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小説『Li...nk』
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    ***

 道中、瓦礫が崩される音で一同は足を止めた。
 ラインかもしれない。今の今までラインがセナス小国を闊歩していたのである。いてもおかしくはない状況だ。
 各々は武器を構え、崩れた瓦礫の方へとにじり寄る。
 これまで雲によって隠れていた月がようやく顔を出し、微かな光でうっすらと、それの輪郭を映し出す。
 輪郭は人。しかも小柄。本当に人間ならば女か子供だろう。やはり逃げ遅れたのだろうか。そう思うのと同時にラインかもしれないという考えが頭の中を埋め尽くす。ランディール王国の一件以来、安心ではなく、どうしても警戒が先立ってしまう。
「あなたはセナス小国の者か!?」
 重く鋭い声でゼノンは人影に尋ねる。
 影はびくりとその小さな体を跳ねさせると、それまでの動作を止めてゆっくりと立ち上がる。
 暗さのせいでまだ姿が確認できない。
 影の形は人間。以前ランディール王国で遭遇したケンタウルスのように下半身が馬でもない。
 それでもやはり武器に入れる力を緩めることはない。
 影がこちらに歩み寄ろうとするのと同時にこちらも足を進める。
 その時、影が急に両手を上げて後ずさりをした。
 しかし瓦礫のせいで躓き、尻餅をついてしまった。
 小さな、甲高い悲鳴とともに手をぶんぶんと振る。
「わわわわ、わ、私は決して怪しいものじゃ――――って、あれ? リィちゃんじゃありませんか」
 その声を聞いて時が止まった。聞き覚えのある声。
 それと同時にようやく月が雲から離れた。
 姿がはっきりと分かる。その姿は少女だった。しかもただの少女ではなく、レイシャンたちがよく知っている者。二人が通っている学園のクラスメートだった。
「あ、アリス!? どうしてここに……」
 リィは当然驚きの声を上げて今一度少女アリスの姿をまじまじと見つめる。
 蒼い髪に同色の瞳。同年齢にしては比較的小柄な体躯。そして耳には真珠のような綺麗なイヤリングをつけている。
 これまで何度も見てきたアリスに違いはなかった。
「どうしてって知り合いを訪ねに来たんですけど、まさかこんなことになっているとは……」
 彼女は辺りを見回す。
 辺りは瓦礫ばかり。こんなことになると思っていなかったのはアリスだけではなく、セナス小国の国民も同じことだろう。
「その人、避難している可能性は高いかも。ここから一番近いのはフォアスだから行ってみるといいわ」
「ん、ありがとうです。リィちゃん」
 アリスはにこりとあどけない笑顔を見せると、レイシャンたちが来た方向に走って去っていった。
 彼女の姿が見えなくなって、不意にゼノンが「なあ、おかしくないか?」と口を開いた。
 久しぶりの友人と出会い、少々嬉しさを隠せないリィは笑顔のまま「何が?」と尋ねる。
「ラインに襲われたら少なからず各国に情報が回るはずだろ? それを知らずに来るのはおかしいだろ」
 彼女の表情が固まる。
「でも既に出発しているかもしれないじゃないか」
 レイシャンは意見を述べるが、それでもゼノンは首を縦に振って納得しない。
「そうだとしても避難しているセナス小国の国民に会うはずだ。もしくは煙や火が立ち上るこの状況を見て恐怖と違和感を持って引き返すのが普通じゃないか。それなのに何平然な顔をしていられるんだよ?」
 確かにゼノンの言う通り、普通の人間であれば、知り合いの安否よりも先に自分を大切にするために、たった今までラインに襲われていたこの国に入らないだろう。しかもたった十六年そこらの少女がこのような生々しい世界を見せられて何も感じないのがおかしい。レイシャンやゼノンはランディール王国で似た様な光景を目にして慣れていたし、リィもこの国に入る時は驚き、息を飲んだ。
「……何がいいたいの?」
「あのアリスって娘はラインって可能性があるんじゃないか? こんなご時世に身を守るもの一つ持たずに国を渡るなんて少なくとも考えられない」
「ゼノン、あなた……!」
 少し憤った感じでリィはゼノンに迫る。あまりにも殴りかかりそうな勢いだったのでレイシャンは彼女の腕を掴み制止させる。貶しまでとはいかないが自分の友人をラインと疑うといったことに酷く不快感を覚えるのは当たり前だろう。少なくともレイシャンは彼女までとはいかなくても少し同じ感情を抱いていた。
「ゼノン、さすがに気にしすぎだって。早くフィリス博士の家に向かおう」
「……あぁ。ごめんな、リィちゃん。俺の適当な推測だから気にしないでくれ」
 彼はそのままリィから視線を外し、踵を返して二人より先に進み、先程のように道の先導を行う。
「いや……ううん、別に、気にしてないから。あたしのほうこそ、ごめん」
 一度軽く頭を下げてゼノンの後を歩く。
 気にしてない言いつつも彼女はこの後から何か考えているのか終始眉間に皺を寄せていた。


