいたいのは――」
 何故人に知られぬように行動する束縛された魂が、こうも堂々と人前にいるのか。
 そう言おうとしたが、その前に少女はレイシャンの額に軽く拳を当てる。
 驚いて彼女を見ると、腹の内を見透かしたような目でレイシャンを睨んでいた。
「あのなぁ君、勘違いしてるようやから言っとくけど、ウチらも一応人間やねん。物食べんと力が出ぇへんの」
 そう言うと少女は紙袋から新たなパンを取り出してかぶりつく。
「そ、そうなのか。なんか……ごめん」
「ま、ええよ。ところで君、レイシャン君やろ? セイルの妹ちゃんと旅してるっていう」
 仰天した。当たり前と言えば当たり前、束縛された魂の中に兄がいるリィはまだしも、自分の名前まで既に知られているとは思ってもいなかった。
 少女はその様子を見ていて楽しそうに見ている。そしてその疑問は彼女の説明によってすぐさま解決した。
「ラッセルがいたとはいえ、君らみたいな少年少女がミドガルズオルムを倒したーなんて知るとそら嫌でも耳に入るわ。あくまでもセイルもラッセルもウチと同じ組織に属してるんやから」
「なるほど……。でも人の名前だけ知って自分は名乗らないってずるくないかな?」
「ふむう、んじゃウチも名乗ればおあいこやな。ウチはシェリル。よろしくな、レイシャン君!」
 シェリルと名乗った少女は握手を求め手を差し出す。
 レイシャンが手を差し延べて彼女の手を掴んだ時、彼女はこれ以上幸せなことが無いかと思わせるような楽しそうな笑顔を見せ、交わった手をぶんぶんと振る。
 握手が終わり手が離れると、シェリルは急に辺りを見回し始めた。
 レイシャンは彼女の突然の行動に怪訝そうにその様子を見守っていると、いきなり腕を掴まれ、引っ張られる。
「な、折角やからもっとお話せぇへん?」
 断ろうにも彼女の勢いに負け、思わず頷いてしまう。
 そのままシェリルに腕を引っ張られたまま連れていかれたところは大きな公園。
 公園を囲むように植えられている木々や巨大な噴水が特長的であり、辺りでは和国人の親子がちらほら見える。
 親が見守る中、子供達は楽しそうに遊んでいる様子がなんとも平和な光景であり、つい先日までラインと闘ってたなんて信じられなくなる。
 噴水を背にしたベンチに二人は腰掛ける。同時にシェリルは紙袋の中をまさぐり、一つの丸いパンを取り出した。それをレイシャンに差し出す。
「パン、食べる?」
「あ、どうも」
 パンを受け取り、食べずにそれを眺める。おそらく焼きたてなのであろう、温かく、なおかつ程よく茶色に焼かれた色や香ばしい匂いが食欲をそそる。しかし、それ以上に食欲を失せさせるものが多く、パンを手の中で遊ばせる。
 隣ではシェリルも一つパンを取り出し、それにかぶりついていた。
「和国に来たのはラッセルからの情報やろうね。あいつもお人よし過ぎるわ。……それで、レイシャン君は一人でここに?」
「いや、歴史博物館にリィがいるよ。俺は、ああいうの苦手だから……」
「あー分かる! ウチもあんな堅苦しいのは苦手やもん」
 そして彼女は再びパンを口にする。
「……ねぇ、ちょっと質問いいかな?」
「んー?」
 実に美味しそうにパンを咀嚼するシェリルにレイシャンは尋ねる。
 彼女が自分と同い年くらいであり、女であるためか、はたまた彼女の子供じみた動作や雰囲気のせいか緊張感がなく、本当に束縛された魂なのだろうかと心の隅で疑問を抱く。
「束縛された魂って一体何なんなのさ?」
「レイシャン君、君、ルベルの日記を見たんやろ? そのまんまよ。ラインを倒すために魂を束縛して人を超えた能力を手に入れた組織の集まり。ま、簡単に言えば改造人間やな。でも忘れてほしくないんはウチらも元は人間なんよ?」
 元は人間、その言葉に引っ掛かるものがあった。何か分からないが違和感を感じる。
