小説『Li...nk』
1...
和国。フォアス帝国やジェナ・リースト共和国と比べると国土、国力ともに劣る国だが、その国の歴史はどの国よりも遥かに長く、独自の言語を有する程である。また、髪の色は基本的に黒、皮膚は黄色などという特徴があると以前リィは言っていた。
和国に旅行に行くときはその国の言語を話せるか、通訳を連れていくのが必須らしいが、今のレイシャンたちにはどちらも欠けていた。
束縛された魂の一人、ラッセルは近い内に和国でラインと束縛された魂が激しい戦闘が行われると言っていたが、それまで言葉が通じない国に滞在するというのは少々不安だった。
「……歴史博物館」
和国内の地面をスカイサイクルで走らせながら、リィはぽつりと呟いた。
風を切る音とその声があまりにも小さいせいでレイシャンはその言葉が聞き取れず首を傾げる。
「ねぇレイ」
今度は聞き取れる声量。
「時間を持て余すなら観光に回すのってありじゃないかな? 国立博物館行きたいんだけど」
和国。そして博物館。この二つの単語でぴんときた。
夏休みが始まる前の日、リィとアリス、そしてレイシャンの三人が一緒に昼食をとっていた時、ラインについて書かれていた新聞の裏側。それにその単語が載っていた。
それを読んで夏休みに和国に行くと彼女は言っていたが冗談と思っていたので、レイシャンは不意打ちを食らったかのように目をぱちくりとさせる。
「……別にいいけど。あの言葉、冗談じゃなかったのか」
「当たり前じゃない。じゃあ行こう!」
そう楽しそうに言うとスカイサイクルの速度を上げた。
とは言え国立博物館がどこにあるかすら分からない。頼りになるのは看板くらいだった。国立博物館らしき建物の位置が印されている看板に巡り会うまでに数時間かかった。和国語を知っていればどれだけこの探索時間を短くできただろうかと思うと溜め息をつかずにはいられなかった。
博物館は一際大きな建物だった。
左右対称で荘厳な造り。丸太のような太い柱。
ドアを開けて入ると、何とも言えない独特な匂いが鼻を突く。
中は広く、ガラスケースが羅列している。
客は少なく、数えるほど。特異な服装で一定の間隔の位置で椅子に座っているのは館の人だろう。盗難を防ぐための警備をしているに違いない。
さらに奥に進むと、目の前にいた男が顔をほころばせて歩み寄ってきた。
恰幅のいい、やや身長が低い壮年の男だ。正装しているところを見る限り博物館の関係者に違いない。
「久々の大陸からのお客さんだ。ようこそ、国立歴史博物館へ。私は館長を務めている者だ。よろしく」
館長を名乗る男が挨拶をして頭を下げるところを見て少し驚き、慌てて頭を下げるリィ。
「リィ・ティアスです。横の白髪はレイシャンです。こっちの言葉が分かるんですね?」
嬉しそうに尋ねるリィに館長はあご髭を撫でながら笑う。
「この仕事をする限り大陸の言語は必要だと思ったからね。君たち、ここに来るまで苦労しただろう?」
二人は勢いよく頷く。それを見た館長は苦笑いを浮かべ、髭を弄る手を休めずに説明をする。
「この国は昔から閉鎖的だからね、基本的には向こうの言語を学ぼうとはしないんだ。だから大陸の言葉を知っている人は限られる。まあ和国についてのうんちく話はそれくらいにして……レイシャン君にリィさんだったかな。やっぱり君たちはあの地図を見に来たのかい?」
「はい。見せていただけますか?」
もちろん嫌とは言わず、着いてきなさいと一言残すと身を翻し、早足で館の奥へと進んでいく。
角を右に曲がり真っすぐ進み、もう一度角を右に曲がる。
外観通り広く、今にも迷ってしまいそうである。
疲れて足が止まりそうだったちょうどその時、ようやく館長の足が止まった。
彼は久しぶりに振り返り、疲れを見せない表情でガラスケースの中身を指差した。
「ほら、これだ。ケースに入っているのは一応防犯のためだから、我慢してほしい」
ケースの中を覗いて見ると中には一枚の地図が入っていた。長い年月を経ているだけあって紙は茶色に色褪せ、ぼろぼろになり、書かれている文字は読むことができないくらいに消えかけていている。
唯一判別できるのは大陸の形。どういう国や何と呼ばれる島や海などという情報は分からないが、過去の大陸がどういう形をしていたかが分かる。
大まかに分けて大小五つの大陸が印されていた。その周りには地図に埃が付いているのかと思わさせるほどの小さな島々がある。
レイシャンたちが生きているこの大陸は一つの大きな大陸――ましてや周りに浮かぶ島などないので、昔の大陸が別れていたことなどにわかには信じられなかった。
「凄い……本当に大陸が別れてたんですね」
リィはガラスケースの中を一生懸命に覗き込みながら感嘆の声を上げる。
「研究では分かっていたけど見た時はさすがの私も驚いたよ。そしてこの大陸と大陸の間にある小さな島国が当時の和国の場所。確証は無いけどジェナ・リースト共和国やフォアス帝国は当時は無かったみたいだね」
「和国って歴史が深いんですね」