    ***


「ここだ」
「……これは」
 ゼノンが指差した所はボロボロに崩れ、廃墟と化した家。
 もはや人が住める所ではない。やはりこのラインの襲撃で殺されてしまったのか。それともここに来る時に出会った男のように他の国に避難したのだろうか。考えれば考えるほど様々なことを思い付く。
 そんな中、ゼノンは廃屋に入って瓦礫を退けたり、焦げた木材を取り除いたり、カーペットだったものをめくり、その下を覗き込んだりしていた。まるで何かを探しているような仕草だった。
「何してるんだよ?」
 そう声をかけた時だった。ゼノンは一つの取っ手を見つけるとそれを掴み引き上げる。
 重々しい音が鳴り響きそれは顔を出す。
 扉。床に着けられた鉄の扉だった。
 扉はその上に溜まった細かな瓦礫や砂を落しながらゆっくりと開いていく。
「驚いた……。これなら生きてる可能性がありそうだ」
「行くぞ。さっさと入れ」
 ゼノンは既に扉の先にある階段に足を踏み入れながら手招きをしている。
 中に入るとゼノンは扉を閉めた。一瞬にして光が遮断され、唯一の光源は一定間隔の壁に設置されている小さなランプ。その光を頼りに三人は階段を降りていく。
 階段を降りていると奥に光が漏れている。おそらくそこが終着点なのだろう。レイシャンとリィはそう思いながら動かす足を早める。
 終着点に着くとそこには大きな空間が広がっていた。
 ランディールでゼノンが使っていたアンプルを始め、見たことのないような様々な器具。戸棚にはラインに関する本がぎっしりと詰まっている。
 その空間の一角に設けられた机に一人の眼鏡を掛けた黒髪の女性が顕微鏡を覗きながら必死にペンを動かしている。
「ただいま戻りました。フィリス博士」
 そう言ってゼノンが頭を下げるとフィリスと呼ばれた女性はペンを止め、顕微鏡から目を離しゼノンを見る。
「お帰りなさい、ゼノン。そして隣の二人は?」
「あ、俺はレイシャン・アルヴァリウスです」
「リィ・ティアスです」
 視線がレイシャンに、そしてリィに移る。視線がリィに移った時、明らかにフィリスの表情が変わった。
 何か信じられないものを見たというような驚愕した瞳。
「リィってあなた……まさか、あのリィなの!?」
 わなわなと震えながら尋ねるフィリスにリィは静かに頷く。彼女の瞳は潤み、今にも泣き出しそうな勢いだった。
「よかった、生きてたのね!?」
 フィリスは立ち上がり、リィに走り寄り思いっきり彼女を抱きしめた。
「はい、おばさんも無事で何よりです」
「ちょ、ちょっとリィ、一体どういうことさ?」
 全く状況が掴めないでいるレイシャンは感動の再会を邪魔して悪いだろうと思いながらもリィに尋ねる。
 彼女はフィリスの腕の中から出てきて、人差し指で目尻の涙を拭いながら説明する。
「フィリスおばさんもパパとママの友達だったの」
「前から思ってたけどリィの両親は顔が広いね。フォアス帝国のサネルといい……」
 聞こえるような声量で言ったものの、感動の再会を果たした二人には聞こえていないらしく、何も言わずにしばらく二人の時間を楽しませることにした。
 リィは一通りフィリスに、今まで――リィの両親が殺された後から今までのいきさつと、今のセナス小国の状況の説明を終えると、次にセイルを探すため共に旅をしていて、またクラスメートでもあるレイシャンを紹介した。
 互いによろしくと言って握手を交わすと、フィリスは手を胸に当てて丁寧に自己紹介をしだした。
「改めて名乗らしてもらうわ。私はフィリス・フレイジオ。ラインの研究をしているわ。聞くところによると私が地下で研究している間にラインに襲われていたセナス小国にわざわざ危険を冒してまで、私に会いにきたのはただの挨拶じゃないと踏んでいるけど……?」
「はい、単刀直入に訊きます。言葉を話すラインというのをご存知ですか?」