 束縛された魂は人間から外れた者たちなのか。確かにルベルの日記で魂を束縛することで人間の力では到底無理な、超能力のような力を使うことができる。しかしそれが大きく人間から外れたものなのか。
「副作用……」
 ルベルの日記に副作用という言葉を臭わせる内容が書かれてあったのも思い出した。
 レイシャンのその呟いた言葉に、既に取り出したパンを食べ終わり、ぶつかった時に落としたパンをその場にいるハトに細かくちぎって与えていたシェリルが一瞬動きを止めてしまったのも彼は見逃していなかった。
 やはり、何か知っている。
「日記に書いてたよな。魂を束縛することによって副作用みたいな効果があるって。それって――」
「なんやろうね。これはウチから教えることはできひん。そうやねぇ、セイルに会えば分かるかもなぁ。でも、知ると後戻りできなくなるかもしれんから覚悟しとき。……あぁ、でも、もう既に戻れんかもなぁ」
「……な、なんだよそれ。もう後戻り出来なくなってるって」
 するとシェリルはいきなり立ち上がり、レイシャンを見下ろしながら呟く。
 その瞳は冷たいと表現するよりも同情に満ちた哀れみの目。さっきまでの表情とは正反対なもので、その一瞬の変化に、レイシャンは微かな恐怖を抱く。
「君らがセイルを探しに旅をしなかったら、今から起こる悲しみを直視する必要がなかった」
 悲しみ。それが何を指すのかが分からなかった。
 ラインに襲われて多くの人が居場所を、家族を、友人を失うことであるのだろうか。
 それは年端もいかない少年少女には衝撃的過ぎる、トラウマになってもおかしくないこと。
 しかしそれは既にセナス小国で経験した。倒壊している家、動かない兵士や住民、確かにそのおぞましい光景に驚きも、恐怖もした。
 それでもレイシャンとリィには曲げられない目的があった。
 だからこの先、彼女が言うような悲惨な景色を見たとしても大丈夫、そう考えていた。
 遊んでいる子供たちの笑い声は全く耳に入ってこなかった。ただ聞こえるのは、ざぁっと水を打つ噴水の音。そして微かに肌に感じるその水しぶき。
「シェリル、こんなところで何してんだ、さっさと行くぞ!」
 突然、彼女を呼ぶ声が前から声が飛んできた。
 その先にはライオンのように逆立てた金髪に太くて長い揉み上げの大柄の男。顔面には縦と横に二本の十字傷が彫られている。
 見るからに感じの悪そうな男という印象を持ってしまう。
 彼もシェリルと同じ大きなローブを羽織っているところを見る限り、やはり束縛された魂だろうか。
 彼は隣で座っているレイシャンを一瞥するが、何も見ていないかのように視線をシェリルに戻し、ついて来いと促すように身を翻して人混みの中へと消えていった。
「はいはい、そんなに急かさんでも分かってるー」
 シェリルは先程の男に聞こえるように大声で言うと、レイシャンの頭に手を置いた。
「んー、ごめんなぁ。もう少し色々話したいんやけどウチも任務があるんよ。じゃあねー」
 シェリルはそう言って、先程の表情とは打って変わって会った時と同じように天真爛漫な笑みを返すと、先程の男の後を追ってすぐに人混みに混ざり見えなくなってしまった。
 嵐のように過ぎ去った束縛された魂の少女は消え、残ったのは彼女からもらったパン。それは既に熱が冷め、冷たくなっていた。
 そのまま持って帰って食べるのもなんなのでその場で処理をする。
 パンを食べ終わり、このまま座っていてもどうにもならないのでレイシャンは立ち上がり、歴史博物館に戻ろうと歩きはじめた。
 しかし、動きはじめた足は直ぐに止まる。
「あっ……」
 シェリルに腕を引っ張られ暫く、この公園へ。
 道は覚えていない。無論地図が印された案内板はあっても読めない。
 またしても、迷子だった。

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