「もしかしたら和国は他の国に干渉されたくないから閉鎖的になったのかな?」
レイシャンはリィに尋ねるが、その疑問を館長が拾う。
「かもしれない。過去の地理的状況はこれくらいしか分からないが、文明が発達していたことは分かる」
館長は再び着いて来きなさいとだけ残して早足で館の中を歩き回る。どこに行くのかすら分からないリィとレイシャンはただただ怪訝な瞳で館長を見据えながら、その後をを着いて行くしかなかった。
いくつもの扉を潜り、階段を降り、やがてたどり着いた場所は一つの部屋。使われていなかったのか辺りは埃を被っている。
館長は部屋の奥にある一つのガラスケースを指差した。
二人は急いで中を覗いてみる。
中には奇妙な形をした筒のようなものが置かれていた。先端には穴があり、真ん中には突起物という、用途すら分からない物体。
「なんですか、これ……?」
初めて見る用途の分からない物体にレイシャンとリィの二人は訝し気な表情を浮かび上がらせる。
館長は得意気に笑い、ポケットから鍵を取り出し、ガラスケースの鍵穴に差し込む。
一回捩り、そして抜く。ガラスケースはカチャリと心地好い音を奏でると、その身を半分に割った。
穴のあるところとは真逆の場所を掴み、取り出し、突起物に指を引っ掛ける。
「これは銃と言ってね、弾丸を詰め込んで発射する殺傷能力の高い武器だ」
それをそのまま壁に向けた。
何が起こるのかと期待に満ちた目で銃と呼ばれる武器を見る。
館長は指に引っ掛けた突起物をおもむろに引く。
直後だった。
耳が壊れてしまうのではないかと思う程の破裂音が聞こえるのと同時に、石作りの壁にはぽっかりと穴が空いていたのである。それだけではない。その穴の周りはひびまで入っている。
銃をみると穴の空いているところから一筋の煙りが出ている。どうやらこれが壁に穴を空けたと考えていいのだろう。
「す、凄い……。でも、こんなものが普及したら……」
リィは驚きと恐怖を交えた瞳で呟く。
石の壁に穴を開ける代物だ。人間の体などいとも簡単に貫くだろう。
「ラインに効くかはしらないが、これが人間同士の戦争に用いられたらきっと……いや、必ず多くの人が死ぬだろう。まぁどちらにしろ、この国では作ることは叶わないがね」
「……そうなんですか?」
今度はレイシャンが答える。
「あぁ。これは発掘されたものであり、どうやって作られたかすら解明されていないんだ。それに今の世界は銃を作る鉄なんてそうお目にかかれるものじゃない。しかしこれは鉄が大量に使われててね……」
「鉄じゃないといけないんですか?」
「そうだね。他の物だったら強度が足りないから弾を発射するときに様々な箇所が破損してしまう。魔鉱石は強度に関しては申し分ないけど、魔鉱石は人体に影響を及ぼすから危険だ。これで銃を作ると魔鉱石を直に持つことになるから逆に使い手が壊れてしまう」
説明が終わると館長は丁寧に銃をガラスケースの中に仕舞い、施錠し、レイシャンとリィを展示場へと先導する。
展示場に戻った時、リィは一つの展示物に目を止めた。
「これって……」
「昔の時計だね」
館長が言う。レイシャンもそれを覗いてみると、なるほど、時計だと呟いた。
地図と同じく大分傷み、尚且つ大分破損しているが判別はできる。
どれくらい昔の物かは知らないが今を生きている彼等が知っている物と大きな違いはなかった。
「そんな昔からあったんですか?」
「銃があるほどだから時計があるのは当然だろう。便利なものは時代を越えて残り続けるさ。ちなみに単位とかは歴史的な大きな発見だからね。きっとこれから先ずっと残るだろう」
「歴史って凄いですね」
「だろう? 話が分かる子たちで嬉しいよ」
目を輝かして言うリィに、それに呼応して饒舌に語る館長。
それを見て少し孤立感を覚えるレイシャン。
「うぅ……俺は歴史でお腹いっぱいだよ。……俺、外を見物してくるよ」
そう言ってリィに了承してもらい、館内から出ようとする。
ひたすら歩き、角を曲がり、突き進む。
そして数分が経過した後、再びリィたちの前に彼は姿を現した。
無論、彼自身、二人に会うつもりで着たわけではない。
「どうしたのよ、レイ。外に行ったんじゃないの?」
てっきり外に行ったと思っていた彼女は何事かと思い、多少驚きながら尋ねる。
「ここ、広すぎ……」
息を切らしながら呟く。
「ようするに迷ったってわけね」
「……ぐ」
情けないことは分かっていたが反論はできなかった。
確かに案内板らしきのはあった。レイシャンはそれに気づき目を通した。
しかし、読めなかった。文字は全て和国語で書かれていたのである。
紛うことなき、迷子。
それを聞いたリィはともかく、館長までも笑う。
「はは、そういえば君達は和国の文字が読めないんだったな。案内板を和国語でしか書かなかった私の不備でもある。出口まで案内しよう」
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