 言葉を話すラインという単語にフィリスの表情は固まった。その表情が全てを語っていた。
「えぇ、知っているもなにも、私の夫はその言葉を話すラインに殺されたのよ。忘れるはずがないわ」
 フィリスは「やっぱりあれは聞き間違いじゃなかったのね」と小さく呟くと、暗い面持ちで椅子に座る。彼女がそう呟いたのはおそらく、ラインが人間の言葉を話すとは信じられていなかったから。そんな中でラインが言葉を話すなどと言っても、軽くあしらわれるか、変なことを口走る狂人としか思われない。だから自分の聞き間違いであると思いこませていたのだろう。
 そして、今、同じ体験をした知り合いがいた。
 それがどれだけ救いとなるかは計り知れないものだろう。
「すみません、思い出させてしまって……。どんなラインだったか聞いてもいいですか?」
 レイシャンは一度大きく頭を下げた後、顔を上げて彼女に訊く。もしかしたらベルギオスか先程まで束縛された魂と闘っていた体の半分が鬼だった男かもしれない。
 フィリスはこくんと小さく頷いた。
「バジリスクって知ってる? その瞳で見るものを石にさせるという恐ろしい大蜥蜴。私の夫はバジリスクに石にされ、そして砕かれたの。そのバジリスクは低い声で笑い、こう呟いたわ、“選ぶ道を誤ったな”と」
「でも俺たちがあったのは人間の姿をしたラインだったな。そう、鬼と吸血鬼。人間にも姿を変えれたようだし」
 今度はゼノンが説明する。
「姿を……。そう、あなたたちが来てくれて助かったわ。いい情報を得られてやる気が沸いてきた」
「手助けになれてなによりです」
 リィは一度軽く頭を下げると、フィリスは手でガッツポーズをして返す。そして彼女はそのまま椅子から離れ、少し離れた所に置かれていた紙袋を取り寄せてきた。
 中にはぎっしりと白い紙がこれでもかと言わんばかりに詰まっている。
 その紙袋から一枚取り出して羽ペンを走らせようとするが、不意に何か思い立ったように近づけたペンを離し、顔をこちらに向けた。
「ところでリィ、あなたたちはこれからどこに行くつもりなの?」
「和国に行くつもりです。そこにセイルがいるかもしれないんです」
「セイルが……。よかった、あの子も生きていたのね。……分かったわ。気をつけて行ってらっしゃい。何か分かり次第連絡するわ」
 そういったきり、彼女は再び机に向かい、白紙の紙に必死にペンを動かしだした。
 少し待っているとあっという間に白紙だった紙に文字が敷き詰められた。
 これ以上ここにいると彼女の仕事の妨げにもなるが、それ以上にこんなところで油を売っている暇などなかった。
 得たものは互いに同じ。静かにフィリスに向けて頭を下げると、音を立てないように彼女の地下研究室を出た。
 地上に出て地下室の入口を閉め、誰にも見つからないように隠す。そして和国に向かうためにスカイサイクルを回収しに入口へ少し足を進めると不意にゼノンが声をかけてきた。
「ここでお別れだな、短い間だったけど楽しかったよ」
 照れる顔を苦笑いで隠し、ズボンで手を拭くと、そのままその手を差し出してきた。
 レイシャンはその手をしっかりと掴み握手を交わした。
「こちらこそ。また会える日を楽しみにしてるよ、ゼノン」
 ゼノンが見送る中ら二人は和国へと向かった。

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